開戦 その3
「なるほど」とウィンが手を打った。「お前が感心してどうする」という言葉をフォロブロンは辛うじてのみ込んだ。
「それでは困るではないですか」とムトグラフが当然の疑問を呈する。
「困るんだよ」
「どうするのです?」
「どうしようか」
またムトグラフとウィンの間の抜けた掛け合いが始まった。
実際問題として、戦術として籠城を選択した敵を誘い出すのは極めて困難なのである。そのため、籠城側に罵詈雑言を浴びせかけて逆上させる、籠城側の肉親を人質にして開城を迫る、敗走する振りをして追撃を誘うなど、さまざまな策が考案され、実行されてきた。効果があったものもあればなかったものもある。相手や状況によって効果の有無も変わる。確実と言える方法は存在しない。
今回の場合、ダウファディア要塞の陥落はアルテヴァークにとって致命的であるから、ダウファディア要塞を攻めようとすればアトルモウ城の敵が出てくる公算は高い。だがいつ出てくるのか、となると不確定要素が多い。ダウファディア要塞を攻撃してもすぐには落とせない。となると、レーネット-ウィン連合軍が攻城戦で疲弊した頃を見計らって出てくるという可能性もある。それも困る。
前を行くレーネット軍は、そろそろ軍列をダウファディア要塞方向に向ける頃だ。斥候を放ってこちらの動きをさぐっているであろうスハロート-スルデワヌト同盟にも、その情報がもうすぐ伝わるはずだ。
監察使軍はアプローエ山脈の山麓から突き出た台地を迂回し終わったところだった。ウィンがその台地をしきりに気にしていることにフォロブロンが気付いた。
「あの台地が気になるか?」
「高過ぎず、低過ぎず、ちょうどいい高さだよね。あそこから攻撃されたら嫌……」とウィンが言いかけた矢先、その台地から矢が雨のように降り注いだ。
「敵襲!」
監察使軍に緊張と動揺が走った。だが、行軍隊形だったので攻撃を受けた範囲は限定的だった。各自、矢を防ぎながら態勢を整えようとしている。
「ほら、すごく嫌だろ?」と言って、ウィンはわははと笑った。
「うるさい! セレイス卿は邪魔にならないところまでさっさと逃げる! ムトグラフ卿も! ラゲルス、頼んだぞ!」と最小限の指示を出すと、フォロブロンは兜をかぶりながら馬を操り、騎兵部隊の指揮を執るために走り去った。
各所で怒号が飛び交っているが、意外に混乱は少ない。傭兵たちは多少ごたつきつつも陣形を立て直し始めた。既に弓矢で応戦する者までいる。フォロブロンは騎兵を傭兵たちの東側にまとめ上げ、どこにでも機動できるように再編した。平地側でなければ騎兵を生かせない。




