開戦 その1
レーネット-ウィン連合軍はアプローエ山脈の北限を東に向かって抜けると、山裾に沿って緩やかに南下を始めた。前をレーネット軍、その後ろから監察使軍が続く形になった。
頻繁に斥候を放って周囲を探りつつの進軍なので遅々として進まない。そうせざるを得ないほど、アルテヴァーク軍の奇襲は脅威だった。敵は無能でも惰弱でもない。
フォロブロンは監察使軍としては初めて完全武装した。リッテンホム城攻略時は川からの侵入ということもあって兜は着けなかったし盾も使わなかった。今回は甲冑を着けて左手には盾、右手には騎兵用の短槍を持っている。兜だけは、脱いで鞍の前部に置いている。馬の頭や胸部などにも金属製の覆いを付けた。2人を除いて、騎兵は多少の違いはあれどフォロブロンのような装備を付けていた。
例外である2人のうちの1人、ウィンはというと革製の胸当てを付けた程度の簡単な装備で、気楽そうに馬に揺られている。
「いやあ、重そうだね、アレス副伯」
「セレイス卿こそ、そんな装備でいいのか? その胸当てでは矢も防げない」
「矢も届かない安全な場所に居るつもりさ。前に出たって役には立たないしね」
ウィンはまともな装備というものを持っていない。胸当ても、プルヴェントで適当に調達したものだ。監察使軍の総大将が平服では士気が下がるので、形だけでも軍装にさせたのだった。
武具や防具などの装備を整えるのは主君への軍事奉仕の一環であり、自弁だ。甲冑は着用者の体形に合わせて作る特注品で、それだけに高価にならざるを得ない。フォロブロンらは武官として当然のように所有していたが、文官のウィンには装備を整える理由も機会もなかったのだ。
武具もだが、それを使う技術も必要だ。フォロブロンは、ナルファスト公国への道中、渋るウィンを無理やり引きずり出して剣の稽古を付けてみたことがあった。だが、全くどうにもならなかった。とっさに自分の身を守れる程度にはしてやろうと思ったのだが、フォロブロンは断念せざるを得ないことを悟った。やはり、幼少の頃から戦士としての鍛錬を続けてきたフォロブロンと、その機会が与えられなかったウィンでは一朝一夕では埋め難い溝があった。
もう1人の軽装者はムトグラフだった。彼も戦闘向きではないためウィンの近くに居ることになった。
「セレイス卿の盾代わりくらいにはなりますよ」などと言っていたが、恐らく盾にすらなるまい。ムトグラフがウィンの盾になるような事態になったら、いずれにせよ死体が2つできるだけのことだ。そうなったら後片付けが面倒だ。




