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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第一章 分かたれた道
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4 テストパイロット

 リリスの退役願いが受理され、予備役となって一ヶ月。リリスは地球連邦軍アフリカ基地にいた。


「ふぅ……」


 新型HATから降りると、リリスはヘルメットに手をかけ、息を静かに吐き出した。


「どうですか、中尉? 試作型HAT六番機のヘルメスは?」


 ヘルメットを外したリリスにスポーツドリンクを渡してから、キリコはペンを片手に返事を待つ。


「ん? 加速性能と衝撃緩和装置の性能は、今まで乗っていた、スレイブニルの比じゃないわね。今までの感覚で加速・旋回した時に、重圧感は全くなし。大気圏内でこの性能なら、宇宙では更に加速できそうね」


 キリコはリリスの言葉を細かく書類に記入していく。


「これでもまだ八割の完成度、って言うのは正直怖いわね。それから射撃システムに関してだけど、最高速度で側面射撃した時に、空気抵抗で銃身が後ろに七分ほど流されるわ。正面方向だと上下方向に二分くらいかな? これも大気圏内と宇宙では違いが出るから……」


 キリコのペンが止まる。


「ん? どうしたの、キリコ?」

「七分とか、二分とか、許容範囲内じゃないんですか!?」


 渡されたドリンクを飲みながら話すリリスに、キリコは素っ頓狂な声を上げる。


「全然。私、大体の射撃は完全手動でやっているけど、砲身が少しずれると、狙撃って出来ないのよ。知ってた?」


 基礎知識である。だから、狙撃は大抵機体と砲身を固定して行う。空中戦などで狙撃を行う場合でも、基本的に機体は動かさないように教えられている。


「あのねぇ、私たちのオペレーターをやっていたあんたが、私のロングレンジでの撃墜スコアを知らないとは言わせないわよ? 大体、キリコは私がロックオンシステムを使っていない事くらい、知っているでしょうが?」


 リリスは額に指をあてながら言う。


「射撃システムなんかに頼るから、打ち漏らしがあるの。私が担当した宙域で打ち漏らした事ある? 基本的に私は動体射撃と同じ感覚で操作していたわよ」


 動体射撃とは軍の銃技訓練の一つで、五十メートル離れた所にある、十センチ四方の動く的を撃ち抜く訓練の事である。


「……中尉は動体射撃の最高スコア、いくつです?」


 興味半分でキリコは口を開いた。そして返ってきた答えに再び驚きの声を上げる。


――私は真ん中以外撃ち抜いた記憶はないわよ?


 つまり最低スコアが百点で、最高スコアも百点、という事である。


「……記録、いいの?」


 リリスの言葉にようやく正気を取り戻して、キリコは慌ててペンを動かし始める。


「続き、いい? これは個人的な感想なんだけど、左のフッドペダルが少し硬い。遊びをもう少し増やしておかないと、量産した時に、新米が戸惑うわね。あと、右側に重要なコントロールシステムが多すぎ。もう少し左右の配分考えないと、パイロットが左利きだったらどうするのよ?」


 リリスはそこまで言うと、キリコがペンを止めるまで待つ。


「まぁ、この辺は量産に移行するまでに調整が利きそうだから、今のうちに文句を言っておくわ。それから……」

「ま、まだあるんですかぁ!? 書き込む所、もう、ほとんど無いですよぉ!」


 さすがに悲鳴を上げるキリコにリリスは含み笑いをする。


「ん? 言っておくけど、私は新しい玩具を与えられて遊んでいる訳じゃなくて、これが量産された時、そして、これに新しいパイロットが搭乗した時に、戸惑って戦死する将兵(パイロット)がいないようにデータ収集しているつもりなんだけど……。テストパイロットって、そういう事を仕事にするのと違うの?」


 正論だが、はっきり言って要求が異常なまでに高すぎる。かつてからキリコは、リリスが口にする事は理想論が多い事を知っていた。しかし、実態は少し違った。リリスは理想論を口にするだけではなく、それを本気で実行しようとしているのだ。


「……そういえばさ」


 キリコが放心しているのを片目に、リリスは不意に首をもたげた疑問を口にする。


「キリコは、なんで退役届け出したの?」

「……え? あ、私はクリムゾン・エッジのお二人と仕事をしているのが誇りで自慢だったんです。だから、中尉が退役なされる以上、今の私の居場所はイクスプローダーじゃなくて、ここなんですよ」


 そう言うと、笑顔を向ける。それがリリスにとって清涼剤代わりになっている。アフリカ基地に来て、記録員として紹介されたキリコを見た時、冗談抜きで驚いた。そして、たった一ヶ月で親友と呼べるまでの関係になっていた。


「あ、中尉。先程、明日からの予定表を、開発主任のイワン技術中尉に頂きましたけど、どうします?」


 キリコの疑問はもっともである。今の段階で落第点を指摘している以上、リリスが次のステップを受けるかどうかは疑問である。


「ん? 一応、聞いておくわ。さっき言った部分は、次のステップに進む所で解決できると思うから」


 そう言うと、飲み干したドリンクパックをキリコに渡し、そのまま予定表を受け取る。


「へぇ……。高速旋回性能のテストと、新型兵器、か」


 軽く目を通しながら頷いていたが、予定表の中段辺りで目が丸くなる。


「はぁ!? 大気圏離脱に突入テスト!? そんな事までできるの!? このヘルメスは!?」


 リリスが驚くのも当たり前である。大気圏離脱、突入には機体の形状が『流線型』である事が常識である。それに引き換え、自分が乗り回しているヘルメスは、スマートな形こそしているが、少なくとも『人型』の範疇である。どこをとっても『流線型』とは言えない。


「……イワン中尉って、マッド?」

「私に上官の文句は言えませんが、技術将校の方々はその傾向が多い、という事を、オーディンにいた頃から聞いています」


 キリコは言葉の表面上では答えを出さずに肯定をしていた。


「それが終わったら、もう一機の性能テストが待っていますよ? 中尉のご希望だった、十二番機、超長距離砲戦用試作型HATアルテミスのテストが」


 その言葉にリリスは乾いた笑いを浮かべると、ヘルメスを見上げる。


「しかし、連邦軍もずいぶんな金の無駄使い、するわね……」


 新型兵器を開発するのに、一体どれだけの金額が動くのかなど、リリスには想像すらつかない。ただ、量産型で支給される機体ですら、たった一機でリリスの一生分の給料と年金の総合計を上回る事から、一生縁のない金額だという事だけは確かだ。それが、アフリカ基地に二機も用意されていて、リリスはそれを玩具のように乗り回しているのだ。


「十二種類の、それぞれ特殊な用途に合わせて作られたHAT、か……」

「オリンポス計画、と言うらしいんですけどね」


 リリスの呟きにキリコが答える。


「なるほど、ね……」

「何が、なるほど、なんですか?」


 妙に納得のいった顔をするリリスに、キリコが尋ねる。


「ん? キリコは神話って読んだ事ないの? 今までの機体は基本的に『北欧神話』から、名前が付けられているの。それに対して……」

「この計画で作られているHATは、全て『ギリシア神話』から来ている、ですか?」


 リリスは頷くと、自分の目の前の機体を軽く叩く。


「このヘルメスもそう。オリンポス十二神の一角、伝令神『ヘルメス』の名前をあやかっている。だから、これほどまでに異常な加速性能を付加されている」

「でも、三番機が開発見送り、というか欠番になったらしいですよ?」


 キリコの言葉にリリスはキリコの方に顔を向ける。


「三番機? 確か要塞攻略用HATのハーデスだったわよね? どうして?」

「なんでも、コクピット周りが非人道的だったらしいとかで……。新しい概念で作られた機体だけに、かなりの予算がつぎ込まれていたらしいんですけど……」


 周りに人が全くいないわけでもないが、滑走路の雑音で二人の会話が漏れる事はない。しかし、話題が話題だけに自然と声が小さくなる。


「詳しくは知りませんが、それで設計主任だったリチャード技術大尉が更迭され、設計図も連邦軍事機密局の倉庫に特S級で封印されたらしいですけど……」

「けどという言葉を連呼する、という事は続きがあるのね?」


 リリスの疑問を肯定するように、キリコは静かに首を縦に振る。


「はい。問題のリチャード大尉は行方不明。しかも、大尉が希望したテストパイロットというのが……」


 キリコの口調が険しくなる。


「そういう言い方するからには、テストパイロットを私が知っているって事でしょ?」


 そう言うと、リリスは自分が知っている限りの連邦軍エースの名を挙げていく。


「全員、違います」

「キリコ? もったいぶるのはあんたのよくない癖よ?」


 リリスの呆れた声にキリコは、そうではありません、と一呼吸入れた。


「驚かないでください? なんと、リョウ少尉らしいです」

「……それ、本当? だってリョウはまだ入院中の筈だし、退院してもHATには乗れない筈じゃない!」


 殆ど掴みかかるような勢いのリリスに、キリコは、噂ですけどね、と付け加える。


「まぁ、連邦軍の中でも、クリムゾン・エッジの二人の名前は異常なまでに突出していますからね。ここにリリス中尉がいる以上、もう片方を欲しがるのは確かですよ」


「そんなものかしら……?」


 わからない、という風に両手を肩の高さまで上げてため息を吐くリリスに、キリコは、そんなものですよ、と笑いながら答えた。


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