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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第五章 『女神』対『復讐者』
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2 新しい力

 フェリアシルはユニコーンのシミュレータールームにリリスとキリコを呼び出した。そして先にシミュレータールームに着いたキリコに手にしていたデータを渡す。


「どう思う? これを見て、クリムゾン・エッジの専属オペレーターだった、あなたの意見を聞きたいのだけど」


 キリコは渡されたデータを見て目を丸くする。


「確かにこれなら、リリスに通用すると思いますけど、本気ですか?」

「本気よ。そもそも……」

「フェル、何でパイロットスーツなんか着てるの? それに、私に用って……」


 言葉途中でシミュレータールームに入ってきたリリスが声をかける。フェリアシルはその姿を確認すると、リリスに向かって指先を突き付ける。


「勝負よ、リリス」

「はぁ? 私とあなたが? 一体、何がどうして、そんなバカな話になっているのか、説明をして欲しいんだけど……」


 フェリアシルの言葉にリリスが呆れた顔をする。


「そもそもHATと軍艦じゃ、話にならないでしょうが?」

「私もHATよ。条件はクロスレンジに限定。武装に関しては自由。私の搭乗機体はスレイブニルのカスタムタイプ。あなたはアルテミスの情報を登録したやつでいいわ」


 その言葉に、リリスの顔が余計に曇る。


「あなた、正気? 駆逐艦の艦長さんが私の苦手なクロスレンジとはいえ、HATで私と勝負になると思っているの?」

「率直に言いますと、いい勝負か、と」


 それまで黙っていたキリコが口をはさむと、リリスにシミュレーターに搭乗するように指示を出す。


「オペレーターとして進言します。これは確実にリリスの為になります」

「いや、それでもこっちが新型で、あっちが旧式というのは……」


 強い口調のキリコに戸惑いながらも反論するリリスに、有無を言わさぬ表情でキリコはもう一度搭乗を促した。


「……わかったわ。けど、一回だけよ?」

「一回で充分よ。あなたの殻を叩き割ってあげるから」


 リリスとフェリアシルは同時にシミュレーターに搭乗すると、キリコに回線を繋ぐ。


『では、状況設定をします。戦闘空域、宇宙空間。距離、クロスレンジに限定。リリスはHATアルテミス。フェリアシルはHATスレイブニルのカスタムタイプ、バージョンF』

「バージョンF……?」


 リリスには聞きなれない名称だった。


『私が士官学校にいた頃にHAT教習課程で考えたバージョンよ』

「HAT教習課程って……」

『言っておくけど、あなたたち程じゃないけど、私にだってHATは操縦できるわ。単純にこっちよりも軍艦の指揮官としての能力が高かっただけで。でなければ、士官学校を首席で卒業できる訳無いじゃないの』


 音声のみで伝わってくるフェリアシルの声はいつになく真剣だった。その深さを感じ、リリスはコクリ、と喉を鳴らした。


「いいわ。上等じゃない! 参ったと言うまで『躍らせてあげる』わ!」


 リリスは声をあげながらスイッチを入れる。と同時に、シミュレーターの画面に相手の姿が映し出される。


『シミュレーション開始』


 キリコの声を合図に模擬戦闘が始まった。



 リリスは首を項垂れながら、キリコにドリンクを要求すると、壁に寄りかかるように腰を降ろした。


「あーあ……。もう少しで勝てると思ったんだけどなぁ……」


 その隣に残念そうに息を吐きながら、フェリアシルが座り込む。


「あれは、負けよ。私の」


 リリスが呟くのを確認して、フェリアシルは満足そうに頷く。


「勝負の決め手が、パイロットの腕じゃなくて、機体性能差だったんだもの」


 一回大きく息を吐くと、シミュレーターで起きた事を思い出すように上を見上げる。


「……まったく、ヒートダガーにワイヤーをつけておいて、避けたと思ったら後ろから飛んでくるわ、ヒートソードを投げつけて、その底に実弾を当てて加速させるわ、弾切れの武装は盾代わりにするわ、気付くとヒートランスの石突きにロングライフルの銃身を上乗せして間合いを延ばすわ。どこで考えたのだか……」


 呆れた風にリリスはフェリアシルに顔を向ける。


「あれさ、初めてHATシミュレーター教習を受ける時に、あなたの残したシミュレーター映像見せられてさ」

「それって、もしかして、伝説の『三十二機同時撃墜』の映像じゃないですか?」


 ドリンクを二人分持ってきたキリコが口をはさむ。


「伝説の『三十二機同時撃墜』の映像? あれ、そんな呼び方が付いている上に、残されているんだ?」

「そうよ。あれを見せられて、自分もこういう記録を残せたらいいな、とか思って、一生懸命考えたプログラムなのよね……」


 フェリアシルが複雑な笑みを浮かべるリリスに答える。


「言っておくけど、あれはただの『デモンストレーション』よ?」

「はい?」


 リリスが呆れたように言うと二人の声が重なる。


「だから、あれは実戦で使う様な代物じゃなくて、射撃システムを利用した『デモンストレーション』なの」


 そう言うと、リリスは手にしていたドリンクのカップを二人の目の前に突き出す。


「何をするつもりなの、リリス?」


 フェリアシルの声にリリスは真剣な目をする。


「今から、私の言う事をきちんと聞いておいてくれる?」


 リリスはそう言うと二人が頷くのを確認する。


「じゃぁ、私の顔をよく見ていなさい」


 二人が頷き、自分の顔に視線が集まるのを確認すると、僅かに視線だけを上に向け、飲み終えたドリンクのカップを宙に放り投げる。それをキャッチする事無く、床に落とす。二人の視線は自然と床に転がるカップに注がれる。


「リリス?」

「何がしたいのか……」

「だから、今見せたのが全て」


 端的に言うと、リリスはドリンクのカップを拾い上げると、ニッコリ微笑む。


「さっき言ったでしょう? 私の顔をよく見ていなさいって。なのに、次の瞬間には、私の顔を見ていなかった」

「あ!」


 フェリアシルが驚きの声をあげる。キリコの方は一体何が起きたのか理解できていない様子で、不思議そうにリリスとフェリアシルの間を交互に視線を送る。


「人間の目というのは、それほど便利じゃないのよ。少なくとも、三十二機を『同時』に捉える程には、ね。あんたたちは私がカップを投げた瞬間、カップの方に気が取られて、私の顔を見なかった。より正確に言うのなら『視界に入ってはいたけども、知覚している訳では無かった』という事なんだけど……」

「もしかして、あの記録って……」


 リリスはフェリアシルの言葉を肯定する様に頷く。


「あれ、正確に言うと、右目で十六回、左目で十六回の高速ロックオンと二機同時撃墜を十六回繰り返しただけ。まぁ、後は着弾速度の調整とかはしたから、三十二機同時撃墜に見えるだけなのよ。それなのに教官たちがバカみたいに、はしゃいじゃってさ……」

「それ、充分に常人の域を出ている気がするのは、私だけですか?」


 キリコが呟くと、リリスはそれも肯定する様に頷く。


「あのさ、キリコはゲームってやる?」

「いえ、あまり興味が無いので……」


 フェリアシルはキリコが首を横に振るのを見ると、少しだけ溜息を吐く。


「だから、伝説の『三十二機同時撃墜』はただのゲームと同じで、感覚さえつかめば、誰にでも、とまではいかなくても、ある程度以上のレベルの人間なら出来る手品みたいなもの、という事よ。タネさえ知っていれば、だけどね」


 フェリアシルは、私もやってみようかな、と呟く。


「でも、タネって……」

「トリガーのタイミングと、武装の着弾速度。それと、相手までの距離よ。全部、マニュアルを端から端まで読めば載っている事よ」


 キリコが疑問を全部口にする前にリリスが説明をする。


「フェルの使っていた物とは違う。実戦であれをやっても、何機かはロックオンを外してくるし、シールドで防ぐ奴もいるわよ。けど、私が知りたいのはその先なのよねぇ」

「なぜ、こういう勝負をしたか、でしょ?」


 リリスが頷くのを見て、フェリアシルはキリコにデータディスクを渡すように言う。


「接近戦が苦手なんでしょ? しかも、駆逐艦の艦長をやっている、私程度に苦戦するくらいに。だから、これをあげるわ」


 差し出されたデータにリリスは困惑した顔を浮かべる。


「あのねぇ、言っておくけど、データは基本的に貯め込んで、いざという時の引き出しにする物なの。あなたみたいに弾切れの武装が荷物だとか、効かない兵器はいらないとか言って、武装をパージするだけじゃ、あいつを相手に勝てないわよ?」


 フェリアシルはそう言うと、立ち上がる。


「そう言えば、シミュレーターに乗った時に言っていた『躍らせてあげる』って言葉、一体なんなの?」

「私に、その言葉を言わせて、その通りにならなかったのは、多分、あんたが初めてよ」


 リリスの言葉にフェリアシルは、そう、と頷く。


「やっぱり、リョウ少尉を『本気で討てなかった』のね、あなた」


 息を呑み込むリリスに、フェリアシルは僅かに笑みを浮かべると、小さく首を横に振る。


「本気で好きな人間を、いきなり『殺す人』を親友とは思いたくないわよ」

「フェル……」


 リリスには自然と零れ出した涙を拭く事さえ、もったいなく思えた。


「ほら、涙を拭きなさいよ。今は、まっすぐ前を向きなさい。辛いなら弱音を吐いていい。悲しいなら泣いてもいい。そして、嬉しいなら喜べばいいのよ。素直に、ね」


 そう言うと、リリスの涙を掬い上げて笑みを浮かべる。


「それから、キリコはリリスの部屋の掃除。黙っていると、また睡眠薬と精神安定剤漬けになるわよ、この人」


 キリコが視線を向けるのと同時に、リリスは首を横に振った。


「ううん、大丈夫。今、わかったの。私には、こんなにも心配をしてくれる『仲間』がいるんだって。だから大丈夫。そして、あいつは『守る物』を見失った。はっきりと言う。私はリョウを愛している。でも、だからと言って、みんなの想いを無駄にはしない。みんなの想いに応えるためにも、私は『リョウ』を討つ」


 リリスはそう言うと、キリコが差し出したままのデータを手に取る。


「アレンジは入れてもいいんでしょ?」

「もちろん構わないわよ。それは、あくまで『私』用に作ったプログラムだから、今の私には無用の長物。有効利用できる人の所に最適の物を渡すのも、私の仕事だもの」


 フェリアシルがウインクをするのと同時にシミュレータールームに艦内通信が入る。


「こちら、シミュレータールームです」


 キリコが通信に出ると、モニターにイワンの顔が映し出される。


『たった今、サテライトイレイザーの調整が完成しました。フェリアシル艦長の提案のお陰で問題だったエネルギー供給面も全てクリアです。ただし、理論上は、ですが』


 イワンの声に三人が疑問の残る顔をする。


「そう言えば、サテライトイレイザーが、どういう武器なのか、説明してくれる?」


 リリスの言葉にイワンは思案の顔をした上で、ゆっくりと説明を始める。


『そうですね。プロキニウム合金を分解する荷電粒子砲、というのが多分一番わかりやすいですね。金属は基本的に金属結合をしていますが、それはプロキニウム合金でも大きく外れないと言えます』

「あー、もしかして……。要は超高圧電流を叩き込んでプロキニウム合金の金属結合を強制的に排除する、とかいう兵器なの?」


 フェリアシルが頭痛を堪える様に指を額に当てる。


『正解です。ただし、砲身をプロキニウム合金で構成する以上は、文字通り一発勝負の『奥の手』になりますが、よろしいですか?』

「そりゃぁ、そうよね。プロキニウム合金を分解するための砲身をプロキニウム合金で造り上げるんだもの。一発で壊れて当たり前だわ」


 リリスは大きく溜息を吐くと、モニターの向こう側にいるイワンに視線を移す。


「今から言う四つの事、お願いできる?」


 イワンが頷くのを見て、リリスは言葉を続ける。


「確か、ヘルメスに使う筈だった大気圏離脱用ブースターが残っていたわよね? あれを、アルテミスに装着できるようにしてほしいの」


 リリスが指を一つ立てると、イワンは頷く。


「今からそっちに向かうけど、近接戦用のセミオートパイロット機能を追加してほしいわ。基本プログラムはこっちから持っていく」


 二つ目の指が立つと、イワンはそれにも頷く。


「それと、実弾系武器の爆破タイミングは全部手動で操作できるようにしてほしいわ」

『全て、ですか?』


 三本目の指が立つと、イワンは僅かに疑問を投げかける。


『それは、ミツル君との相談ですね。もっとも、彼は喜んで頷きそうですが……』


 難しい顔をしながら、イワンが呟くのを見て、リリスは四本目の指を立てる。


「最後に、四肢全てに炸薬を可能な限り積み込んで、いつでもパージできるようにして、それの爆破タイミングもコクピットから操作できるようにしてほしいわ」

『可能な限りの炸薬、ですか? 下手に被弾したら爆発炎上コースですよ?』


 イワンの声にリリスは小さく頷く。


「リョウとの一戦だけだから。今必要なのは、リョウを止める事だけ。射撃は全部避ける。それともイワンは、自分の創った『最高の機体』と、自分が選んだ『最高のパイロット』が信じられないの?」

『わかりました』


 リリスの挑戦状とも思える発言に、イワンはあっさりと了承する。


「これで『手札』は揃った。あとは、どこまで『リョウ』に通じるか、という事だけね」


 その言葉には、今までのリリスに無かったほどの『決心』をした感情が込められていた。


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