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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
悲劇の終わりと始まり

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アトルモウ城 その二

「それで、デズロントは生きているのか? さっさと案内しろってば」


 ウィンに命じられ、ルティアセスはのろのろと立ち上がって通路を歩き始めた。スハロートの遺体が安置されていた部屋の反対側は地下牢の区画のようだ。


 牢の一つに、髪も髭も伸び放題の男が入れられていた。


「デズロント卿……」


 レーネットが呼び掛けると、男は体を震わせた後、恐ろしいものでも見たかのように叫び声を上げた。


「聞け、デズロント卿。お前には聞きたいことが山ほどある。あの日、一体何があった。父を殺したのはお前なのか」


 レーネットは冷静さを取り戻していた。今すべきことは怒りをぶつけることではなく、真実を知ることだった。だがデズロントの様子は明らかにおかしい。まともに話ができるのか。


サインフェック副伯(スハロート)を死なせたと言って戻ってきて以来、徐々に精神に異常を来して暴れるようになり、地下牢に閉じ込めるしか……」


 と、ルティアセスはデズロントを眺めた。かつては見下していた相手であったが、自分も侮蔑される存在に成り下がってしまった。この場で自分と対等なのはデズロントだけであった。


「デズロント卿、答えろ。お前には話をする義務がある」

「あ、ああ……ロンセーク伯(レーネット)……。ナルファスト公(オフギース)は殺ししししておりません。み、み、見たのです。倒れているナルファスト公ををを取り囲むフォルゴッソ主従を。殺してねはフォルゴッソでです」

「フォルゴッソが……」


 デズロントの告白というか独白は止まらなかった。堤が決壊したかのように言葉が止めどなく溢れ続けた。


「私は宮内伯のち、ち、調略を受け、スハロート派にねが、寝返っていたのです。しかしし、宮内伯からロンセーク伯を暗殺しろろと命じられれ、迷っていたのです。ひゃひっ、殺せな……かった。だがフォルゴッソがナルファ……ススト公を殺した。混乱しました。そして他のこほは大したごとれはななへへような気持ちになっていたのです」

「フォルゴッソに殺されるるると思い、私はサインフェック副伯の下に走りま……した。けフェ! サインフェック副伯は!サインフェック副伯は!何度もロンセーク伯に書状を送ろうしましが、全れ私が握りっつつぶしました」

「交渉すらできなかったのはお前の仕業か……」

「業を煮やしたササインフェック副伯は、直接ロンセーク伯のところ!に乗り込むとおしゃりり、それをとめめようして手をつかんらところ、サインフェック副伯は……サインフェック副伯は!均衡を崩して倒れれれ、あぐへ、頭を強打してそれっき……り。殺すつもりひゃなかっらのに、殺す気なろ……、それなにそれなろに、ああ」


 レーネットは絶句し、立ち尽くした。

 あらゆるものに裏切られ、邪魔をされ、兄弟と引き離されてしまった。

 怒りよりも絶望が強く、激情に膝が震えていた。


「私を暗殺しようとしたのも貴様か。それともフォルゴッソの差し金か」

「暗殺? 暗殺……暗殺? そうら、そももそそもサインフェック副伯がロンセーク伯に会いに行ころとしひゃのも、サインフェック副伯が暗殺さされかかかったからら。あれひゃロンセーク伯が差し向けた者れは?」

「私が? そんなことをするものか」


 デズロントは目を見開いてレーネットを凝視した。デズロントにはもはや嘘を言うだけの知性が残っていなかった。真実あるいは真実だと信じていることがダダ漏れになっているに過ぎない。

 食い違う認識をまとめると、レーネットとスハロートの両方に暗殺者が現れ、共に暗殺に失敗した。そして、レーネットもスハロートもデズロントも関与していない。


「証拠はないけど……動機があるとしたら宮内伯かな」


 とウィンがつぶやいた。先ほどよりもいつもの調子に戻りつつある。


「多分、ナルファスト公(オフギース)の死去に乗じてナルファストに騒乱状態を作り出すつもりだったんだ。暗殺は成功しても成功しなくてもいい。両者の憎悪を煽って武力衝突させる。これに帝国が介入して、ロンセーク伯(レーネット)を廃嫡する。騒乱収拾のどさくさに紛れて、ロンセーク伯の罪をでっち上げようとでも考えたのだろう」

「だが失敗したと?」


 フォロブロンが先を促す。


「兄弟の絆が宮内伯の予想以上に強くて短絡的な行動に出なかったことと、皇帝陛下が私を派遣してナルファスト情勢が膠着したことで、計算が狂ったんだ」

「殺すつもはなかっんだ。殺すひもりぱ……殺たくねかて……」


 デズロントの独白はもはや言葉にならなくなっていた。金切り声で同じことを叫び続けている。再び狂気の世界に逃避してしまったようだ。

 ウィンはルティアセスをデズロントの牢の隣の牢に放り込むと、地下室を後にした。


 レーネットはもう少し弟のそばにいるという。


「ああ、この城の地下は空気が良くないね。悪い夢を見ているようだった」


 広間に戻ったウィンは鼻歌交じりにこう言った。


「さて、戦後処理をさっさと片付けて帰ろう。ムトグラフ、何をやるべきかまとめてくれ。軍資金が余ってたら兵たちに分配して。副伯(フォロブロン)とベルウェンは残った兵の休息と負傷者の手当を改めて徹底。後、傭兵たちをどこで解散させるか、決めといてベルウェン。私はどこかの部屋で寝る。疲れた」


 ウィンは、一気にまくしたてるとどこかに行ってしまった。直前まで敵地だった城で、護衛もつけずに平気で単独行動する。ベルウェンは舌打ちすると、ラゲルスを呼び寄せてウィンについて行くように命じた。


 ウィンが再び広間に姿を現したのは日没後だった。レーネットやフォロブロンらは夕食を終えてぶどう酒を酌み交わしていた。


セレイス卿(ウィン)、今回は世話になった。礼を言う」

「仕事だから当然ですよ。その仕事もほぼ片付いたし、もうすぐ帰ります」


 そこにフォロブロンが割って入ってきた。


「そのことだが、ダウファディア要塞を放っておくのか」

「それはナルファストの問題だよ。我々の仕事は、公位継承問題の解決。サインフェック副伯(スハロート)が死に、ティルメイン副伯(リルフェット)は所在不明かつ幼少ときたら、ロンセーク伯しか残っていないじゃないか。我々の出る幕はもうないよ」

「アレス副伯、お気持ちはありがたいがセレイス卿の言う通りだ。ダウファディア要塞の奪還はナルファスト公国の責務だ」

「帝国にとっての最優先事項は国境の維持。アルテヴァークという脅威がありスルデワヌトも生きているとなれば、ナルファストに対して宮内伯が余計な手出しをすることはないだろうさ。ダウファディア要塞の奪還という明確な目標とスルデワヌトという明確な敵があれば、ナルファストをまとめやすいだろうしね」

「その宮内伯は罪に問えないのですか?」


 ムトグラフが遠慮がちに口を開いた。


「ムトグラフ卿は、宮内伯の不利益を望むのか?」


 フォロブロンは今まで以上に突っ込んだ言い方をした。


副伯(フォロブロン)は何か勘違いなさっているようですが、私はセレイス卿(ウィン)の支援をしろと命じられたから誠心誠意努めてきただけです」


 フォロブロンは酔っているのか、いつになくムトグラフに絡んだ。


「ムトグラフ卿を差し向けたコーンウェ宮内伯は、ナルファストの混乱に関わっていないということか?」

「コーンウェ宮内伯が関与しているのかどうか、私は知りません。関与していたとしても、私の仕事には関わりのないことです」

「副伯、やめなよ。ムトグラフ卿が困っている」


 さすがにウィンがフォロブロンを制止する。ベルウェンはいつもの通り、我関せずという顔でぶどう酒をあおり続けている。


「ムトグラフ卿の質問に話を戻すが、宮内伯の関与は問題にできないのか。その件では私も納得できていない」


 レーネットに問われ、ウィンは困ったような顔をした。


「証拠が……足りない。ルティアセスらの証言だけでは、どうにも。そもそも、どの宮内伯なのかも分からない」

「そうか……いや無理を言った。忘れてくれ」

「ロンセーク伯はこれからどうなさる?」


 フォロブロンは、まだナルファストのことが気になっていた。


「セレイス卿の言う通り、アルテヴァークという敵を利用して国内の再統合を図る。義母上や妹と弟も探さねばな。公国全土に呼び掛けてお戻りいただく。父とスハロートはいなくなってしまったが、再び家族で共に暮らしたいと思う」


 酒宴が終わりウィンらが割り当てられた部屋に下がるのを見届けたレーネットは一人、城の地下に再び下りた。階段の下にいた立哨に、上階に上がってしばらく誰も通すなと命じて人払いすると、スハロートが安置されている部屋に入った。


「スハロート……」


 初めての弟。

 しわくちゃで、ぐにゃぐちゃで、温かくて、よく泣いていた。


 レーネットを目で追うようになった。

 笑うようになった。

 お座りできるようになった。


 つかまり立ちできるようになった。

 よちよちと歩けるようになった。

 レーネットを危なっかしい足取りで追い掛けるようになった。


 お喋りできるようになった。


 一緒に虫を追い掛けた。

 城内を探検した。

 釣りに行った。


 喧嘩をした。

 剣術の稽古をした。

 乗馬を教えた。


 弓術を教えたら、たちまち上達して追い抜かれた。

 悔しかったが、スハロートの成長が嬉しかった。


 たくさん話をした。

 もっと話したかった。

 もっと話ができるはずだった。


 最後まで、話をしようとしてくれていた。

 スハロートは変わっていなかった。

 大切な弟のままだった。


 いろいろ話したいことがあったが、次の言葉が出てこない。スハロートの死を知ってから、取り乱しはしたが耐えに耐え、笑顔すら作った。

 まぶたが焼かれるような感触を振り払い、威儀を保った。


 だがもう限界だった。食いしばった口から嗚咽が漏れた。

 気が付いたときには涙があふれていた。


「スハロート……スハロート、スハロート!」


 レーネットは弟に呼び掛け続けたが、弟は応えなかった。

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