孤立
「ナインバッフ公が……討ち死にされた、だと?」
フォロブロンは言うべき言葉が見つからず、立ちすくんだ。
ウィンも、他の諸将も、一言も発しなかった。
ヨーレントは報告を続けた。
「ナインバッフ公を死に至らしめたのは、ニークリット公国軍でございます」
「何を言っているのだ、ヨーレント卿。なぜそこでニークリット公が出てくる」
「ナインバッフ・グライス軍は、ヌヴァロークノ軍と五分以上の戦いを展開し、クーデル王に手が届くところまで追い詰めました。そのとき、背後に現れたニークリット公国軍がナインバッフ公率いる騎兵に攻撃を仕掛け、さらにカルナックタイン公の本隊を強襲して全滅させたのです」
「ニークリット公が、なぜ……」
常に冷静沈着なヴァル・オルロンデム・サルカーテトが蒼白になって絶句した。ヨーレントの説明を聞いても理解が追い付かない。
ヨーレントは一同の顔を見渡してから、ため息をついて顔を左右に振った。
「私にもニークリット公の真意は計りかねる。何も分からない。言えるのは起こった事実だけだ」
「そうなると――」
レンテレテスがつぶやく。
「そうなると、オルドナ伯領でまとまった戦力と言えるのは皇帝軍とラフェルス・カーリルン軍だけ。敵の動き次第では孤立する」
ようやく思考が回り始めたウィンが口を開いた。
「それで、敵の動きは? ヌヴァロークノ軍とニークリット公国軍は合流したのか、別行動を取っているのか」
「ニークリット公国軍はゲルペソル近郊の戦場を離れ、さらに南下した模様。それ以降の動向は不明です。ヌヴァロークノ軍は戦場にとどまり、軍を再編していました」
「ヌヴァロークノ軍の兵力は分かるかい?」
「カルナックタイン公がクーデル王の本隊に打撃を与えたものの、総兵力は三万五〇〇〇前後と思われます」
「三万五〇〇〇か……」
今ウィンとフォロブロンが握っている兵力は、合わせても一万五〇〇〇強。敵は二倍以上の大兵力ということになる。
「彼らはいずれ北上してくるね。トローフェイルを攻囲から解放すること、そしてミラロールの奪還だ」
カーリルン公家臣のヴァル・ポロウェス・ラーエンが進言した。
「ラフェルス伯、ここはいったんファッテン伯領に退却し、態勢を立て直すべきです」
「逃げるというのか。しかしファッテン伯領に下がったところで、敵兵力以上の兵を集めることなどできんぞ」
レンテレテスが答える。
「ならばさらに下がるまでのこと。貴公が言う通り、敵軍の兵力に拮抗できる兵を集めねばどうすることもできぬ」
慎重論を唱えるポロウェスと異議を呈するレンテレテス、どちらにも具体的な対応策は見いだせない。
「私はミラロールの要塞化を上策と心得ます。作業はお任せを」
オルロンデムが前に進み出た。
「手柄が欲しいだけじゃないのか」
ヴァル・アークラスム・ドミティアエンがかみつく。
「そういう次元の話をしているのではない」
「出過ぎなんだよ」
言い争うオルロンデムとアークラスムをしばらく眺めていたフォロブロンは、「ニークリット公国軍の動きが気になる」とつぶやいた。
「ニークリット公の目的は何だ。ナインバッフ公に含むところでもあったのか」
「と、おっしゃいますと?」
フォロブロンの家臣のヴァル・ウレスペイル・ロローエドンが主君の顔をのぞき込んだ。
「つまり、ニークリット公の動きを止めるのが先なのではないかということだ」
「ああ……」
レンテレテスが顔をしかめた。フォロブロンが言わんとしていることを理解したのだ。
ニークリット公の目的……いや「目的地」が問題なのだ。
ニークリット公国軍が南下した先に何があるのか。ナインバッフ公国、さらに先には帝都がある。
今、ナインバッフ公国にはまとまった戦力も指揮する人間もいない。ゲルペソル会戦で全て崩壊してしまったのだ。
ニークリット公国軍は、ナインバッフ公国を蹂躙することも、素通りして帝都に向かうこともできる。直接帝都を衝こうとしているなら、これを追うべきではないのか。
「つまりアレス副伯はニークリット公国軍を追おう、ってことで?」
ベルウェンが口を開いた。
鷹揚な口調だが、目は鋭かった。「そんなことは無理だ」と目が語っている。
「……オルドナ伯もナインバッフ公も帝国の藩屏である。帝都を守るために存在する。ならばそれらを捨て置いても帝都を第一義とすべきだと愚考するが? そして私は皇帝軍を預かっているのだ」
フォロブロンもベルウェンを睨み返した。
「私はアレス副伯の案には反対だ」
ウィンはやる気がなさそうな目で言った。
初めて、フォロブロンの意見を真っ向から否定した。
「今から追っても間に合わない。ヌヴァロークノ軍と鉢合わせする可能性がある。ミラロールを奪われるわけにはいかない。帝都のことは帝都に任せればいい。それくらいの能力はあるはずだ」
だから却下、とウィンは付け加えた。
帝都の城壁はそう簡単には破れないし、ナインバッフ公国と帝都の間にも多くの諸侯領がある。
帝都に直行するのは容易なことではないし、帝都を落とすのはさらに難しい。放っておいても心配ない。
それはフォロブロンにも分かっている。
問題は、皇帝軍の指揮を任されたフォロブロンには、帝都守備の優先度を下げるという選択が困難であるということだ。
「私は、ミラロール防衛が喫緊の課題だと思う。アレス副伯にも力を貸してほしい」
ウィンにしては珍しく、真摯な態度で助力を要請した。
ミラロールを再び奪われたら、再奪還するのはほぼ不可能だ。あの街は正攻法では落とせない。
だが海からの奇襲はもう使えない。
春にはまたヌヴァロークノの船団が押し寄せてくるだろう。
時間がかかろうとも、彼らは入り江の閉塞をこじ開けるに違いない。
ウィンに見つめられたフォロブロンは、視線を斜め下に逸らした。迷う心をウィンに見透かされたくなかった。
「ウィンの方が正しい」と理性が主張している。
だが、自分の立場を巡る葛藤やウィンに従いたくないという反感がある。
そんな内面を知られたくなかった。
その内面とは、非論理的な感情に過ぎない。
フォロブロンは大きくため息をつくと、笑った。そう、単なる意地に過ぎないのだ。そんなものに惑わされてどうするというのか。
「二倍以上の敵からミラロールを守り切るのは容易ではないぞ」
フォロブロンの問いに、ウィンは事もなげに答えた。
「落とすのが難しいってことは守りやすいってことさ。オルロンデム、委細は任せる」
ウィンは、そう言ってわははと笑った。
「だからといって守れるというわけでもないけどね」
余計なことを付け加えるのを忘れなかった。




