スルデワヌトの罠 その1
アトルモウ城では、将軍のスチトルニエトがアルテヴァーク王スルデワヌトに作戦失敗の報告を終えたところだった。
スルデワヌトは苛烈な君主として知られている。前衛を全滅させられた上、おめおめと撤退してきたスチトルニエトがどうなるのかと、ある者は不安、ある者は期待をもって成り行きを見守っていた。
スルデワヌトは「ご苦労だった。下がって休め」と言っただけだった。その場にいた全員が驚いて、王の顔を見つめるという無礼を働いていることを忘れてスルデワヌトに注目した。
皆の視線に気付いたスルデワヌトは、説明の必要を認めた。普段であれば無視するが、この日はたまたま応える気になった。そんな日もある。
「今回の作戦を考えたのは余自身である。スチトルニエトはその通りに行動した。挟撃に失敗した時点でこの作戦は失敗である。さらに敵本隊との会戦を実施した場合の結果は予測できぬ。前衛の全滅を知った段階で撤退を決断したのは適切である」
この戦いは、スチトルニエトではなくスルデワヌトが負けたのだ、とスルデワヌトは思っている。敗北の不快感をスチトルニエトにぶつけるのは八つ当たりに過ぎない。忌々しい限りだが、敗戦の責を負わせるとしたら自分以外にあり得ない。
スチトルニエトが猪突せずに撤退したため、アルテヴァーク軍の戦力はほぼ温存されている。緒戦は負けはしたが、悪くない状態である。
ダウファディア要塞とアトルモウ城を押さえてナルファスト公国南部にアルテヴァークの橋頭堡を確保する、という当初の戦略目標はほぼ達成した。ただしこれを永続化させるためには、敵の野戦能力を粉砕して有利な条件で講和する必要がある。つまり、ダウファディア要塞とアトルモウ城、そしてこれらをつなぐ南部領土の正式な割譲を迫って認めさせるのだ。
これによって、岩山と牧草地に覆われてろくな作物も育たず産業もないアルテヴァークが豊かな土地を手にできる。ナルファスト公国への侵入も容易になり、支配領域の拡大も夢ではなくなる。だが敵に交戦能力が残っている限り、ダウファディア要塞とアトルモウ城の安全は脅かされる。レーネット軍の野戦戦力を粉砕して一時的にであれ交戦不能の状態にしなければならない。
スルデワヌトにも泣きどころはある。アルテヴァークは複数の騎馬民族の連合体であって、その全てがスルデワヌトに心服しているわけではない。力で押さえつけることで支配しているのだ。スルデワヌトがアルテヴァークをがら空きにしてナルファスト公国に居座っていると、力による支配が緩む恐れがある。一刻も早くアルテヴァークに戻って、誰が王なのかを改めて知らしめる必要があった。
レーネット軍も早期決着を望んでいるはずだ。ナルファストがレーネット派とスハロート派に分かれてナルファスト公が空位になっている状態も、アルテヴァーク王国に侵略されてそれを撃退できないのも、統治能力の欠如と見なされる。帝国の介入はナルファスト公国にとって失点でしかない。皇帝が動き出す前にアルテヴァークを撃退して、継承権争いに決着を付けたいと考えているのは間違いない。とすれば積極的な攻勢に出てくる可能性が高い。




