2 覚悟
惑星アロマに到着したユニコーンのコンピュータールームに映し出された『情報』に、その場に居合わせた面子は顔を見合わせた。
「ふぅん……」
フェリアシルが声を上げる。
「私たち、指名手配か……」
それを見ながら、ゆっくりと周りを見回す。
「どうするの? キリコは? 太陽系に帰る気はある?」
「ど、どういう意味ですか?」
話を振られたキリコは動揺したまま、上ずった声を出す。
「このまま帰っても、私たち、軍事機密を持ち出した戦時犯罪人だと言う事。多分、フォボスの時の、あのパトロール艦の艦長様が上告したからだと思うんだけど……」
フェリアシルの言葉はいたって軽い。軽く振る舞うように見せているのだ。
「結局、リリスが庇ってくれたのに、意味が無かった、という事よ」
少しだけ怒りに震えた声を出す。
「で、どうする? 正直言うと、キリコだけじゃなくて、ここにいる全員の意見を聞きたいのだけど……」
フェリアシルはそう言うと、自分が呼び寄せた全員に視線を送る。
「帰っても、良くて、禁固十年。運が悪ければ……銃殺ね」
多分、自分は悪い方、そう付け加える。
「少佐は何も悪い事をしていないじゃないですか!」
キリコが声を張り上げる。
「……自分は悪い事をしたわけじゃない。そういう言い訳が通じると思うの? あの軍事裁判局の連中に?」
地球連邦軍軍事裁判局の悪評は銀河系の中でも上位三位に入る。
「詳しくは知らないけど、確実に検事側の言い分しか通らない。弁護側が何を言おうとお構いなしに、どれだけ情状酌量の余地があるように見えても、検事側の要求した刑が確定する。弁護人になる事を拒否する人間もいるらしいわよ?」
「正確には、軍事裁判局の人間で弁護人はいません」
その言葉にアルバートが口をはさむ。
「……はぁ?」
間抜けた声だ。自分でもそう思いながら、フェリアシルは声を上げた。
「私は一応、ファウスト参謀少将の秘書官でしたので、その辺の事情はフェリアシル少佐よりも詳しい自信があります。軍法裁判ははっきり言って『魔女裁判』です」
「どう言う事?」
キリコの言葉にアルバートは僅かに頷くと説明を始める。
「まず、被告人に対して罪状が述べられます。それに対しての確認を行いますが……」
「普通の裁判と同じじゃない」
フェリアシルは思わず口をはさむ。
「ここからが重要です。被告人は『スモッグのかかった防音ガラス』で囲まれた被告人席に座らされ、目の前には『スピーカーのみ』が置かれています」
「はい……?」
居合わせた全員、言っている意味がわからなかった。情景すら浮かばない。
「続いて裁判官の『被告人、黙っていてはわかりません。次から黙秘は肯定ととりますがよろしいですね?』という宣言が出されます」
そこまで言われて、初めて全員が情景を浮かべる事が出来た。
「わかりますか? 被告人が何を言おうと、何をジェスチャーしようと、裁判官には届かないので関係ありません。あるのは、検事側から出された求刑と、それを判決として述べる裁判官のみです」
だから『魔女裁判』と言う訳です、最後にもう一度そう付け加える。
「いい打開策、あるの?」
フェリアシルの言葉にアルバートは首を横に振る。
「ファウスト少将は、自分の部下が軍法裁判に引き出されないように、後付けで作戦司令書を作るなどの方法で対処していました。逆を言えば、少将という階級ですら、それが限界です」
アルバートがそう言うと、空気が一気に重くなる。
「……わかった。軍法裁判に関しては、私が何か策を考えるわ。で、策ができたとして、地球に帰る気があるのかを確認したいわ」
「私は自分の命が最優先ですね」
最初に口を開いたのはイワンだった。
「まぁ、私は『死んでしまえば、そこで全てが終わり』というものがポリシーですので、気を悪くした方がおられたら悪しからず」
そう言いながらも僅かに視線を宙に泳がす。
「とは言え、負けて逃げるのもポリシーに反しますね。少なくとも私の開発したヘルメスではハーデスに届かなかった。ではアルテミスならばどうか、という気持ちもあります」
「つまり、リリスの状態次第、ということでしょう?」
フェリアシルの声にイワンは小さく、だが、しっかりと頷く。
「僕も同じです。少なくとも、中尉ほどのポリシーがあるかと言われれば、無いですが、それでも自分が目指している技術士官としては、自分の考えた武器を、一番有効利用してくれるパイロットに託したいです」
次に声を上げたのはミツルだった。
「私はリリス少佐の補佐官です。少佐の行く道を進むしかないでしょうね」
アルバートがそう宣言し、視線をキリコに向ける。
「え? わ、私ですか? 私は帰るなり、いきなり『銃殺』とか言われるのは嫌ですけど、それでも、帰る事が可能であるならば、帰りたいです」
キリコの答えにフェリアシルは微笑む。
「無理に、とは言わないわよ。多分、リリスもそう言うと思う」
フェリアシルはそう言うと、キリコの顔を覗き込む。
「……ん? やっぱり、家族とかが心配?」
「え? そうですけど……」
キリコが目を伏せるのを片目に、もう片方をラッセンに向ける。
「で、私は、なんだけど……」
一旦口を閉ざし、深呼吸を入れる。
「私は帰るわ。少なくとも、あの頭の腐った連中に、思いっきり階級章を叩きつけてやりたいからね」
「ならば、私の道も同じですね。フェリアシル少佐が帰る、というのであれば、私もまた帰る道を選びます」
フェリアシルの言葉に続いて、ラッセンが意見を述べる。
「まぁ、一応、私の家名を使えば、ひっくり返せない訳でもない、とは思うけど……」
フェリアシルは一瞬だけ考え込むように首を傾げると、苦虫を噛み潰したように呟く。
「え……?」
キリコの上げた声にフェリアシルは小さく苦笑する。
「あれ? キリコほどの人間が、私の『名前』を見て、何も気付けなかったの?」
「……フェリアシル・メルブラット・フィンクス……少佐……? あぁ!?」
驚きの声を上げたキリコにフェリアシルは頷く。
「地球連邦軍きっての軍閥、フィンクス家……」
「まぁ、もう一つの家名もあるけど……」
フェリアシルが悪戯をするように笑みを浮かべると、キリコは考え込む。
「もう一つ……?」
キリコは何度かフェリアシルのフルネームを口の中で反芻すると、顔を上げる。
「あの、もしかして、フェリアシル少佐のお母さまって、セルシア・メルブラット・ミョウジン、ですか……?」
「そうよ。一応、太陽系随一の財閥『ミョウジン財団』の前総帥の末娘で、現総帥の妹。もちろんだけど、母はミョウジン財団の株と実権も、僅かながら持っているわ」
僅かに笑みを浮かべると、フェリアシルの表情が暗くなる。
「その二つを使えば、多分、ひっくり返す事が可能。でも、それをしたら、私は当然の事ながら、政略結婚の道具に成り下がる。それはクルー全員に無駄な『十字架』を押しつける事になるわね」
「では、絶対に使わない方向ですね。フェリアシル少佐」
あっさりと言い放つキリコに、フェリアシルは呆気にとられた顔を浮かべる。
「誰かを犠牲にして、自分が助かる。リリス少佐が嫌う行為の一つです。自分を犠牲にする事は構わないくせに、誰かの犠牲の上には立ちたくないんですよ、リリス少佐は」
キリコの答えにフェリアシルは、そうね、と静かに笑みを浮かべた。
「……手配書に乗っている人間で、答えを出していないのは眠り姫だけね」
フェリアシルは集まった人間全員を見回してから、艦内回線を全て開ける。
「本艦は速やかに惑星アロマに向かいます。後は、リリス少佐の回復と、リチャード大尉の捜索に人員を割きます。キリコ中尉以外の情報将校は、速やかに探索を開始しなさい」
「え……? 私は外されるんですか?」
キリコは意外そうな顔を浮かべると、フェリアシルの方に視線を送る。
「あなたと私はリリスの看病よ。まずは惑星アロマで病院の手配。そこから先、私は指揮官として、この艦と病院の往復になると思うから、あなたが必要なの」
フェリアシルは微笑みながらそう言うと、親友なんでしょ、と付け加える。
「あ、はい! ありがとうございます!」
キリコは嬉しそうに頭を下げる。
「別に、お礼を言われる筋合いはないわ。私にとっても、リリスは大事な親友なんだから」
フェリアシルはもう一度微笑んだ。