アルティリット会戦 その3
レーネット軍の騎兵が行動を開始した。アルテヴァーク騎兵が最接近してきた頃合いに合わせて側面から突撃したのだ。アルテヴァーク騎兵は馬を反転させつつ騎射するという動作をしていたので対応できず、レーネット軍騎兵の槍や大剣で次々に討ち取られた。
残ったアルテヴァーク騎兵は反撃せず、逃げることに集中して被害を最小限にとどめた。レーネット軍騎兵は深追いを避け、アルテヴァーク騎兵の敗走に合わせて下がった。歩兵隊の左翼のやや前方に布陣してアルテヴァーク軍を牽制する。これで、アルテヴァーク騎兵は先ほどのような騎兵突撃や騎射の波状攻撃を迂闊に仕掛けられなくなった。
「次はどう出てくるか……」
レーネットの脳内では思考が高速に繰り返されている。アルテヴァーク軍の攻撃に対応する形で防御に徹するか、こちらから仕掛けるか。だが、騎兵で構成されたアルテヴァーク軍に対して、歩兵が主力のレーネット軍が積極的な攻勢に出るのは難しい。レーネット軍の騎兵だけではアルテヴァーク軍と正面から戦うわけにはいかない。とはいえ守っているだけでは決定的な勝利に結び付かない。
「さて、セレイス卿は無事だろうか」
ウィンはというと、心配していた。ただしレーネットのことではない。
傭兵たちは個々の判断で見事に急場をしのいだが、その弊害が見え始めた。台地からの攻撃を防ぎつつ、台地への攻撃を企図しているのはいい。だが台地に向かう兵が多過ぎる。
「ラゲルス、台地の上に向かわせるのは500人くらいでいい。他は呼び戻してくれ」
ラゲルスはウィンの意図を理解し、伝令を走らせた。伝令が台地の下にたどり着くまでの時間。現地の十人隊長、百人隊長を捕まえて説明し、台地攻撃用の部隊と平地に戻す部隊の再編にかかる時間。何をするにも時間がかかる。ウィンは、判断が遅過ぎたと自省した。
実際、遅過ぎた。
台地の反対側から、スハロート軍の本隊が出現して監察使軍の右翼に攻撃し始めた。監察使軍傭兵の多くは台地からの矢の攻撃によって拘束されているか、台地に登りかけていた。スハロート軍を迎撃できる兵力がほとんどなかった。
「やや、こいつは弱ったな」とウィンは間の抜けた声を出した。
平地に残ったわずかな傭兵たちは、スハロート軍の本隊によって軽々と粉砕されていった。このままでは全軍潰走は避けられないが、ウィンにそれを防ぐための予備兵力はなかった。
スハロート軍を指揮しているのはルティアセスだった。人格に難があり権勢欲が過剰な男だったが、アルテヴァークと交戦する機会も多いナルファスト南部に領地を持つだけあって、実戦経験は豊富だった。そしてナルファスト南部の地形にも明るい。スルデワヌトから待ち伏せ策を提示されたとき、この地を会戦の舞台に選んだのもルティアセスだ。台地上の弓兵によって敵部隊を拘束し、防御態勢と台地への反撃態勢を取らせたところを本隊で突く。ここまではルティアセスの思い通りに進展している。




