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居眠り卿とナルファスト継承戦争  作者: 中里勇史
帝国監察使

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9/45

野営

 ナルファスト公国領に入り、監察使の下に集まる情報量も格段に増大した。そのほとんどが伝聞によるものなので鵜呑みにはできないが、レーネットからの知らせなどと突き合わせて分析すれば事実らしきことも多少は見える。


 ムトグラフはこの手の作業にうってつけだった。

 彼は家名に「ソド」を冠する騎士身分に属する。元来は君主に騎乗で軍事奉仕する階級で、分類としては貴族だがヴァル、ヘルルといった貴族称号を持つ身分よりも低い。

 「騎乗で軍事奉仕する」というのはなかなかに大変なもので、馬が一頭いればいいというものではない。複数の軍馬とそれを世話する者、馬具や甲冑、武具を自弁でそろえ、軍事奉仕の際は従者を伴って出陣しなければならない。騎士の多くはより上位の貴族の家臣となっているが、中には仕官しない(できない)騎士もいる。彼らは「遍歴騎士」と呼ばれ、諸国を巡りながら仕官先を求めたり傭兵となって糊口をしのいだりしている。

 騎士身分の中には、没落して馬を養う財力を失い、文官として生計を立てているものもいる。ムトグラフ家もまた騎乗で軍事奉仕する能力を失った家の一つであり、コーンウェの被官となって生計を立てている。今は辛うじて騎士身分を保持しているが、騎士身分を剥奪されて平民階級に落とされても不思議ではなかった。


 ムトグラフは身長一七〇セル程度。ひょろひょろとした痩せた二二歳の男で、黒い巻き毛の下に、細い顔には不釣り合いな大きい目がある。瞳は黒く、常にきょろきょろとしている。見た目の美しさに大きな価値を見いだす上級貴族にはあまり受けが良くない。

 だが能力は高い。

 野営地に設営した天幕にウィン、フォロブロン、ベルウェンらが集まって夕食を取っている時間を利用して、ムトグラフは整理した情報を解説した。


「発端は、ナルファスト公オフギースが帝都で急死したこと。レーネット派とスハロート派は互いに謀殺であると主張しています」

「両派の主張に根拠はあるのかい?」

「証拠はないみたいですね。どちらが真であるかは不明です」

「確か、ナルファスト公の継承者はロンセーク伯を名乗る慣例だったはずだ」

 フォロブロンが記憶を手繰るようにつぶやいた。

副伯(フォロブロン)のご指摘の通り、公位継承者はロンセーク伯(レーネット)ですが、オフギース公が死亡したことで皇帝への公式な拝謁は棚上げになっています。まあ、拝謁は絶対条件ではないので、普通であれば先代公の死亡に伴ってロンセーク伯の儀礼称号を持つ者が襲爵します。ただ、スハロート派はロンセーク伯による公位継承を否定し、サインフェック副伯(スハロート)の公位継承を要求しています。現時点ではレーネット派が優勢ですが、勢力はほぼ拮抗している。そのためナルファスト公位は宙に浮いた状態になっています」

 ベルウェンが「分からねえな」と言った。

「派閥がある原因は何なんです? 兄がよほどうつけ者なのか」

「母親の出自が絡んでるようですね。ロンセーク伯の母はファルカラー伯の娘タイドネイエ。生家はカーンロンド家、つまり本家はワルヴァソン公国です。

 対するサインフェック副伯の母は、タイドネイエの死後に輿入れしたリンブルン公女アトストフェイエ。リンブルン公はティーレントゥム家と祖先を同じくするビリオナイテ家であり、皇帝の遠縁と言えます」

 突然、アデンが口を挟んできた。

「なるほど。つまりロンセーク伯が継承すればカーンロンド家の勢力が増すことになり、サインフェック副伯が継げば皇帝に有利となる、ということですね」

「そういうことです。そこで話をややこしくしているのが、それぞれの母の輿入れに同行してナルファスト公国にやって来た貴族たち。つまりファルカラー伯領とリンブルン公領の出身者です。これにナルファスト公国譜代の貴族が婚姻関係で結び付き、関係がさらに複雑化しているようです。特にファルカラー伯領とリンブルン公領の出身者はナルファスト公国での地位を確立するために公妃やその子との関係に依存せざるを得ず、これが派閥を生み出す原因になっています」

 フォロブロンが、苦虫をかみつぶしたような顔をした。自身にも思い当たる節があるのだろう。

「まあ、諸侯領ではよく聞く話だな。長子継承の原則に則ればロンセーク伯が継ぐのが妥当だが、スハロート派はそう簡単には諦められない。自家の家運や家格を左右するのだから、わずかでも機会があるならばレーネット派を追い落としたい、と」

「これに拍車を掛けているのが宮内伯の存在です。彼らは、要はティーレントゥム家の使用人ですから、カーンロンド家への対抗意識からアトストフェイエが生んだサインフェック副伯を陰に陽に支援しています。スハロート派の勢力拡大の背後に宮内伯たちの露骨な介入があることは、ほぼ公然の事実と言っていいでしょう」

 ここまでの話だと、ナルファスト公国は二大勢力に完全に分裂しているように見えるが、実のところレーネット派、スハロート派というのは本来ごくわずかなのだ。それぞれ二、三家が対立しているに過ぎない。その他の領主はというと、強いて言うならば「ナルファスト公派」であった。要はナルファスト公になった方に従う、というのだ。両派からは日和見主義者とみられているが、このナルファスト公派こそ本来あるべき姿であるとも言える。

「それで、ロンセーク伯はどうしたがってるんだい?」

「ロンセーク伯はあくまでも対話による解決を目指していたのですが、レーネット派貴族の間では武力的な決着に論調が傾きつつあるようです。というのも、ロンセーク伯の呼びかけに対してサインフェック副伯が一切応じていないのです。スハロート派の動きはというと、現時点ではほぼつかめていません。サインフェック副伯はプルヴェントに逃亡して以降、ロンセーク伯を糾弾して継承権を主張する声明を発するのみで公的な活動を行っていないのです」

 レーネット派の中心人物は、レーネット派の首魁と目されるヴァル・ネルドリエン・ロッスラフ。レーネットの側近候補として育成されたヴァル・プテロイル・アルサース。そしてヴァル・フォルゴッソ・アッゲザール。フォルゴッソは元々スハロート派だったが、成り行き上レーネットに仕えることになったらしい。

 スハロート派は、ヴァル・ルティアセス・ミルフォラドとレーネット派から寝返ったヴァル・デズロント・フルブレド。最近はルティアセスの動きが活発化している。

 特に最近は緊張感が高まっており、武力衝突がいつ始まっても不思議ではない。


「以上です」とムトグラフは結んだ。

「いや、ご苦労様。よく分かった。ような気がする」

 ウィンは拍手して褒めたたえた。

「ような気がする、というのは結局分からなかったということですか?」

 アデンが嘆息する。

「うん……いや、フォルゴッソとデズロントがどうして違う陣営にいるのか、そこが分からない。貴族の派閥というのは出自と婚姻関係で決まるものだろ? そうそう気軽に鞍替えできるもんじゃないと思うが」

 ムトグラフが、我が意を得たりという顔をした。

「そこなのです。おかしいのですよ。不自然なんです」

 とはいえ、これ以上の内情は現時点では分からない。

「聞けば聞くほど、どちらかにうかつに味方するわけにはいきませんね」

 フォロブロンは「やれやれ」と言いながら天を仰いだ。

ナルファスト公(オフギース)を死に追いやった原因が明確になれば、そしてその原因がどちらかの陣営にあるのであれば、話は簡単だ。だが原因は明らかではないし、恐らく明らかにはならないだろう」

「とすると、まずは武力衝突の回避が最優先事項ですね」

 とアデンがまとめた。


 各陣営の勢力はまだら模様のように公国全土に広がっている。無秩序に戦闘が始まると、公国の各所で火の手が上がることになる。貴族の血縁関係は公国外にもつながっているから、下手をすると周辺諸侯も紛争に巻き込まれる、あるいは介入してくる可能性がある。こうなるとグライス軍を招集して鎮圧させるか、皇帝軍を派遣する、という事態になりかねない。

 グライスとは、複数の諸侯で構成された軍管区のことである。広大な帝国の治安維持を目的としたもので、各地の有力諸侯を中心としたグライスを帝国中に配置し、諸侯単独では解決できない紛争を処理させる。

 各グライスに所属する諸侯らの連合軍がグライス軍である。ナルファスト公国が所属するグライスは「ナルファスト・グライス」で、ナルファスト公国を中心とする。原則としてグライス軍の総司令官は中心諸侯が務めるので、ナルファスト・グライスの総司令官はナルファスト公となる。

 ウィンが首をひねった。

「ん? ナルファスト公が不在の場合、グライスはどうなるんだ?」

「帝国法にその場合の規定はありませんね……」

 ムトグラフが答えた。

 つまりナルファスト公国が機能不全に陥ると、ナルファスト・グライスも機能しなくなるということだ。

「他グライスには不介入が原則ですから、ナルファスト・グライス以外がナルファスト公国の問題に手を出すのは帝国法に違反することになります」

 帝国法は大諸侯を中心に作られている面があり、大諸侯に有利になっている。グライス軍についても、大諸侯は安定しているという前提で大諸侯が小諸侯を討伐するという意識が働いている。大諸侯が政情不安に陥った場合について考慮していないのもやむを得ない。

「グライスは効率的な制度だと思ったが、根本的なところに弱点があるなあ」

「ナルファスト公国の戦火が制御不能に陥ったら、皇帝軍を編成するしかありません」


 ウィンが率いる監察使軍はしばしば皇帝軍であると勘違いされたが、皇帝軍ではない。監察使軍の財源は皇帝の私財であるから皇帝による軍ではあるのだが、あくまでも監察使の私兵という扱いだ。そのほとんどが傭兵であることも皇帝軍とは異なる。軍としての格式は極めて低い。

 皇帝軍は、皇帝の意志だけで動かす、皇帝のための軍隊である。当然、皇帝軍の軍費は皇帝が支出することになる。

 ウィンは嫌そうな顔をした。

「皇帝軍を出すことになったら怒られるな……」

「そういう問題ではないでしょう。帝国の根幹に関わる事態ですよ」

 アデンがたしなめる。

「そこまでご大層な問題じゃない。経済の問題だ。三〇〇〇の兵で片付けば安上がりってもんだ」とベルウェンがまとめる。

 とはいえ、監察使軍もそれなりに金がかかっている。

 三〇〇〇の内訳は、ベルウェンが集めてきた二五〇〇人の傭兵と、フォロブロンが指揮する五〇〇人の騎兵から成る。騎兵はフォロブロンの家臣および士爵とその家臣で構成されている。フォロブロンと士爵は皇帝への軍役として集められており、装備も自弁。対して傭兵には日当が支払われる。ベルウェンが各傭兵への支払いを請け負い、必要経費とベルウェンへの報酬を後で一括して雇い主に請求する。

 帝国内外には複数の傭兵隊長が存在するが、中でもベルウェンは評判が高い。傭兵の世界には、傭兵を一〇人集めて指揮する義務を負う十人隊長や十人隊長を一〇人集めて指揮をする百人隊長がいる。ベルウェンは帝国中に人脈網を張り巡らせて、必要なときに必要な場所に必要な数の傭兵軍を用意することができる。二五〇〇人の傭兵が必要ならば、二五人の百人隊長に声をかければいい。各百人隊長は十人隊長を一〇人集めてくる。

 募兵所を設けて必要人数になるまで傭兵を募るという方法もあるが、時間もかかるし集まる傭兵も玉石混交だ。隊長を集める方式は、気心も能力も知っている傭兵を各隊長が集めてくるため質を制御しやすい。簡単な任務で人数さえそろっていればいいというならば、あえて能力が低い傭兵を安く仕入れる場合もある。ベルウェンが成功している理由は、報酬と提供する能力の落としどころをうまく弁えている点にある。それ故に雇い主にも傭兵にも信頼されている。


 ベルウェンの「安上がり」という言葉を聞いて、フォロブロンは必要な要素がまだあったことに気付いた。「どちらに公位を継承させるか」だけでなく「短期間に」解決しなければならないのだ。時間がかかるほど、傭兵への支払いがかさむ。時間をかけ過ぎれば皇帝の不興を買うことになるだろう。

 フォロブロンが発言しようとすると、言葉を発する前にベルウェンに腕をつかまれた。ベルウェンの視線の先には、居眠りしている監察使の姿があった。

「今日はお開きですな」と言ってベルウェンは苦笑した。


 そのとき、天幕に二五歳前後の女が入ってきた。

「ウィンはいるかい?」

 必要以上に体形を強調した服を着ている。一応着てはいるが、そもそも体を覆っている面積が最小限なので服と呼べるのか、という問題もある。

「ようアディージャ。大将ならそこに転がってるぜ」

 ベルウェンがウィンを爪先でつついた。

「まったくどこでも寝る男だね。赤ん坊みたい」

 アディージャは監察使軍について回っている娼婦である。

 ある程度の規模の軍列は、商人や娼婦を引き連れていることが多い。彼ら彼女らは行軍中の軍列に各種補給物資や慰安を提供する。一〇〇〇人規模の軍列ともなれば、毎日二〇〇〇食の食事や酒、女といった需要が生じるからだ。彼らは軍列を見掛けるとどこからともなく集まってきて、勝手に付いてくる。

 監察使軍には約二百人の「商売人」が同行していた。彼らに限っては、自然に集まってきたのではなくベルウェンが呼び寄せたのだろうとフォロブロンはみている。ベルウェンは武具などの軍需品の生産や娼婦の元締など、かなり手広く手掛けているらしい。彼らを使って食料や酒、女を傭兵に売り付け、傭兵に支払った報酬を回収しているのだ。抜け目のない男である。

「大将に何の用だ」

「私の妹分が、『ウィンが最近来てくれない』って言うから連れてこうと思ったんだけど」

「その様子じゃ今日はもう起きねぁな」

 アディージャは仕方がないとばかりに深いため息をつくと、天幕から出ていこうとした際にフォロブロンと目が合った。

「おや副伯様。相変わらず男前。今夜のお相手は決まってるの?」

 フォロブロンは苦笑いして、「いや、明日の行軍に備えてそろそろ寝るよ」とやんわり辞退した。アディージャはふふんと笑い、「若いのに淡泊だねぇ」と言い残して去って行った。

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