後始末 その6
「私が? そんなことをするものか」
デズロントは目を見開いてレーネットを凝視した。デズロントにはもはや嘘を言うだけの知性が残っていなかった。真実あるいは真実だと信じていることがダダ漏れになっているに過ぎない。食い違う認識をまとめると、レーネットとスハロートの両方に暗殺者が現れ、共に暗殺に失敗した。そして、レーネットもスハロートもデズロントも関与していない。
「証拠はないけど……動機があるとしたら宮内伯かな」とウィンがつぶやいた。先ほどよりもいつもの調子に戻りつつある。
「多分、ナルファスト公の死去に乗じてナルファストに騒乱状態を作り出すつもりだったんだ。暗殺は成功しても成功しなくてもいい。両者の憎悪を煽って武力衝突させる。これに帝国が介入して、ロンセーク伯を廃嫡する。騒乱収拾のどさくさに紛れて、ロンセーク伯の罪をでっち上げようとでも考えたのだろう」
「だが失敗したと?」とフォロブロンが先を促す。
「兄弟の絆が宮内伯の予想以上に強くて短絡的な行動に出なかったことと、皇帝陛下が私を派遣してナルファスト情勢が膠着したことで、計算が狂ったんだ」
「殺すつもはなかっんだ。殺すひもりば……殺たくねかて……」
デズロントの独白はもはや言葉にならなくなっていた。金切り声で同じことを叫び続けている。再び狂気の世界に逃避してしまったようだ。
ウィンはルティアセスをデズロントの牢の隣の牢に放り込むと、地下室を後にした。レーネットはもう少し弟のそばにいるという。
「ああ、この城の地下は空気が良くないね。悪い夢を見ているようだった」と、広間に戻ったウィンは鼻歌交じりにこう言った。
「さて、戦後処理をさっさと片付けて帰ろう。ムトグラフ、何をやるべきかまとめてくれ。軍資金が余ってたら兵たちに分配して。アレス副伯とベルウェンは残った兵の休息と負傷者の手当を改めて徹底。後、傭兵たちをどこで解散させるか、決めといてベルウェン。私はどこかの部屋で寝る。疲れた」
ウィンは、一気にまくしたてるとどこかに行ってしまった。ついさっきまで敵地だった城で、護衛もつけずに平気で単独行動する。ベルウェンは舌打ちすると、ラゲルスを呼び寄せてウィンについて行くように命じた。
ウィンが再び広間に姿を現したのは日没後だった。レーネットやフォロブロンらは夕食を終えてぶどう酒を酌み交わしていた。
「セレイス卿、今回は世話になった。礼を言う」
「仕事だから当然ですよ。その仕事もほぼ片付いたし、もうすぐ帰ります」
そこにフォロブロンが割って入ってきた。
「そのことだが、ダウファディア要塞を放っておくのか」
「それはナルファストの問題だよ。我々の仕事は、公位継承問題の解決。サインフェック副伯が死に、ティルメイン副伯は所在不明かつ幼少ときたら、残るはロンセーク伯しかいないじゃないか。我々の出る幕はもうないよ」
「アレス副伯、お気持ちはありがたいがセレイス卿の言う通りだ。ダウファディア要塞の奪還はナルファスト公国の責務だ」




