任務
帝国歴二二二年七月下旬、ウィンに新たな命令が下った。帝国内陸部にあるスソンリエト伯領の監査である。
「なぜスソンリエト伯領の? ウィン様」
「皇帝は諸侯領に密偵を放っている。まあ『公然の秘密』ってやつだね。その密偵からの報告があったらしい」
「報告、ですか」
「スソンリエト伯がどこかと密使をやりとりしている、とか」
「密使ですか」
「人払いが徹底してるらしくて、内容は全く分からない。問題は、そこまで秘密保持を徹底してるってことだ。よからぬことを企てていると勘繰られても文句は言えない」
「コソソコしているのは怪しい、ってことですね」
「まあそういうこと」
そこで、監察使を派遣することになった。
「でも、伯爵の館に入り込んでる密偵でも証拠を押さえられなかったのでしょう? ウィン様が行ったところで何かできるとは思えませんが」
「いいんだよ、それで。監察使が行くだけで『帝国が疑いを持っている』と知らしめることができる。要は牽制さ。目的は罰することじゃない。不穏な動きを未然に抑えることさえできればいい」
「つまり、帝国の存在をちらつかせることで不逞な企てを断念させることができれば成功、ってことですか」
「まあそういうこと」
戦闘は意図していないとはいえ、多少の威圧感は必要だ。ウィン一人でのこのこ出かける、というわけにはいかない。護衛という建前で傭兵を連れていくことにした。
ウィンは、平民街の一画にある、ごくありふれた酒場にやって来た。ここは、傭兵隊長ベルウェン・ストルムに渡りを付けられる連絡所の一つになっている。
「いつもの酒場ですね。でも、ベルウェンはナルファストにいるのでは?」
「代理の誰かがいるはずさ」
酒場には、昼間から多くの男たちがたむろしていた。
酒場の店主に、ベルウェン配下の人間に連絡を取りたいと伝える。
しばらく待っていると、ベルウェンの右腕であるラゲルス・ユーストがやって来た。
「旦那、久しぶりですな」
「ラゲルスじゃないか。帝都に戻っていたのかい?」
ラゲルスもベルウェンと共にナルファスト公国のダウファディア要塞攻めに参加していたはずだ。
「あっちはそろそろ片付きそうでね。所用もあるんで一足先に帰ってきたんですわ。で、旦那は傭兵が入り用だそうで?」
「監察使として出ることになった。三〇人ほど手配してほしい」
「いつまでに?」
「八月早々には帝都を出たい」
「では八月一日に南門の外でお待ちしてます。日の出の頃、ってことでいいですかい?」
「うん、よろしく」
傭兵の手配は思ったよりも早く片付いた。
次は自分用の馬だ。
皇帝宮殿の外廷にある、宮内伯ヴァル・マーティダ・ディーイエの詰め所を訪ねた。
彼は宮内伯としては珍しくウィンに好意的で、それだけに頭が上がらない。
「セレイス卿か。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「また適当な馬をお貸しいただきたいと思いまして」
「スソンリエト伯領に行くのだろう。厩舎には伝えておくが、そろそろ自分用の馬を買った方がよいのではないか? それくらいのカネはあるだろう」
「これは耳が痛い。しかし、馬を買うとなるといろいろ物入りでして」
それくらいのカネはあるだろうと、眉間に皺を寄せながらマーティダは繰り返した。
「まぁ、要は面倒くさい、ということで……」
「この横着者め」
マーティダは苦笑した。ウィンのこういう面は、好意的な者から見れば愛敬だが、そうでない者にとっては不快でしかない。そして、宮廷にはウィンに好意的でない者がたくさんいる。
「ところで、例の件はいかがでしたか」
「去年の夏に帝都を離れていた宮内伯、か」
「はい」
「病気療養や公務での下向なども含めると数人いた。だが彼らがナルファスト方面に行ったかどうかを確かめるすべがない。宮内伯の被官ともなるとお手上げだな」
「やはり参内記録では限界がありますか」
マーティダは「ふん」と鼻を鳴らして渋面を作った。
「そもそもあれは下級官吏が記録するからな。参内していなくても『参内した』と書かせるのは難しくない。百年も二百年も行われてきたことだ。八月に参内したという記録がある者が、実はナルファストに行っていたという可能性すらある」
「まさか宮内伯一人一人を問い詰める訳にもいかないしなぁ」
マーティダは怖い顔でウィンを睨んだ。
「セレイス卿。この件に深入りするな」
もちろん、ナルファストに介入した宮内伯を追及したところでウィンに得はないし、むしろ不利益の方が多いことは分かっている。だが気持ちが悪かった。
「とにかく、宮廷では『大人』の顔をしていろ。これ以上、いたずらに敵を作るのは得策ではないぞ」
同じことを言ったのは何度目かと思いながら、マーティダはウィンをたしなめて送り出した。




