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愚者たちの輪舞 ―ブランタール公の凱旋―  作者: 中里勇史
反撃

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ゲルペソル会戦 その二

 左翼隊を指揮しているケルヴァーロとファウフェレスは、敵陣の右翼側面に回ることに成功した。

 右翼隊も側面に出たようだ。これで、左右に長く展開した敵の横陣を左右から挟撃する態勢になった。

 敵の中央部は、戦闘に参加できない遊兵と化した。


「第一段階は成功ですね、父上」


 ようやくファウフェレスの表情にも余裕が出てきた。

 ケルヴァーロは、嫡男が無事に追随していることに安堵しつつ、そうとは悟られないように渋面を作った。


「だが、まだ勝ったわけではない」

「はい、承知しています」


 ケルヴァーロは一瞬だけほほ笑むと、前方に向き直った。


「槍に持ち替えろ! 突撃用意!」


 ケルヴァーロは弓から槍に持ち替えつつ叫ぶ。


「突撃!」


 金管笛(ラッパ)が突撃を命じる旋律を鳴らし、騎兵突撃が始まった。

 敵陣はまばらで槍ぶすまもない。

 騎兵としては、帝国の長槍隊ほどの恐怖はない。


 だが、手応えもなかった。


 敵歩兵は無理に戦おうとせず、騎兵のために道を空けた。

 陣形というものがなくスカスカなので、騎兵突撃の最大の目的である敵陣形を粉砕して潰走させるということができない。

 敵陣を斜めに突っ切って後背に出たが、敵陣を崩すことはできなかった。


「ふむ、これは簡単には勝てそうもないな」


 ケルヴァーロは苦笑しながら鼻の頭をかいた。



 ヌヴァロークノ王クーデル三世は歩兵部隊の後方に本陣を構え、椅子に腰を下ろして目を閉じていた。

 グライス軍の左右展開、騎射と短槍投擲による双方の被害、左右からの挟撃……。

 次々にもたらされる戦況を無言で聞いていた。


「ここまでは想定内です」


 クーデル三世の左後ろに控えているフローデレベンドが口を開いた。

 クーデル三世はゆっくりと頷いた。


「兵たちはよくやっているではないか」


 兵の大半は、馬になじみがない、あるいは騎兵と戦ったことすらないという者だった。だが、騎兵突撃に対して「慌てずに下がれ」という命令を忠実に守っている。

 命じるのはたやすい。

 しかし、実際にあの巨大な馬体が突っ込んでくるのを見たら恐慌状態に陥ってもおかしくない。


 異民族との戦いの戦訓を取り入れたのは帝国だけではなかった。ヌヴァロークノもまた、帝国の戦い方を学び、対処法を編み出していた。

 馬に不慣れなヌヴァロークノにとって、最大の脅威は騎兵突撃だ。この突撃を受け流すことで、陣の崩壊という致命的な事態を回避する。


 ここまでは成功している。


 対帝国騎兵用の作戦は二段階に分かれている。第二段階を使うには、再び騎兵突撃を敢行させる必要がある。


 しばらくして、偵察が戻ってきた。


「敵騎兵は距離を取り、移動しながら騎射を続けています」

「ふむ、そう来たか。ナインバッフ公(ケルヴァーロ)め、食えぬやつよ」

「しかし、敵は早く我が軍に勝ちたいはず。そのうち戦法を変えるでしょう」


 騎兵が弓矢を使うというなら、歩兵は盾で防ぐまでのこと。双方とも大した損害は出ない。

 戦闘は膠着状態に陥った。


 ケルヴァーロは後続の主力、クーデル三世はアンネーメルなどの街からやって来る兵力を待っている。どちらが先に到着するかが勝敗を決することになった。


「北国育ちの粘り強さを見せてやれ。そのうち騎兵の方が焦れて動き出す」


 ――突撃してくるがいい……。


 クーデル三世は心の中でつぶやいた。



 右翼隊を指揮しているケンナーレ伯は、現状に苛立ち始めていた。そもそも騎兵は持久戦用の兵科ではない。突撃して歩兵の戦列を粉砕するためのものだ。

 ケンナーレ伯は騎兵たちを再編すると、五〇騎ずつ密集隊形で突入させることにした。


「しかし、ナインバッフ公(ケルヴァーロ)から力攻めは避けよとの指示があったではないか」


 ケンナーレ伯と共に騎兵を指揮しているドンバル副伯が懸念を示した。


「膠着状態を打開するには、変化が必要だ。騎兵が騎兵たるゆえんは何か。打撃力である」


 ケンナーレ伯の言にも一理ある。

 ドンバル副伯にはそれを否定できるほどの根拠も理論も代案もなかった。彼は、ケンナーレ伯に引きずられるように突撃を指揮することにした。


 第一陣、第二陣、第三陣が突撃を開始し、第四陣をドンバル副伯、第七陣をケンナーレ伯が直卒した。


 やはり、ヌヴァロークノ兵は騎兵を止めようとはせず横に飛び退く。騎兵は、ヌヴァロークノ兵を追い散らすように方向転換し、敵兵の胸に短槍を突き入れた。

 個々に敵兵を追ったために騎兵たちは分散し、勢いも落ちた。

 直進して陣を粉砕する騎兵突撃ではなくなっていた。


 敵陣深く入り込み、分散し、勢いを失った騎兵たちは、敵中に孤立していることに気付いた。

 周りは敵の歩兵ばかり。

 ヌヴァロークノ兵は前後左右から馬に斬り付け、騎兵が落馬すると寄ってたかって短剣を突き立てた。


 ある騎兵部隊は、敵兵が避けた先に溝が掘られていることに気付いた。大した深さではないが、馬が足を取られるのには十分だった。これだけで十数頭の馬が転倒し、転倒した馬に突っ込んだ後続の騎兵も大混乱に陥った。そこへヌヴァロークノ兵たちが殺到し、その騎兵部隊は全滅した。

 遊兵化していた歩兵たちは、陣の所々にこうした溝を掘っていたのだ。


 静かに推移していた戦場が、にわかに騒がしくなった。

 ケルヴァーロは、右翼隊の異変に気付いて眉をひそめた。近くにいたゼンドストレンを呼び寄せて、右翼隊の様子を確認しろと命じた。


 クーデル三世は、敵の右翼が突撃してきたという報告を受けてほくそ笑んだ。

『公爵親子・主従の優雅な休日』(https://ncode.syosetu.com/n8484mm/)

もお読みいただくと、ケルヴァーロ親子をますます応援したくなることでしょう。


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