寄り道 その1
スルデワヌトも残り3000の騎兵を直卒してアトルモウ城を出た。戦況によってはレーネット軍との戦闘もあり得る。どのような事態にも対応できる予備兵力としてデルドリオン方面に押し出しておくことにした。
アトルモウ城を出て速歩で5キメルほど進んだところで、前から同じく速歩で近づいてくる騎影が見えた。
念のため偵察させると、監察使の軍使がスルデワヌトに目通りを願っているという。
「監察使の軍使だと?」
不審でもあり疑問もあるが、それよりも興味が勝った。スルデワヌトは行軍を停止し、「連れてこい」と命じた。
この軍使の派遣については、一悶着あった。
「アデンをアルテヴァークへの軍使に!?」とフォロブロンは叫んだ。
「うん。すぐに準備させよう」と事もなげに言うウィンを、その場にいた全員が押しとどめた。
「いや、駄目です。無理です。不可能です。アデンが軍使だなんて」とムトグラフがほとんど悲鳴のような声を上げた。
「軍使なら、私が行きます。アデンでは危険過ぎる」とフォロブロンは名乗りを上げたがウィンは首を縦に振らない。
「アレス副伯なら安全ってことはないだろう。アデンには、既にスルデワヌト王に伝えたいことも話してある。これからアレス副伯にそれを伝える時間はないよ」
ウィンと常に一緒にいるアデンなら、ウィンの意志を完全に伝えることができるだろう。だがしかし……と否定しようとしたが、確かに、フォロブロンにはウィンがアルテヴァークとどんな交渉をしようとしているのかさっぱり分からない。
フォロブロンが反論を引っ込めたことを了承とみたのか、ウィンは「じゃ、決まりだ。さっそく出発させよう」と言い出した。
「軍使の安全は保証されてる。アルテヴァークも蛮族じゃないんだから、軍使をくびり殺したりはしないだろう」と気楽に言う。
帝国およびその周辺国では、軍使は神聖なものとして扱われる。いかなる場合でも、どれほど憎み合っている勢力同士でも、軍使を害することはない。軍使を殺した者には恐ろしい神罰が下されると信じられており、なおかつ軍使を殺した者の名は永遠に語り継がれ、嘲笑される。歴史上、軍使が殺された例が2回ある。どちらも首謀者は恥ずべき者として領地を奪われ、一族郎党に至るまで処刑されて子孫は残っていない。恥辱にまみれた記録と記憶が残るのみである。
「だから大丈夫だってば」というのがウィンの主張だ。




