2 クリムゾン・エッジ
シリウス恒星系連合軍第三艦隊を預かる身である、ロッズウェル・ハイネケン少将は小さく唇の右端を上げると、腕を組みなおした。
「フフフ……地球の屑どもが……」
艦橋から見えるのは、遥か彼方で行われている、陽動というべき友軍による戦闘。
「同胞たちよ、待っているがいい。すぐに地球艦隊の横腹に大きな穴をあけてやる……」
そう口ずさむ度に、戦火が花火さながらの輝きで真空を彩る。
「目標宙域まで、あとどの程度だ?」
ロッズウェルは索敵手にそう尋ねる。
「は……後、十天文単位ほどです。現行の速度で約六時間後に到着予定です」
律儀に時間まで答える索敵手に、ロッズウェルは満足そうに頷く。
「よし、予定通りだな……。全艦艇に通達。第二種警戒体制のまま航行せよ。戦闘員は二時間交代で休息をとらせておけ。整備班はHATの整備を万全にしておくように。今回の作戦はHAT部隊の出来が全てを握っている事を忘れるなよ」
HAT、すなわち、ヒューマノイド・アーマード・トルーパーは宙間戦闘機に代わる新しい兵器として、開戦当初からシリウス連合軍の主力部隊として導入され、目覚ましい戦果を挙げてきた人型機動兵器の総称である。それのおかげで、国力自体が劣るシリウス連合軍が、地球連邦軍相手に互角以上の戦いを可能としていたと言っても過言ではない。しかし、地球連邦軍がHATを戦線に導入してきた事により、戦闘自体が膠着し、気付けば開戦から六年以上経ってしまっていた。
それは、互いの国力が疲弊し始めている事を意味し、それゆえにシリウス連合政府は一気に戦争を終結させるために、地球連邦が『太陽系最終防衛ライン』と称する、冥王星群沖で大規模な軍事行動に出たのであった。
ここで勝ちを収め、終戦協定を圧倒的有利で推し進めるために。
そのための重要な任務を受けたロッズウェル少将と、その旗下シリウス恒星系連合軍第三艦隊は隠密行動で、地球連邦軍の脇腹を突く筈だった。だった、というのは、その衝撃が突如として艦隊を襲ったからである。
「な、なんだ!?」
艦長席から勢いよく投げ出されたロッズウェルは、計器を支えに立ち上がりながら、大声を出した。あちこちのランプが赤い点滅をしている事から、何らかの異変が起きた事は確かなのだが、その『何か』が一体何なのか、理解できなかった。
「て、敵襲です!」
ようやくオペレーターからその言葉が出たのは、既に二度目の衝撃が艦隊を大きく揺らした後だった。
「巡洋艦レーガン及びワシントンから入電! ワレ機関部ニ重大ナ損傷。コレ以上ノ航行ハ不能ナリ!」
「バ、バカな……」
ロッズウェルは思わず呻いた。
「敵はどこにいる!? 索敵急げ!」
「だ、第三波、来ます!」
ロッズウェルの指示と索敵手の声が重なる。そして、一瞬の間を置いて三度目の衝撃が艦隊を襲う。その衝撃で再び倒されたロッズウェルが身体を起こすと同時に、艦橋の前を紅い影が走った。それを見て、ロッズウェルは戦慄を覚えた。
艦橋のすぐ外側の空間でレールガンを構えた真紅のHATが一機。
「敵機からの通信です」
「繋げ……」
オペレーターの言葉に、苦渋の面持ちのまま、ロッズウェルは指示を出した。
『降伏しろ。こちら地球連邦軍第一遊撃艦隊所属、リョウ・ミツムラ少尉だ』
有無を言わせないほどに冷徹な声が艦橋に響く。
「き、貴様……たった一機で何ができる!」
『だぁれが『たった一機』なんて、言ったかしら?』
ロッズウェルの言葉に別回線からの通信が入る。
「レ、レーダーの索敵範囲外からの通信です!」
オペレーターが信じられないという声を上げる。
『おとなしく降伏するならいいけど、しないのなら、次は巡洋空母マルコスの艦橋を撃ち抜くわよ?』
目の前のHATパイロットとは違い、美しいと感じられるほどに澄んだ声。
「フン、つまらんハッタリはよせ。そんな距離からピンポイントで……」
みなまで言い終わるよりも速く、四度目の閃光と衝撃が艦隊を揺らした。
「マ、マルコス……艦橋に被弾! ちょ、直撃です!」
オペレーターの声に、ロッズウェルは言葉を失った。
戦艦の索敵範囲外から、一隻の軍艦の艦橋をピンポイントで狙い撃つには、小数点以下数十桁以上に誤差を無く引き金を引く必要がある。そんな芸当が人間にできるとは、信じられる筈もなかった。その『信じられない芸当』を、やってのける相手がいるのだ。
『こちら地球連邦軍第一遊撃艦隊所属、クリムゾン・エッジ・ワン、リリス・ヒューマン少尉です。もう一度、降伏を勧告します。もし、受け入れなれない場合、次は貴艦の動力炉を撃ち抜きます』
先程までとは打って変わって、冷たく、厳しい声にロッズウェルは両手を上げると、通信回線を全艦に開くように指示を出す。
「わかった。降伏しよう。私はシリウス連合第三艦隊、艦隊司令のロッズウェル・ハイネケン少将だ。モスクワ戦時条約に基づいた、捕虜の待遇を頼む」
依然、索敵範囲外にいるであろう『敵機』に向けて答える。
『了解しました。それでは、これより貴艦隊の武装解除を行ってください。もし、不審な行動を起こされたら……』
「わかっている。その時は自由に撃ちたまえ、地球連邦軍、クリムゾン・エッジのお二方」
ロッズウェルはそう答えると、艦長席に深く腰をおろした。
――あれが、地球連邦軍最強と謂われる、クリムゾン・エッジか……。
ロッズウェルは自身の不運を呪うと同時に、その常軌を逸したまでの凄まじさに感服さえしていた。
地球連邦軍第一遊撃艦隊旗艦イクスプローダーの格納庫で、真紅のHAT二機が同時にハンガーにかけられる。
元にした機体はおそらく同じなのだろうが、武装コンセプトは正反対に近い。片方は明らかに推進、加速能力に突出するようにバックパックに機体の半分ほどの物が搭載され、武装自体は多数の白兵戦用兵器と、申し訳程度にレールガンが二挺つけられているだけだ。もう一機は推進、加速能力こそ、横の片割れに匹敵しそうだが、機体の倍近い銃身を持つ、超長距離狙撃用マテリアルライフル、通称スーパーロングバレルと呼ばれる超長射程武器を筆頭に長射程兵器ばかりが目立ち、白兵戦用の兵器など皆無に等しい。恐らくデフォルトで装備されている筈の白兵戦武器すら削っているに違いない。
その二機のHATの足元で一組の男女がハイタッチを交わした。
「予定通りの戦果、おめでとう、リョウ」
「予想以上の大物だったよ。それもこれも、みんな、リリスのおかげだけどな」
リリスの言葉に、リョウは親指を立てて答える。
「ま、これで、お偉いさん達も私たちHAT部隊の有用性を再認識してくれると思いたいんだけどね」
「……それは無理だろうな」
「リョウはどうしてそう思うの?」
リリスはそう言うと、頭一つ分背の高いリョウを見上げる。
「ああ……確かに、HATは局地戦やゲリラ戦にも有効だし、都市攻略から要塞攻略作戦にまで、幅広く使える高性能の兵器さ。だが、見た目はそれほど派手じゃない」
「……派手じゃない、ってどういう事よ? 今回だって……」
リリスの言いたい事は、はっきりとしている。だが、リョウはそう思っていない。
「まぁ、聞けよ。確かに高性能な兵器で、それが原因で俺たちはヴァルハラを失ったと言っても過言じゃない。だが、戦争を政治手段に考えている、大半の『お偉いさん達』にとって、より『ド派手な爆発』を起こせる、艦隊同士の正面激突の方が、視覚効果もあって良い、というわけさ」
そう言いながら、リリスの頭に軽く手を置くと、リョウは微笑む。
「ま、何はともあれ、クリムゾン・エッジは作戦終了だ」
その言葉に、リリスも頷くと満面の笑みを浮かべた。
だが、二人は気付いていなかった。この作戦が成功した事により、後に外太陽系大戦と言われる様になったこの戦争が、より激しさを増していく事に。
そして、二人の道が大きく分かれていってしまう事に。




