第1部 第3話:静かな駆け引き
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昼下がりの学園は、一見すると平穏だった。
生徒たちの笑い声、風に揺れる木々、変わらない日常――しかしその裏で、確実に流れは変わり始めている。
リリアーナ・エーデルシュタインは廊下の窓際に立ち、外の景色を眺めていた。
だが、その視線は景色ではなく、人の動きに向けられている。
(噂が広がり始めているわね)
昨日の小さな一手。その影響が、すでに学園内に滲み始めていた。
誰が味方で、誰が敵か――まだ誰も気づいていない。
「リリアーナ様」
背後から静かな声がかかる。振り返ると、ヴァレンが控えめに立っていた。
彼は学園内でも情報通として知られる存在だ。
「最近、あなたの名前を耳にする機会が増えています」
「そう……なら順調ね」
淡々とした返答に、ヴァレンは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
普通なら動揺する場面だが、彼女は違う。
「警戒している者もいます。特に……カトリーヌが」
「ええ、分かっているわ」
リリアーナは微笑む。その表情は穏やかだが、瞳の奥は冷静そのものだった。
敵意は予想通り。問題は、善意のほうだ。
放課後、学園の中庭。
セラが駆け寄ってくる。
「リリアーナ先輩、一緒に帰りませんか?」
「今日は少し用事があるの」
それだけで、セラは不安そうな顔を見せる。
その感情すら、リリアーナは見逃さない。
(善意は時に、最も扱いづらい)
遠くから、クラウスの視線を感じた。
彼はまだ、はっきりと動かない。ただ観察している。
(……でも、もうすぐよ)
学園という小さな舞台は、確実に次の段階へ向かっている。
静かな駆け引きの裏で、運命の歯車が音もなく回り始めていた。




