嫌がらせ その2
「スハロート……いや、サインフェック副伯の反応は」
「それがね、全くなしです。仕方がないので、次はデズロント卿の城を落とす所存」
ウィンは事もなげにそう言い放ち、「ややこしくなるからロンセーク伯は動かないように」と付け足した。スハロート派が交渉に応じるまで、スハロート派と目される街や城を落として回るつもりらしい。3000の兵でそんなことが可能なのか。
「皇帝陛下のご威光を利用すれば、まあ落とすだけなら可能でしょう。別に占領を維持する必要もないし」
レーネットにはない発想だった。街や城を落とすのはその地域の支配権を獲得するためであり、それを維持するためには占領地に守備兵力を残さなければならない。
だがウィンにはナルファスト公国の領土を奪う意志はない。占領地を維持する必要もない。街や城を落として「占領した」と宣言し、守備兵力を残さず次の街や城に向かう。スハロートが街や城を奪還するなら、そうさせればいい。これまで姿が見えなかったスハロート陣営が可視化されるというものだ。
ウィンがやろうとしていることはスハロート派の領地に限定されるので、レーネット派には実害がないという利点もある。止める理由は今のところない。
「スハロート派の怒りや不満は私に集めます。事後の融和の観点から、ロンセーク伯がプルヴェントに入るのはお勧めしません。この嫌がらせ作戦にロンセーク伯が関与していると思われたらその後の話し合いが面倒になります」
確かに、スハロート派にとっては嫌な作戦だろう。しかしレーネットにも意地がある。何もするなと言われるのには抵抗がある。
「では、私はただ傍観していろ、ということか」
「現時点でロンセーク伯にできることはありません。サインフェック副伯に交渉を呼び掛け続けてください」と、ウィンはレーネットの心情を忖度することなく答えた。貴族的な儀礼で糊塗された遠回しな言上に囲まれているレーネットにとって、ウィンの率直な物言いは衝撃的でもあり新鮮でもあった。時に無礼とも取れる言い草もあるが、不快ではなかった。「もう少し言い方というものがあるでしょう」とウィンを叱るフォロブロンにも好感を持った。
「セレイス卿、了解した。私は兵をデルドリオンまで下げてサインフェック副伯陣営に呼び掛けを続ける」
「そうそう、妹君にお会いしましたよ」と切り出し、ウリセファが乗り込んできた件を、その後の彼女の動きとともにレーネットに手短に伝えた。レーネットは久しぶりに聞いた家族の消息を感慨深げに聞いていた。
「つまり、妹はスハロートやリルフェットと別行動を取っているということか……」
ルティアセスによるリルフェット捜索の件も併せて考えると、妹と弟は全員ばらばらであるらしい。ウリセファの無事を確認できたのは喜ばしいが、不安要素は増えた。一体、スハロート陣営はどうなっているのか。
押し黙ってしまったレーネットを見ても我関せずとばかりに、ウィンは続けた。
「実は、ロンセーク伯に少しお借りしたいものがあるのです」




