願い その2
エネレアによって感情を爆発させることができたからか、泣きやんだウリセファは一気に平静さを取り戻した。直前までの醜態も、涙でグチャグチャの顔も恥ずかしかったが、いまさら取り繕っても仕方がない。無力な自分にはこの姿がお似合いだと思うと開き直れた。そのままファイセスに向き合うと、事務的に言い放った。
「ファイセス卿、兵を集めることはできますか。皇帝軍をナルファストから駆逐します」
ファイセスはある程度この問いを予想していたが、それでも驚いた。皇帝軍と戦う意志があるのはナルファスト公国でただ一人、ウリセファのみではないだろうか。だが現実は甘くない。
「監察使軍は3000人とのこと。これを打ち破る兵力を集めるのは困難、いえ不可能です」
貴族は「できない」とは決して言わない。「難しい」と婉曲に表現する。だがこの公女を相手に逃げ道を作るような言葉は使いたくなかった。できないのだ。悔しいが、公女の期待に応える力がファイセスにはない。
ウリセファは、花のつぼみのような唇をぎゅっと閉じて無念さをのみ込んだ。そして恥じた。
ファイセスは今、ウリセファの要求に応えられない自分の無力さに苛まれている。だがファイセスが無能なのではない。ウリセファに力がないのだ。ただの公女に過ぎず、これまでそれに甘んじてきた。それなのにファイセスは自分を責めている。そうさせたのは自分だ。自分の罪だ。
「ファイセス卿、無理を言った。許してくれたら嬉しい」
エネレアは、ウリセファに抱きついたまま眠っていた。この娘にどれほど救われたことかとウリセファは思い、その痩せた体を抱きしめた。エネレアの肩は、いや腕も、腰も、骨張っていて女性らしい肉がほとんど付いていない。肌も荒れている。
ウリセファは、改めて領民というものを知った。今まで見ようともしてこなかったことを、知った。
何をすべきか、何をしたいのかも分かった。
「私は、エネレアが、領民が、もっと豊かに暮らせる国にしたいと思う」
ウリセファの髪は乱れ、化粧っ気もなく、泣き腫らした目は腫れていた。だが、慈愛に満ちた表情はこれまでで最も美しかった。
ファイセスとワインリスは、ウリセファの前に静かに跪いた。2人は、この公女のために全てを捧げようと心の中で誓った。




