落日
降伏したクーデル三世とその重臣たちは天幕の中に集められ、床に直接座らされている。
ウィンは、冷ややかな目でクーデル三世を見下ろしていた。
「あの目は……」
ベルウェンは、ナルファスト継承戦争時にウィンがルティアセスに対して見せた顔を思い出した。
――ウィンの二面性。
それはいい。誰もが複数の顔を持っている。問題は、「どちらが表か」だ。あの軽薄で頭の悪そうな笑いの下に何が隠れているのか。
人は、本心を幾重もの薄皮で包んでいる。見られたくないものを、隠している。フォロブロンもそうしていたのだろう。
唾を嚥下することも憚られるような沈黙が続く。
アークラスムらですら、喉の渇きを覚えるようないたたまれなさを感じている。
戦勝者であるウィンは、何も言わない。
意を決して、クーデル三世が口を開いた。
「敗者から要求するのは不遜の極みなれど、伏して願い申し上げる。私の一命をもって、家臣と兵たちには寛大な沙汰を賜らんことを」
「私に決定権はありませんよ。今の言葉は皇帝陛下に直接申し上げてください」
「我々は帝都に送られるというわけか」
「王と重臣はね。兵たちは奴隷として他国に売却する。生かして返すわけにはいかないし、殺すのも面倒くさい」
「奴隷、か……」
「帝国に土足で踏み込んで、無辜の民を害したんだ。少しくらいは不幸になるんだね」
この状態になったウィンを知らないアークラスムは、表情をこわばらせて成り行きを見守っている。
クーデル三世は蒼白になって俯いた。そう、ヌヴァロークノ王国がどんなに苦境にあったとしても、だから帝国民を殺していいという理由にはならない。
勝者であればその理屈を通せるが、敗者になった今は全てが罪だった。
「へ、陛下はどうなるのですか?」
カルヴァデゾンが口を挟んだ。
ウィンは煩わしげに赤毛をかき上げると、「知らないよ」と答えた。
「言っただろう。私に決定権はない。皇帝陛下に聞きなよ。まあ、帝都の広場で公開斬首、というところかな」
「そ、そんな無体な。国王を罪人扱いするというのか!」
「罪人だろ? あんたたちのために何人死んだと思ってるんだ。ヌヴァロークノ王国の惨状には同情する。で? 帝国の民はお前たちに殺されなきゃならないことをしたのか?」
カルヴァデゾンは鈍器で殴られたような顔をして、押し黙った。ウィンの帝国語を全て理解できたわけではないが、大意は伝わった。
「それからクーデル王。自害はしない方がいいよ。家臣が大事なら、あんたは恥辱に耐えて処罰を受けることだね。そうしないと家臣があんたの代わりを務めることになる」
クーデル三世は、床に両手をつけて体を支えながら、喉から辛うじて絞り出した声で問うた。
「教えてくれ。……私は、どうすべきだったんだろう?」
ウィンは、目を見開いて、「心底意外だ」という顔で答えた。
「え? そんなの知らないよ」
◆
クーデル三世には使い道がある。例えば彼を人質として、ゲルペソルに立て籠もっているポレンヌーゾンらを降伏させる。オルドナ戦争の集結は大幅に早まるだろう。
だがその場合、クーデル三世を助命することになる。
ロレンフスが、それを許すのか。
だから、ウィンは全ての判断をロレンフスに丸投げすることにした。クーデル三世は帝都に送る。後は好きにしてくれ、というわけである。
「それじゃ、この連中はファッテン伯に引き渡すよ。後はグライスの管轄ってことで、帝都への護送よろしく」
ファッテン伯は、「お任せを」と言ってクーデル三世たちを連行せよと家臣に命じた。
ゲンデの森の戦いに先立って狼煙を上げたのはファッテン伯である。グライス軍の編成を完了してトローフェイル近郊に進出してきたことを告げるためのものだった。
それを合図にオルドナ方面軍が行動を開始。
ウィンらがクーデル三世と戦っている間に、ファッテン伯を中核とするナインバッフ・グライス軍がトローフェイルを攻略する。国王軍が敗北したことを知らされたトローフェイルは、抵抗を諦めて降伏した。
トローフェイルを押さえたことで、最北部のミラロールからオルドナ伯領南部のゲンテザイルまでの勢力圏が確保された。さらに、トローフェイルを起点にゲルペソル、ゲンテザイルからアンネーメルへの進軍が可能になった。
ゲンデの森の戦いをもってオルドナ戦争は掃討戦に移行し、オルドナ伯領の奪還はオルドナ方面軍からナインバッフ・グライス軍に移管された。
オルドナ伯領におけるウィンの仕事は、終わった。
ファッテン伯は、立ち去ろうとするウィンの背に向かって聞いた。
「ラフェルス伯はこれからどうするので?」
「まだやらなきゃならないことが残ってるからね。大忙しさ」
ウィンは、振り返って答えるとわははと笑った。




