レーネット-ウィン同盟
前衛の全滅を知ったスチトルニエトは、何が起こったのかをすぐに理解した。
前衛は監察使軍の三分の一の兵力に過ぎないが、歩兵主体の監察使軍が騎兵を短時間で全滅させたとは思えない。歩兵の長槍は騎兵の天敵だが、長槍の効果を最大化させるための密集陣形は防御用であって、積極的な攻撃には向かない。また、騎兵が退却したら歩兵では追い付けない。
致命的な損害を受ける前に退却することは可能だ。
前衛を全滅させたのは監察使軍ではない。ロンセーク伯がデルドリオンから出てきたのだ。ロンセーク伯ならばアルテヴァークの戦法を熟知している。自分たちが殲滅したのは前衛であると悟って、こちらに進撃している可能性が高い。
では監察使軍はどこにいるのか。後ろだ。スチトルニエトは確信した。監察使軍がスチトルニエト軍よりも速く移動するのは不可能だ。スチトルニエト軍よりも前にいるはずがない。だが、予想よりも「遅く移動すること」はできる。
「つまり、ロンセーク伯軍と監察使軍が前後から迫っているということだ」
とスチトルニエトは結論付けた。
幸い、森の反対側には平原が広がっている。スチトルニエトは一瞬の躊躇もなく、全軍に転進を命じた。
アルテヴァーク騎兵の機動力は凄まじい。七〇〇〇にも及ぶ大軍勢が一糸乱れぬ旋回を見せ、土煙を上げながら平原を抜けてアトルモウ城方面へと離脱していった。
日が三〇度ほど傾いた頃、互いに街道を進軍していたロンセーク伯軍と監察使軍は合流した。
「ふむ、アルテヴァークの本隊には逃げられたか」
不利とみるや兵力に余裕があっても退く。敵の本隊を指揮しているのは戦略眼が確かな人物らしい。
「しかし、ロンセーク伯に全て押し付けてよかったのか」
フォロブロンに問われたウィンは、とぼけた顔で答えた。
「新ナルファスト公がアルテヴァークを撃退。ナルファスト公国にとって必要なのはこういう物語さ。監察使軍は出る幕じゃない。特に緒戦はね」
ウィンは頭をかきながらレーネットに近づく。相変わらず覇気が感じられない顔を見て、レーネットは苦笑した。
どちらも特に挨拶はしなかった。一瞬目を合わせただけで、合流の儀式は終わった。
◆
デルドリオン郊外に、レーネット軍八〇〇〇と監察使軍三〇〇〇、総勢一万一〇〇〇の大軍が集結した。
軍議は、アルテヴァーク王国に誰よりも詳しいレーネットが主導した。
「最優先目標は、会戦によって敵の野戦能力を粉砕して短期間にアルテヴァークを国外に駆逐することである」
それを受けてフォロブロンが発言した。
「アルテヴァークが会戦を避けて、長期戦に持ち込む可能性は?」
「長期戦になれば、地の利がないアルテヴァークが不利になるだけだ。皇帝軍が出てくる可能性も加味すれば、早期にナルファストの野戦能力を潰しておく必要がある。図らずも、彼らと我々の利害は一致しているというわけだ」
「布陣についてなんですが……」
ウィンが、赤毛の頭をかきながらやる気のない目をレーネットに向けた。
「ロンセーク伯には、アルテヴァーク軍を担当していただきたい。あの騎兵突撃は、我が軍には荷が重過ぎますので」
「もう少し格好が付く言いようはないのか」
フォロブロンがたしなめたが、ウィンには響かない。
「格好をつけてる場合じゃないよ。あの騎兵に勝てる気がしない」
と言い返され、フォロブロンは頭を抱えた。
そんなウィン主従を見てレーネットは笑った。自陣営にはない明るさを羨ましいとさえ思う。それに……。
――兄弟が直接戦うのは避けろということか。
レーネットとスハロートが直接戦えば、ナルファスト人同士が殺し合うことになる。親子や兄弟が敵味方に分かれていることもあるし、領地を接する領主同士が戦うこともある。どちらが勝ってもナルファストには遺恨が残る。
この配置は、ウィンがナルファスト人の恨みを引き受け、レーネットにはアルテヴァークを撃退したという名誉を残すためのものであった。
ウィンは、目前の戦闘だけでなく戦後のナルファスト統治まで見据えている。当然、口に出した適材適所という要素も大きいが、それならばレーネット麾下の騎兵を監察使軍に編入するという手もあるのだ。
「承知した。アルテヴァーク軍は我々が粉砕してご覧に入れる」
レーネットは、ウィンの配慮に心の中で感謝した。
後はどこを戦場にするか。レーネットは、南部のアプローエ山脈の山麓を東側沿いに南下してダウファディア要塞を突くという進路を提示した。
「ダウファディア要塞をナルファストが奪回すれば、アルテヴァーク軍の退路を断ってナルファスト内に孤立させることができる。当然、アルテヴァーク軍はアトルモウ城から出てきて会戦を挑んでくる。戦場はアプローエ山脈の東側、アトルモウ城の南西になるだろう」
「この位置取りならば、我々は山麓の台地に布陣して迎え撃つことができる。敵は平原から台地に攻め上がることになるから、騎兵突撃は大幅に勢いがそがれるだろう」
フォロブロンは、レーネットの狙いを正確に理解した。
レーネット軍と監察使軍は、プルヴェント方面へ進軍を開始した。
結局、スハロートはプルヴェントの奪還には来なかった。




