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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第四章 告げられた絶望
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5 明かされた真実

 ホテルの最上階に達したリリスは、すぐに状況を確認した。


――硝煙と、血!


「フェル! ラッセン! 無事!?」


 リリスはその匂いに顔をしかめながら、声をあげた。


「あ……」


 座り込むフェリアシルに覆いかぶさるような状態のラッセン。震えた両腕で銃を握りしめるフェリアシル。その銃口が向かう先に、血にまみれた男が一人。


「フェ……ル……?」


 ラッセンの背中は赤い液体で染め上げられ、床にも赤いシミが少しずつ広がっていく。


「リリス……私……ラッセンが……返事をしてくれないの……」


 混乱した表情を崩せないフェリアシルに、リリスが何か言おうとした瞬間、遅れた二人が飛び込んでくる。


「ここについて、銃声が聞こえて、気付いたらラッセンが私の前にいて、私……無我夢中で銃を撃ったの……」


 混乱しながらもリリスに自分たちに起きた事を話す。


「ねぇ、ラッセン? 目を開けなさい? 何、ふざけて……」

「フェル……ラッセンは……」


 リリスが手を伸ばしかけた瞬間。


「こっちは息があります!」


 最悪のタイミングでアルバートの声が響いた。


「バ……」


 リリスが何かを叫ぶよりも早く、フェリアシルの身体が動いていた。


「フェル!」


 フェリアシルの身体を後ろから羽交い絞めにしながら、リリスは叫んだ。


「イヤァ! 離してよ! リリス! こいつが、こいつが! 私からラッセンを! 私のラッセンを!」

「キリコ! 鎮静剤! 急ぎなさい! 私の今の体力じゃ長く持たない!」


 リリスの言葉に反応して、キリコが救急箱から無針アンプルを取り出し、フェリアシルの首筋に打ち込んだ。同時に僅かに身体を震わせて、フェリアシルの身体が床に崩れ落ちる。すかさず、リリスはフェリアシルから銃を取り上げる。


「私の……ラッセンが……」


 泣き崩れ落ちそうになったフェリアシルを支えようとして腰をかがめた瞬間、リリスの視界の端で何かが僅かに動いた。そこに注意が傾き、リリスは驚愕の表情を浮かべると、キリコに声をかける。


「キリコ、その箱に、血液凝固剤と蒸留水は入っている!?」

「あ、はい! こちらにあります!」


 キリコが返事をするのと同時に、リリスは慌ててラッセンのもとに向かう。


「急いで! まだ助かる可能性がある!」


 リリスの言葉にフェリアシルが顔をあげる。


「助……かる……?」

「血液凝固剤と蒸留水です!」


 キリコから手渡された血液凝固剤を少しずつ蒸留水に溶かし込む。


「リリス……助かるって……」

「ゴメン、少しだけ黙ってて! この作業、かなり神経集中がいるから!」


 怯えに近い声を出すフェリアシルをリリスは一喝すると、作り上げた液体を数滴ラッセンの傷口に垂らす。


「……こっちはこの程度ね」


 再び同じような作業をしながら、静かに呟く。


「……ここは少し強め、ね」


 僅かに血液凝固剤を余分に溶かし込み、同じ作業。


「ここが、一番ひどい、か……」


 リリスの額に汗が滲む。だが、的確に同じ様な作業をし、もう一度液体を垂らす。


「リリス……?」

「何をされたんですか?」


 フェリアシルとキリコの声に、汗を拭きながらリリスは振り返る。


「一時的にカサブタを作って、止血をしたのよ。血液凝固剤を直接流しこんだら、そのショックで死ぬかもしれない。だから、カサブタを作って、これ以上、体外に血が流れ出るのを阻止しただけ。HATのパイロットなら誰でも知っている事だけどね」

「知りませんでした」


 キリコがそう言うと、ラッセンの方に視線を向ける。


「宇宙空間で機体損傷とかして、下手に怪我をすると、それだけで致命傷になりかねないからね。だから、こういう現場でしか知らない技術もあるのよ」


 リリスはそこまで言うと、呆けた表情のフェリアシルの肩を叩く。


「あくまで応急処置よ。まだ、予断は許せないわ。下手に内蔵とかを傷つけていたら、感染症の可能性もあるからね。すぐに病院で適切な処置が必要。アルバートは急いで救護班を呼んでもらえる? キリコはそこに転がっている男を死なない程度に治療して、艦に運ぶようにしてちょうだい」


 リリスの指示に従い、アルバートは通信機を手にし、キリコは止血のみを行う。


「リチャードで間違いないわね?」

「はい。血液DNAが一致しています。まず間違いなく本人かと。後、懐にハーデスの設計図らしき物もありました」


 キリコはそう言うと一枚のデータディスクを取り出す。


「それはイワンたちにデータ解析をお願いしましょう。私たちの任務はとりあえず、ここで一段落ついたわよ」


 いまだに涙を流し続けるフェリアシルに向かって、リリスは優しく肩を叩いた。


「大丈夫。きっと命を落とす事は無いから、信じてあげなさい」

「信じるって、何を……?」


 怯えともとれる表情のフェリアシルに、リリスはフェリアシルの胸を指差す。


「フェルとラッセンの『絆』よ」


 静かに、しかし力強く、そう微笑んだ。



「……う……?」


 男は身体の痛みに目を覚ますと、自分が椅子に拘束されている事に気付いた。


「ようやくのお目覚め?」


 澄んだ、しかし冷たい女性の声に顔をあげる。


「リリス・ヒューマン……」

「ご明答。で、ここにあなたが拘束されていて、私があなたの目の前にいる。理由くらいは察しているのでしょう?」


 冷たい声は変わらない。


「私のハーデスの事か?」


 その言葉を吐いた瞬間、リリスはリチャードの傷口につま先を叩き込んでいた。


「ガッ!」


 くぐもった声をあげるリチャードにリリスは冷たい視線を送る。


「教えてもらいましょうか? あなたが一体何をしたのか、その全てを」

「願いを叶えてやっただけだ」


 リチャードの声に淀みはない。


「再びHATに乗りたいという願いを、な。だが、あいつは裏切った」

「裏切る? リョウが? それに等しい『何か』をしたのでしょう?」


 リリスが吐き捨てるように言うのと同時に、部屋にイワンが現れた。


「無駄ですよ、リリスさん。その男に懺悔という言葉はありません」

「誰かと思えば、理想主義者のイワン技術中尉か。貴様も知っているだろう? 戦争の中でしか我々の技術は進化しない。そして『あれ』こそが、今現在、考えうる『最強』なのだという事を!」


 その言葉にイワンの拳がリチャードの顔を捉えていた。


「イワン!」


 制止の声をあげるリリスにイワンは拳を開き、そのままリチャードの胸倉を掴む。


「あれのどこが『最強』だ! お前は我々技術将校が誰しも考える、そして決してやってはいけない事に手を出したんだぞ!?」


 イワンの声にリリスの表情がこわばる。


「あれは『最強』ではない! あの『ダイレクトリンクシステム』は! あのシステムは『最悪』なんだぞ!」


 イワンが激情に任せて声を荒げる度に、リリスの表情が凍りついていった。


「イワン……? 何を言っているのか、説明してちょうだい……」


 掠れた声を出すリリスに、ようやく我に返ったイワンが顔をあげる。


「怒りを通り越して、吐き気がしますよ、この男がやった事は」


 リリスはその時ようやく、イワンの目から涙が流れている事に気付いた。


「ダイレクトリンクシステムとは、人間が『考えた事』をそのまま機体に『反映する』システムです。しかしこのシステムには重大な欠点があります」


 リチャードは黙っている。しかし、表情は笑みさえ浮かべている。


「どういう、事……?」

「少なくとも、今の技術で、リョウ少尉を救出するのは不可能です。リョウ少尉はハーデスと身体を融合されているのです」


 イワンは小さく、しかしはっきりと言葉を口に出した。


「何? 融合って、どういう……?」


 リリスの震える声に、イワンは手にしていたディスクをモニターに映し出す。


「これがハーデスの最終設計図です」

「コクピットが無いじゃない!?」


 イワンの言葉にリリスは驚きの声をあげる。


「そこの理想主義者が言っただろう? リョウはハーデスと融合していると、な」


 リリスの叫びに答えたのはリチャードの下卑た声だった。


「この機体にコクピットは必要ありません。皮膚は外部装甲に、神経は電気系統に置き換えます。次に、骨格と内臓は外部装甲が丈夫なので排除します。そして最後に脳を百五十億個の並列伝導体を使った量子伝導脳に置き換えます。それがこの『ハーデス』の概念なのです」


 冷たい何かがリリスの胸の奥に突き刺さった。


「……助ける術は、無いの……?」


 震える声に、イワンは沈痛の面持ちで首を横に振る。


「例えるのであれば、おいしいミックスジュースを作る事は出来ても、そこからオレンジジュースを取り出す事は出来ない、という事です」


――殻の中はあんたと神経が繋がっているようね。


 そう思っていた。だが、繋がっているのではなく、神経そのものだったのだ。瞬間、キリコの言葉が思い出させる。


――なんでも、コクピット周りが非人道的だったらしいとかで……。


 非人道的などという言葉さえもが生易しく聞こえる。これではパイロットは実験動物と一緒だ。いや、実験動物の方が、まだ生物として扱われている分だけ幸せかもしれない。


「こんなの、ひど、すぎる……」


 リリスは凍りついた表情のまま、部屋を飛び出していた。


「やはり、あれはあの男にしておいて正解だったな」


 その姿を下卑た笑みを浮かべたままリチャードが呟くのを、イワンは聞き逃さなかった。


「お前の作った『最強』とやらは、私の作った『最高』と、私が選んだ『最高のパイロット』が打ち破る!」


 イワンはそう叫ぶと、もう一度リチャードの顔を殴っていた。


「お前の処遇は、奉龍教団に委ねる。先程、真龍艦隊総司令のハン提督から、その旨の了承を貰った。非人道的行為の結果を、その身で思い知るんだな」


 イワンは唾を床に吐き捨てると、それまで笑みを浮かべていた相手の顔が、恐怖で歪んでいくのを確認した。


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