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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第四章 告げられた絶望
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3 病室

 リリスが目を覚ました時、そこは見た事もない白い天井があった。


「……まぶしい」

「あ、リリス少佐、目を覚ましたんですね?」


 思わずこぼれた声に、キリコが声をかける。


「私……どれくらい、気を失って……」


 起き上がろうとするリリスの両肩を、キリコが押さえつける。


「おおよそ一週間です。この病院に入ってからだけなら、丸四日ですけど」

「……そんなに、気を失っていたの?」


 キリコの力にさえ耐えられずに、ベッドに押しつけられたリリスは、自分の最後に見た光景を思い出す。


「確か……教団艦隊と、共和国艦隊が……」

「あれから大変でしたよ? 教団の聖龍艦隊と共和国艦隊の艦隊戦が始まって、そこに乱入するような形で、ハーデスが飛び込んで行って……」


 確か、その辺りで記憶が消えていた。そして、過去の夢を見ていた。


「状況報告してもらえる? できれば、身体の状態から聞いておきたいけど……」


 胸が痛むのは、きっと心だけが原因じゃない、そう感じ、リリスはキリコに視線を送る。


「肋骨が二本、折れています。幸い、ずれていないので、コルセットか何かで固定すれば、少しは痛みが引くと思います。あとは、右肘靭帯が損傷しています。機体の損傷度から見れば奇跡に近いですけど……」

「そう……動けないほどでは無い、という事ね?」


 そう言うと、キリコに続きを言うように視線で促す。


「動かしていいとは聞いていません。それから、ヘルメスですが、破損率が高すぎ、修復不可能と結論付けられましたので、フェリアシル少佐の指示で、戦闘データの抽出を行った後、ドラグーンに破棄しました。今頃は角砂糖程の大きさに収縮されている筈です」


 呆れた顔をしながらキリコはリリスの機体状況を話す。


「で、ここはどこ?」

「今いる場所は、プロキオン恒星系第七惑星のアロマです。プロキオン恒星系で唯一どちらの陣営にも属していない惑星、という情報です」

「……と、言う事は、一番治安の悪い惑星なのね?」


 内乱が起きている恒星系で中立を黙認されていると言う事は、そういう事だと言わんばかりにリリスは呟くと、少しだけ身体を起こす。


「はい。ですが、それ以上の問題が……」


 顔を曇らせるキリコにリリスは左手を差し出す。


「何か悪い情報があるのでしょう? 見せてちょうだい」


 キリコはその動作に、躊躇いを感じながら、数枚の紙を渡した。


「……なるほど、地球連邦軍の軍事機密を盗み出した犯罪人、か……」

「リリス少佐に庇って貰ったのに、こういう結果になったと、フェリアシル少佐は憤っています。それと、目を覚ましたら、リリス少佐はどうするのかを訊くように、とも伺っています」


 暗い顔のまま、キリコはアルバートから聞いた『軍法裁判』の話をする。


「……そうね、太陽系に帰る理由はある」


 リリスは毛布を握りしめながら、呟いた。


「あいつは……リョウは、私をゼロの場所で待つ、と言い残したわ。それはつまり、太陽系に来い、という事。より正確にはフォボスに、という事だけど……」

「どういう意味ですか?」


 リリスの言葉にキリコは素直な疑問を口にした。


「ゼロとは、始まりの場所。そして私とリョウの始まりの場所は、フォボス・シティ」


 キリコの言葉にリリスは静かに言葉を紡ぐ。


「何を考えているのかはわからないけど、あいつはフォボスという場所を選んで、私をわざと生き残らせた。そして『それ』は最悪の場合、フォボスそのものを『人質』として扱う事を意味している」


――だから、私は行かなくてはいけない。


 リリスは最後の部分を呑み込むと、キリコの方に視線を戻す。


「私の着替え、ある?」

「え、あぁ、昨日、フェリアシル少佐が買って来られた服がありますけど……」


 そう言いながら、ベッド際にあった紙袋をリリスに渡す。


「フェルが? なんだかすごく嫌な予感がするんだけど?」

「え? その予感なら、絶対に外れないですよ? フェリアシル少佐の顔が、悪戯心で一杯の時の『私』そっくりでしたから」


 笑顔で答えるキリコに、リリスは恨めしそうな顔をする。


「わかっているなら、止めなさいよ……」

「うーん……。メイド服とか、猫耳カチューシャと毛皮のレオタードとかだったら、止めてもいいですけど、フェリアシル少佐の性格からして、そっちの方向は無いと思いましたので、止めませんでした」


 やはり悪戯をするような笑みをキリコは浮かべた。


「それとも、そっち系がご希望でしたか?」

「そんな物持ってきたら銃殺ものよ……」


 平然と言うキリコに、リリスはげんなりとした顔で反論する。


「そう思うのでしたら、軍服と寝巻とパイロットスーツ以外も部屋のクローゼットに用意しておいた方がいいと思います。はっきり言って、驚きを通り越して呆れましたよ。いい年頃の女性が、私服を一着も用意していないなんて。大体、フォボスに立ち寄った時のウェスタンガンマン・スタイルの服はどうしたんですか?」

「用が済んだから、捨てた」


 リリスは小さくなりながら、声を絞り出す。


「そうだと思いましたよ。ですので、フェリアシル少佐が服を買って来ました」


 あっさりと答えるキリコに、リリスは諦めた顔で紙袋から一枚の長い布を取り出した。


「で、これが何だか、わかる?」

「え? あの、確かインドの女性服ですよね?」

「サリィと言うのよ」


 リリスは自分の身体にサリィを当てると、どう、とキリコに尋ねる。


「うわぁ……。色がリリス少佐にぴったりですね!」


 薄い青を基調とし、気持ち程度の赤が入っている。


「まぁ、色はともかくとして、これを着るのは初めてね……。フォボスに生まれた以上、ある程度の衣類は試した事あるんだけど……」


 そう言いながらベッドから立ち上がると、着方を思い出すように悪戦苦闘しながら、身に着け始める。


「太陽系に帰る。けど、それ以前に一つだけやる事があるわ」

「やる事、ですか?」


 キリコの言葉にリリスは頷くと、視線を病室の入り口に向ける。


「……覗きはあんまり感心しないわよ、フェル?」

「さすがと言うべきか、呆れかえるべきなのか、わからないけど、その『やるべき事』と言うのは、リチャードを捕らえてリョウ少尉に何をしたのか、問い詰める事でしょ?」


 リリスの声に反応して姿を現したフェリアシルが、リリスの顔を見て瞬時に答える。


「面白半分で買ってきた割には似合っているじゃない。それから、リチャードに関しては情報将校たちの働きで、この星に潜伏しているまでは掴めているわ」


 フェリアシルはそう言うと、リリスの傍に歩み寄る。


「教団と共和国の両方にハーデスの話を持ちかけて、値を釣り上げていたみたい」

「よく、そんな情報を『私抜き』で仕入れられましたねぇ……」


 キリコが感心したように声を上げる。


「蛇の道は蛇、と言うらしいわ。こういう治安が悪い星だと、金額さえ払えばそれなりの情報が手に入るのよ」


 アルバート少尉の受け売りだけど、と付け加える。


「という事は、動きやすい服装がいいわね。キリコ、コルセットはある?」

「え? まさか、リリス少佐が行かれるのですか?」


 キリコの言葉にリリスは静かに頷くと、柔らかい笑みを浮かべる。


「ここから先、私たちに階級は無いと言ってもいいと思う。だから、階級を付けるのは止めてちょうだい。呼び捨てにするか、名前の後ろに何か付けたいのなら、あんたが自由に選んでいいわよ」


 リリスの言葉に同意するようにフェリアシルが頷く。


「私も似たような事を、さっき艦のクルーに言っておいたわ。まぁ、最初は戸惑うでしょうけど、多分、私は『艦長』が定冠詞になるだろうし、リリスは後ろに『さん』を付けるようになると思う」


 フェリアシルはそう笑うと、キリコに同意するように視線を流す。


「あ、はい。それでは、私は……」

「前言撤回。呼び捨てでいいわ。親友に『さん』と付けられたくない」

「同感。ついでに年上に『さん』とか言われるのは微妙に気にかかる」


 リリスと同年代のキリコは、フェリアシルの言葉に一瞬だけ困ったような顔をした後、元気良く頷いた。


「わかりました。では、さっそく私は『リリス』に似合って、且、動きやすそうな服装を選んできますね!」

「あ、ジーンズとTシャツと、それに羽織るジャケットでいいから! 余計な装飾品はいらないわよ! ただでさえ、コルセットを着けるから、動きにくくなる!」


 キリコの背中にそう声をかけると、フェリアシルの方に顔を向ける。


「階級章を叩きつける為だけに太陽系に帰ると言うのは本当?」

「まさか。それもあるけど、リリスのしてきた事に『間違いがない』と思うから、いろいろ諜報部に行った同期とかに手を回しているわよ」


 フェリアシルはあっさりとそう言うと、静かに右手を差し出す。


「行きましょう。まずはリチャードを捕まえに」


 差し出された手を握り返すと、リリスは力強く頷いた。


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