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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第二章 亡き父の指令
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1 追討指令

 二人はニューヨーク空港から、そのままとんぼ返りでアフリカ基地に戻っていた。そこで二人を待ち受けていたのは見覚えのある顔だった。


「お二人とも、直接お話しをするのは初めてでしたね。はじめまして、ファウスト参謀少将の秘書官を務めていました、アルバート・クーパー情報准尉です」

「リリス・ヒューマン中尉よ」

「キリコ・ナナセ情報少尉です」


 丁寧に挨拶をされ、リリスとキリコは順に挨拶を返す。


「で、どう言う命令? 私たちは予備役に入っているから、余程の事が無い限り、少将からと言っても、命令を受け付ける義務は無い筈だけど?」

「……ファウスト少将の勅命です」


 リリスの言葉に、そう前置きをしてから、厳重に蝋で封をされた封筒をアルバートは差し出す。それだけで『余程の事』である事を示している。


「……これ、本当に少将から?」

「ハイ。一週間前、いえ正確には一週間と十二時間三十八分前に、ファウスト参謀少将が直々に書かれ、直接リリス中尉に手渡すように命じられました」


 その言葉に、不思議そうに首をかしげ、封を開ける。


「……どう言った指令ですか?」

「試作HATハーデスの追討指令よ」


 ウンザリとした顔で、封筒の中に入っていた三つの階級章を取り出す。


「それ、少佐の階級章じゃないですか!?」

「あんたの分もあるわ。キリコは中尉に昇格。アルバート准尉は少尉」


 そう言って、二人に階級章を渡す。


「私だけ二階級昇進なのは、少佐以上でないと駆逐艦以上の軍艦指揮権が無いから、ね。アフリカ基地に配属されている、第十八独立機動艦隊所属、最新鋭駆逐艦ユニコーンを使え、だそうよ」

「駆逐艦一隻だけですか?」


 キリコの言葉にリリスは頷く。


「フェリアシル少佐は非常に融通の利く、極めて有能な艦長。そして、ユニコーンは現状で最も使い勝手のいい駆逐艦、としたためられているわ」


 リリスはそこまで言うと、指を二本立てる。


「あとは二つ。人員はアフリカ基地所属で、自分よりも階級の下の人間であれば、自由に招集していい。テスト中のHAT二機は自分の思ったように使え、だそうよ」


 呆れた口調でリリスは紙をキリコに渡す。


「確かにファウスト参謀少将の文字、ですね……」


 キリコが渡された紙に素早く目を通すと、すぐにリリスへ戻す。


「まったく、死んだ後までこんな指令を残していくなんて、よっぽど私とファウスト少将とは相性が悪いんだわ」


 キリコから紙が返ってきたのを目の端で確認すると、そう呟くのをアルバートは聞き逃さなかった。


「いけません、少佐!」

「何が?」


 リリスは声を荒げるアルバートに向かって冷たい視線を送る。


「いくらなんでも、死んだ方に文句を言うなど……」

「……死んだ後まで、指令を残していくなんて最低よ。大体、昔から……」

「それでも、死んだ父君の……」


 そこまで言って、アルバートは慌てて口を噤んだ。だが、それがリリスの耳に入る事を防げなかった。


「父? 何を、言って……」


 戸惑うリリスに、アルバートは意を決したように姿勢を正す。


「本当の事です。少将は言っておられました。この指令を下された直後、自分の身に何かあった場合、娘を頼む、と」


 アルバートの言葉にリリスは拳を握り締める。


「冗談じゃないわよ! だったらなおさら! こんな指令を私は受けたくない! 今までだって何度も言う機会があった筈なのに、それを打ち明けなかったのに、こんな時になって、しかも他人の口から! 自分が父親でした? ふざけるんじゃないわよ! それで自分は文句の言いようのない、あの世とやらに行っちゃったのよ!?」

「ちゅ……少佐!」


 リリスの口から吐き出された怒りを、表情を変える事無く受け止めるアルバートに、キリコが口をはさむ。


「あ……ごめんなさい。あなたに当たる事じゃないわね……。少し……半日だけ考えさせてもらえるかしら……? そう、半日だけでいいから……」

「了解しました」


 敬礼をするアルバートにリリスは軽く会釈すると踵を返した。


「……キリコ中尉はどうなさるおつもりで?」

「え? 私? 私は少佐の行動に任せるわ。このままテストパイロットを続けると言うなら記録員をするし、指令を受けると言うのなら、それに付いて行く。知っているでしょう? 私もファウスト参謀少将の命令で、ここに来た事くらい」


 キリコの言葉にアルバートは頷く。


「けど、私も初耳。少将がリリス少佐の父親だって言うのはね。でも……」

「事実を知れば全て納得がいく、ですか?」

「そういう事ね。でも、この指令は……リリス少佐には酷すぎるわ」


 少し悲しそうに呟くキリコにアルバートは、どうしてです、と尋ねる。


「受ければ、少佐は自分の好きな人をその手で殺す事になる。受けなければ、亡き父親の最後の頼みを断らなければならない。厳しい二択を迫られているのは確かよ」

「好きな人、ですか?」


 言葉を返してくるアルバートにキリコは頷く。


「リリス少佐は、自分の身体を二の次にして、他人の為に動く人間なの」


 キリコはこの一ヶ月で学んだリリスの性格を、的確に言葉に表す。


「あの映像は見たでしょう? 少佐は『あれ』に乗っているのがリョウ少尉だと言う事に気付いている。そして、あの桁違いな機動力と破壊力。どれだけの艦艇が沈んだのかまでは知らないけど、あれが開発を凍結された筈のハーデスだと言う事は、オリンポス計画に携わっている者なら、少し考えただけで思い至るわ」


 一旦言葉を切ると、曇った空を見上げる。


「今の連邦軍にドッグファイト・リョウに太刀打ちできるのは、ピンポイント・リリスを除けば、数えるほどもいない……」

「他の人に討たれるのであるならば、ですか?」

「それは少佐の決める事よ。でも、私が同じ立場なら、そう考える」


 視線は曇ったままの空に向けられている。今にも天が泣き出しそうな状態だ、キリコはそう思いながら、その情景が今のリリスの『心』そっくりだと感じていた。


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