ワルフォガル開城
五月初旬、レーネットとオフギースの棺、そして帝都に連れていった一〇〇〇人の軍勢がワルフォガルに戻ってきた。
デズロントに半月以上遅れての帰還だった。
春の陽光は暖かく、木々の緑も濃くなってきたが、レーネットの目に映る景色は冬のように寒々としている。レーネットらの前にある北門は固く閉ざされており、開門の命に応じる気配はない。
「やはりスハロート様には逆心がおありなのでは」
プテロイルが懸念を示す。
「プテロイル卿、まだそうと決まったわけではございません。うかつなことをロンセーク伯に吹き込むのはお控えください」
「まだスハロート様をかばい立てするのか。こうしてレーネット様を閉め出しているのが何よりの証拠ではないか」
「先着したデズロント卿がよからぬことを吹聴したのやもしれませぬ。この段階でサインフェック副伯を共犯者と見なすのは早計でありましょう」
「スハロート様に含むところがないのであれば、デズロント卿を処断してレーネット様を迎え入れているはず。だが現実はどうか。これが兄君に対する仕打ちか!」
プテロイルとフォルゴッソの口論が熱を帯びる。このようなやりとりは、帝都からワルフォガルへの道中で何度も繰り広げられてきた。
レーネットはたしなめる気力を失い、彼らから顔を背けて目を閉じた。
こんな帰還を誰が想像しただろうか。弟たちと義母の笑顔に迎えられるはずだった。だが、もはや全てを失ってしまったようだ。閉ざされた城門が、レーネットを冷たく拒絶している。
レーネットはもう一度気力を振り絞り、ワルフォガルに呼び掛けた。
「開門! いつまでもナルファスト公を城外にさらしておくつもりか! 門を開けよ!」
そのとき、城門の上の通路からスハロートが顔を出した。
「兄上とフォルゴッソ卿が父を害したというのは誠ですか!」
やはりそういう話になっているのか。しかし本当にそうなのか? 「そういう話にした」のではないのか?
スハロートを信じたいという気持ちとは裏腹に、疑惑が腹の底から湧き出てくる。
「私が父を害して何の利があるか! デズロント卿に何を吹き込まれた! それともお前がデズロント卿に吹き込んだのか!」
「……」
「このままでは埒があかぬ。家臣たちに聞かせるべき話でもない。まずは門を開け。話し合いが必要だ」
「兵を引き入れて、支配権を確立するおつもりか! 妹や弟の安全をどうやって保証してくれますか?」
「俺がウリセファとリルフェットを殺すと思っているのか!?」
レーネットの視界が暗転する。
大事な何かが壊れてしまった。
だが、壊れたのならば再び作ればいい。
レーネットは萎えかけた気力を奮い立たせた。
「ならば私が一人で中に入る。それでもお前たちの安全が脅かされると思うほど私の評価は高いのか?」
それを聞いたプテロイルとフォルゴッソが、眼を剥いてレーネットの前に立ち塞がる。
「いけません。それではデズロント卿らの思うつぼです。レーネット様を失ったら我々がどうなるとお思いですか」
「お一人で行かせるなど言語道断。ロンセーク伯の安全が保障されません」
「何だ、貴公ら初めて意見が一致したではないか。いつもそうであってほしいものだ」
あまりの煩わしさに、つい皮肉が口から漏れる。だが、レーネットとスハロートの間に割り込もうとする二人への苛立ちは解消しなかった。
◆
スハロートは、城門の前で言い合うレーネットらを悲痛な面持ちで眺めていた。
そこに、留守居役としてワルフォガルに居たネルドリエンとそれを押しとどめようとするデズロントがやって来た。
ネルドリエンは、小さな目をさらに細めてスハロートを睨み付けた。
「ロンセーク伯を閉め出すとは一体どういうことですかな」
「ネルドリエン卿、お待ちください。サインフェック副伯にもお考えがあるのです」
「デズロント卿がなぜロンセーク伯の締め出しに加担するのか。訳が分からぬ。まず城門を開けてロンセーク伯をお迎えせよ。その上でデズロント卿とサインフェック副伯にはこの事態の詳しい説明をお願い致す」
ネルドリエンはレーネット派の中心人物であり、それゆえにスハロートへの物言いは遠慮が少ない。
それはいい。
ただし、今問題にしているのは妹と弟の安全の保証だ。兄の陣営にも意見の対立があるのが見て取れた。兄はともかくその取り巻きたちがどう動くのか、兄はそれを抑えられるのか、確信が持てない。
押し黙るスハロートに苛立ちを募らせたネルドリエンは激高寸前だった。顔を赤くして門を開けろと怒鳴り出す。
ネルドリエンのけんまくに押されて、ワルフォガルの城兵たちに動揺が走った。顔を見合わせて、騒めきが広がる。それを見たスハロート直属の兵がスハロートの周りを固め始める。
スハロートとネルドリエンを中心に、不穏な気配が漂い始めた。
だめだ、これでは兄との話し合いなどできない。兄と自分の二人だけで落ち着いて話せば済むことなのに、周りの人間が邪魔をする。城門という存在も兄との距離を遠ざけるだけだ。
これ以上緊張が高まると不測の事態を招きかねない。
「ネルドリエン卿。私は妹と弟を連れてワルフォガルから退去する。その後、門を開けて兄上をお迎えしてほしい。それでよろしいか」
「いけません! ワルフォガルを確保していなければロンセーク伯に対抗できませんぞ」
デズロントはスハロートに取りすがった。
「しかしこのままでは兄上と話し合うこともままならない。いったん距離を置くべきではないのか」
「ワルフォガルから退去すれば、サインフェック副伯の正当性が揺らいでしまいます。ワルフォガルを確保して、ここからナルファストに号令せねば!」
なおも制止しようとするデズロントをネルドリエンの家臣が取り押さえた。
「手荒な真似はしたくない。おとなしくしてもらおう。サインフェック副伯、今のお話は本当でしょうな」
「二言はない。退去しよう」
「お逃げになる、と解釈致しますぞ」
「退去する、と言った」
猜疑の目を向けるネルドリエンを睨み返す。
何か思うところがあったのか、ネルドリエンはふと表情を和らげてワルフォガルの東門を指し示した。
「あちらの門からご出立なされませ。ご領地に向かわれるなら東門が最適でございましょう」
スハロートはうなずくと、城門から下りて妹たちのところに向かった。
彼は母、妹、弟、家臣たちの質問や抗議を黙殺し、最小限の荷物だけを持たせて東門を出た。生活に必要なものは領地でも手に入る。兄との和解が成立すればワルフォガルにも戻れる。
デズロントもスハロートに同行した。政敵フォルゴッソがレーネットのそばにいる以上、ワルフォガルに残るわけにはいかない。
フォルゴッソは、何としてもデズロントをナルファスト公殺しの犯人に仕立て上げるだろう。デズロントだけを悪者にしてレーネットとスハロートの和解を成立させるという筋書きもあり得る。
スハロートが東門から出たことを確認したネルドリエンは、「ロンセーク伯をお迎えせよ」と命じた。
ネルドリエンの口元は、笑いで醜くゆがんでいた。
現時点で登場した人物で派閥構成を整理すると、
レーネット派
アルサース
フォルゴッソ(元スハロート派)
ネルドリエン
スハロート派
デズロント(元レーネット派)
となります。一部でねじれ現象が生じていることが、事態をややこしくしています。




