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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第五章 『女神』対『復讐者』
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5 最後の一手

 その様子は無論、地球連邦軍の艦隊にも届いていた。そして連邦軍総司令部から『敵HATの殲滅』という指令が下された。その指令が入るのと同時に艦隊は火星軌道に向かって進軍を始めた。だが、それは決してハーデスの撃墜命令ではなかった。与えられたのは『火星宙域で戦闘をしているHATの撃墜指令』だった。



「エネルギーチャージは完了……」


 モニターの一部に映るエネルギーゲージを確認しながら、リリスは呟いた。


「失敗したわね……。熱くなりすぎて、相手を軽くし過ぎた……」


 リリスは徐々に開く、ハーデスとの相対距離に舌打ちをした。


『残念だったなぁ! お前のお陰でずいぶんと身体が軽くなったぞ!』


 リョウの勝ち誇ったような声が届く。


「そうね。元々は私が得意だった戦法だったわね、それ……」

『ああ、そうだ! いらない武装や弾切れの武装は即座にパージする! そうして順次機体を軽くして相手の予測速度を超えた機動をする! お前の最も得意な戦法だ!』


 機体の重量自体が元々違うのだ。切り離された部位の重さも、変わってくる。


「バーニアは無くても、加速自体はボディで行っていた訳か……」


――詰めの甘さに嫌気がさす。


 そう思った瞬間、通信回線が開く。


『何やってるのよ、リリス! まだ『奥の手』が残っているでしょうが!』

「フェル!? 危ないから通信をかけるなって言ったでしょう!?」


 それは、戦闘能力を持たない軍艦が狙われて、守りきる自信は無かったから出した言葉だった。それを無視しても、自分の親友はリリスに気合を入れるという為だけに、通信を送ってきたのだ。


『聞いたぞ、リリス……。お前の『奥の手』だと?』

「聞こえた様ね……。なら、隠す必要もないわね」


 リリスはゆっくりとコントロールパネルを叩き始める。


「これは『切り札』では無くて『奥の手』よ。その『意味』くらい、私と一緒に作戦行動をしていた、あんたにはわかるわよね?」

『ああ、わかるさ! 貴様の言う『奥の手』は出せば必ず勝つ、最初で最後の手段だ! 故に普段は絶対に見せない!』


 相手の言葉にリリスは息を吐く。


「だったら……わかっているのでしょう?」

『ああ、面白い! 付き合ってやる!』


 言葉と同時にハーデスの機体がアルテミスの方を向く。そして、ゆっくりとその胸甲が開き始める。


「……サテライトイレイザー、照準……」


 最後のボタンを叩くのと同時にアルテミスの背中に収められていた、長い砲身が左肩にセットされる。


『それが貴様の『奥の手』か!』


 紅と黒の機体の間に極度の緊張が走る。


『ケルベロスキャノン……』

「サテライトイレイザー……」


 リリスが引き金を引く事を一瞬だけ躊躇した瞬間。幾筋ものビームの光条がアルテミスとハーデスの横を掠めて行った。


「ち、地球連邦艦隊!?」

『ククク……』


 リリスは驚きの声をあげ、リョウの笑い声が再び響く。


『リリスよ! 残念だったなぁ! あれは明らかに貴様も照準に入れている!』


 その言葉と共にハーデスはアルテミスに背を向け、地球連邦艦隊に照準を合わせる。


『結局、貴様の守ろうとしていた物は、この程度の物だ!』


 リョウの声が耳に届く。


『ケルベロスキャノン、照射!』

「サテライトイレイザー、発射!」


 叫ぶ声と同時に、リリスは今度こそ、躊躇う事無く引き金を引いていた。そしてリョウのハーデスから放たれた黒い『闇』の奔流が地球連邦艦隊を呑み込み、リリスのアルテミスから放たれた眩いまでの白い『光』がハーデスを包み込んだ。



 そして次の瞬間、ハーデスの機体が大きく爆ぜた。



 遥か遠くで起こる爆発。そして目の前で起きている静かな崩壊。リリスは砲身の半分が消滅したキャノン砲を排除すると、僅かに距離を開く。


『ば、バカな……。何が、起きた……?』


 驚愕に満ちたリョウの声がハーデスから漏れてくる。メインカメラは消失し、装甲がスローモーションの様に剥離していく。


『リリス……何を……した……? 貴様、一体何をしたぁ!?』


 装甲が剥がれ、中身をさらけ出したハーデスの機体が静かに空間を彷徨う。


「……決着がついた。それだけの事よ……」


 そう呟くと、ゆっくりと残っている全ての武装の照準を『リョウ』に向ける。


「さようなら、リョウ」


 静かに、しかし力強くリリスは言葉を紡ぐ。


『よせ! リリス! この機体には!』

「超重力エンジンが積まれているのでしょう?」


 わかりきっている事を聞くな、と言わんばかりに呟く。


『死ぬ気か、貴様! 俺を破壊すれば……』

「破壊すればシリウスの開発したグラビティ・ボムと同じ現象が起こる」


 自分たちの運命を分けてしまった事件を思い出しながら、リリスは答えた。


『貴様、正気か!?』


 リョウの声にリリスは目を瞑った。


「命乞いは見苦しいわ。あんたの言う『自然の摂理』の前では」


 ゆっくりと目を開きながら、極力、冷静を努めた声をあげる。


「だから、もう一度だけ言うわ。さようなら、リョウ」

『き、貴様! わかっているのなら……』


 リョウの言葉にリリスは静かに首を横に振る。


「あんたとだったら、地獄へだって付き合う気でいた……」


 静かに。誰の耳に届く事もないほど小さく。リリスは呟いた。


「愛していたわ、リョウ……。誰よりも、何よりも……」


 ゆっくりとリリスの指がアルテミスの武器管制システムの上を走る。まるで『リョウ』を哀れむ様に、そして優しく慈しむ様に。


「そして、今でさえ、愛して止まない……」


 涙を流しながら、最後のスイッチを叩く。同時に残された全ての武装から火が吹く。


「だから、おやすみなさい……」


 着弾を確認するのと同時に全てのエネルギーを機動システムに廻し、一気にその場から離脱を開始する。


『リ、リ……』


 リョウの声が爆音と閃光に呑み込まれていく。そして次の瞬間、凄まじいまでの勢いで空間の『収縮』が始まった。


「でも、今はまだ、あんたに付き合う訳にはいかない……」


――守りたい仲間がいるから……。


 リリスは心の奥でそう呟くと、涙を拭い、通信回線を開いた。


「こちら、地球連邦軍試作HATアルテミス、パイロットのリリス・ヒューマンです。こちらに戦闘の意思はありません。ただいまより武装解除を行います。受け入れをお願いします。繰り返します……」


 通信を終えると、リリスは残弾がありもしない武装を次々と排除しながら、シートに背を預け、静かに目を閉じた。


――これで、大丈夫……。ありがとう、みんな……。


 静かに心を走らせる。


――フェルの言っていた策でみんなを助ける。そうしたら、リョウ。


 ゆっくり目を開くと、既に何も無くなった空間に視線を向ける。


――地獄で、一緒に過ごそう。この身と心が煉獄で燃え尽きるまで。


 リリスの頬を一筋の涙が流れ落ちた。



「投降!? 一体何考えているのよ!?」


 その通信をキャッチしたユニコーンの艦橋でフェリアシルは大声をあげた。


「そんな事をして、待っているのが銃殺だって事ぐらい、どうしてわからないのよ!?」

「……違いますよ」


 フェリアシルの叫び声にキリコが唇を噛んで呟いた。


「違うって、何が!?」

「フォボスの宇宙港での事です」


 キリコの目には涙が溜まっている。その様子にフェリアシルは声を小さくあげる。


「キリコ、あなた……」

「リリスはあの時、自分が主犯だという事を強調して、他のクルーはただ自分に従わされているように演技をしました……」


 よく見れば、拳も強く握りしめている。キリコの握力で無ければ、確実に拳の中から血が流れ出ているに違いないほどに強く。


「多分、今回の投降も、それを訴える為……」

「そんな事、させられる訳無いでしょう!」


 フェリアシルは叫ぶと通信回線に向かって大声をあげた。


「待ちなさい、リリス! あなたが罪を被って、私たちが減刑や無罪を言い渡されて、私たちの誰が喜ぶのよ!? 聞こえているのなら、返事をしなさい、リリス!」


 その通信に返答は無かった。


「何か言いなさいよ! リリス・ヒューマン!」


 悲痛に満ちた叫びが、全銀河系に流れている事をフェリアシルは気付いていなかった。


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