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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第三章 『伝令神』対『冥王』
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6 敗北

 駆逐艦ユニコーンの艦内は警報が鳴り響いていた。艦橋では慌ただしく、フェリアシルの指示が飛ぶ。


「サイクロトロンシステム起動!」


 その声にさすがにキリコは呆けた表情を浮かべた。戦艦にすら積まれていない、サイクロトロンがこのユニコーンに積まれている、という事実は驚愕を通り過ぎている。


「そんな物が積まれていたんですか?」

「だから言ったでしょう。この艦は軍の『最新鋭』だって」


 フェリアシルの声はいたって軽い。軽いが、緊張自体はかなりのレベルで高い。


「サイクロトロンシステム起動! ユニコーン・ヘッド、モードアクティブ! カタパルトデッキのスーパーロングバレルに接続完了!」


 ラッセンが声を上げる。


「艦長! あとは最終安全装置のみです!」

「わかった! 最終安全装置解除! サイクロトロンに通常弾及びアーム・レールキャノンの予備弾挿入! スーパーロングバレルに順次装填! 射撃タイミングはラッセン、あなたに任せたわよ!」


 フェリアシルの声にラッセンは答えない。すでに神経を集中し、次の指令を待っている。


「当てる必要はない! こちらに注意を惹きつけて『窓』をこじ開けなさい!」


 瞬間、緊張感と共に艦橋の空気が凍る。


「ってぇ!」


 フェリアシルの声と共にユニコーン・ヘッドが火を吹いた。



『……な、に!?』


 全く予想してもいなかった、背面方向からの打撃にハーデスは驚愕した。ダメージ自体は無いに等しい。だが、全く予想していなかったのだ。


『バカな……』


 打撃を受けた方向に注意を向けると、そこには一隻の大型駆逐艦。だが、距離はありすぎると言っても過言ではない。


「あれがフェルの『切り札』か」


 リリスとて同じ気持ちだ。自分に匹敵するとまでは言わないが、軍艦の艦砲射撃でここまでの『精密射撃』を見たのは初めてだった。続いて、第二射。さすがにこれは外れるが、これでリリスが格段に動きやすくなったのは事実だ。


「後でフェルにお礼を言うべきね!」


 そう吠えると、もう一度、目の前の敵に対峙する。


「行くわよ、リョウ!」

『小賢しい! あの駆逐艦から先に沈めてやる!』


 何度か機体を掠める射撃に、反転しようとするハーデスの鼻先を、今度はヘルメスからの射撃が入る。


「行かせるものか! あんたの相手は他の誰でもない、この『リリス・ヒューマン』よ!」

『リリス!』


 怒りに吼えるリョウに、リリスは一瞬だけ目を閉じると、鋭い瞳をモニターに向けた。


――相手のタイミングを見計らうんだ。


 心の中でそう呟く。


――何度も、何度も見てきた相手だ。


 深呼吸を何度もする。


――後ろから、ずっと援護してきた。


 息を吐き出す度に視界がはっきりとしていく。


――ずっと守ってくれていた。


 呼吸と心拍音だけが、やけに大きくリリスの耳に届く。


――その相手の呼吸に、自分が合わない訳が無い。


 ハーデスの胸甲が開いていく姿が、ひどくスローモーションに見えていた。


『ならば貴様からだ! 受けるがいい!』


――今だ!


 胸甲が開ききった瞬間をリリスは見逃さなかった。


『消え失せろ! ケルベロスキャノン、照……』

「いっけぇ!」


 自然とリリスの口から大声が出ていた。同時にスーパーロングバレルから延びた光が、ハーデスの胸を叩いていた。


『グ……オォォォ!』


 絶叫のような声が響き、相手の動きが一瞬、止まる。


「喰らえぇぇ!」


 その隙を逃さず、ヘルメスに残った全ての武装から、幾つもの光がハーデスの身体中に雨の如く降り注ぐ。


「……これで、打ち止め、よ」


――もし、倒せなかったら……。


 最悪のケースを頭の中で想定する。


――打つ手が無い。少なくとも、このヘルメスでは。


 荒く、激しい呼吸を繰り返しながら、爆炎の中を見守る。


――リョウがアルテミスに乗り換えるだけの時間をくれるとは思えない。


 僅かに首を横に振ると、計器に視線を移す。


――第一、艦に帰るだけのエネルギーすら残っていない。


『ククク……ハァッハッハッハ!』


 そんなリリスの想いを嘲笑うかのような哄笑が、爆発の中から響いてきた。


『なかなか、痛かったぞ! 今のはなぁ!』


 爆炎が薄れ、その中から、右腕と左足が破壊されたハーデスの姿が現れた。そして、その胸甲は開いたままだった。


「し、しまっ……」

『遅い!』


 瞬間の油断。だが、致命的な油断だった。


『ケルベロスキャノン、照射!』


 急速離脱をかけるヘルメスを、嘲笑うかのような黒い『闇』の奔流が包み込んだ。



 爆発すらしないヘルメスの中で、リリスは目を開いた。


「う……」


 全ての計器が警告音を鳴らしている。


「殺しなさい、リョウ……」


 ゆっくりとモニター越しに相手を見る。


「殺さないと、きっとあんたは後悔をする」


 リリスは静かに呟いた。ヘルメスのコクピットブロックは、すでにハーデスの左腕にしっかりと掴まれている。リョウがやろうと思えば、ハーデスの左腕に力が入り、コクピットは握り潰される。そうなれば、リリスは運がよくても、宇宙空間に投げ出され、死ぬ。


『後悔するだと? この俺が、か?』

「……ええ。次に会った時は、私が勝つもの」

『面白い事をほざくな。次はお前が勝つ? どうやってだ?』


 リョウの言葉にリリスは笑みを浮かべる。


「その機体の弱点がわかった。だから……」


――次に会った時は、絶対に勝つ。


 リリスはそう告げる。


『言ってみるがいい……』


 やけに静かな声がリリスの耳に届く。


――知っている。リョウはハーデスの弱点を、知っている。


 その言葉を呑み込むと、リリスは静かに目を閉じた。


「外装部分は違うようだけど、殻の中はあんたと神経が繋がっている。だからこそ、何のタイムラグも無く、回避行動を取れる。だからこそ、私の『ピンポイント』にあれだけの歪曲空間を展開できた」


――次の瞬間には握り潰すに違いない。


 そうリリスは思いながら、更に声を紡ぎ出す。


「見てから、操作しているようじゃ、あんなにも瞬間的なバリアを張れるわけが無い。かといって、常時展開しているのだったら、ユニコーンからの『援護射撃』が、あんたに当たるわけが無いし、あんた自身も耐えられるわけが無い」

『さすが、と言いたいが僅かに不正解だ……』


 ギシリ、とコクピットブロックの歪む音が響いた。


――さよなら、リョウ。


 リリスはシートに身を預けると、覚悟を決める。


――誰よりも、何よりも……。


 瞬間、コクピットブロックの軋む音が止まる。


「……?」


 ゆっくりと目を開けたリリスの瞳に映ったのは、自分とは全く違う方向を見ているハーデスの姿だった。


『僥倖だな、リリス。教団艦隊に共和国艦隊か』


 バーニアを吹かしながら、ハーデスは遠くに離れていった。


『後悔とやらをしてみよう。リリス。ゼロの場所で会おう。そこが俺とお前の……』


 通信が途絶えた。


「リョウ……」


 名前を呼ぶリリスの目には、遠くの戦火が映っていた。


「ここで死んでいれば、きっと、こんなにも苦しむ事はなかった……」


 疼く『心』と『意識』が遠ざかる中、リリスは一筋の涙を流していた。



「リリス少佐の救助、完了しました」


 ラッセンの言葉に、フェリアシルは艦長室で、そう、とだけ答えた。


「……ねぇ、ラッセン?」


 いつまでも部屋を出て行こうとしない自分の副官に、十分以上時間が経ってから、フェリアシルはようやく口を開く。


「初めての、敗戦ですね」


 何が言いたいのか理解していたラッセンは静かに答える。


「私は……!」

「負けです、艦長。少なくとも、今回は」


 抗議の声を、事実を述べる事でふさぐ。


「しかも『切り札』まで切った上での敗戦です」


 ラッセンの言葉は容赦が無い。


「次の指示を下さい、艦長。リリス少佐が昏睡状態から目を覚まさない以上、この作戦は艦長に指揮権が存在します」


 もう一度、指示を下さい、と言う。


「……ヘルメスはどう?」


「損傷率九割以上と聞いています」


 フェリアシルは静かに、そう、と呟く。


「リリスは?」


 先程、昏睡状態と聞いたばかりだった。だが、親友として、聞いておかなくてはならない気がした。


「先ほども申し上げた通り、昏睡状態です。できれば軍艦では無く、ちゃんとした病院で検査をするべきかと思います」


 そこまで言うと、ゆっくりとした動作でフェリアシルの顔の高さまで自分の頭を運ぶ。


「コクピットブロックの周りをプロキニウム合金で造り上げていたイワン中尉のおかげですね。少なくとも、フェルの大事な友人が一人、死なずに済みました」


 普段使わない、愛称まで使ってくる。


「ラッセン……優しいわね、あなた」

「私は、フェルの副官です。少なくとも同期の中では一番、フェルの事を理解していると自負しています。そして、フェルの恋人としても、常に支えているつもりです」


 そう言うと、フェリアシルが何か言う前に、その唇をふさぐ。


「……ん」


 唇が離れると、次は自分の胸の中に優しく包み込む。


「泣いてもいいのです。いえ、今の内に泣いてください。これから先、フェルは決して泣く事の許されない場面に立ち会う事が多い筈です。今の私にはフェルが泣きたい時に、自分の胸を貸し、その泣き顔を隠す事くらいしかできません」


 ラッセンの言葉にようやく、フェリアシルは堰を切ったように大声で泣き出した。


「フェルは常に勝ってきました。士官学校時代も、実戦に立ってからも。確かに勝ちは重要です。ですが、負けから『学ぶ事』も多い筈です。そして敗戦から学んだ『それ』は、生きている限り、必ず『次』への糧となるでしょう」


 ただ、泣きやむまで優しく頭をなでる。


「……ですから、次の指示を出してください、フェリアシル艦長」


 泣きやむのを確認して、ラッセンは諭すように言う。


「……現状を報告してちょうだい。今、この艦の状態。それからヘルメス及びアルテミスの状態。あとは、一番近くて、教団、共和国共に勢力圏に属していない星の情報も欲しいわ」


 涙を拭くと、フェリアシルは順を追うように指示を出し始める。


「艦の状態は極めて厳しいですね。通常航行に支障はありませんが、戦闘は不可能です。サイクロトロンはオーバーホールが必要となります。それとヘルメスですが、先ほど申し上げた通り、損傷率九割以上です。イワン中尉の言葉を借りるのであれば、戦闘データのみ抽出してドラグーンへ破棄する事が一番いい手段だと思います」


 一瞬だけ、フェリアシルの方を見ると、その表情に頷く。


「それから、アルテミスの組み立て自体は完成しています。ですがサテライトイレイザーのエネルギー供給面の問題で、技術士官が頭を悩ませているのが現状です」

「……そのサテライトイレイザーに必要なエネルギー量はどの程度なの?」


 フェリアシルの顔は、すでにユニコーンの艦長に戻っている。


「駆逐艦二隻分はゆうに超えると聞いています」

「……それ、宙間ヨットのエネルギーシステムを応用できない?」


 フェリアシルの言葉にラッセンは唖然とする。


「おかしなこと言った? ほら、宙間ヨットって、確か、太陽風を使ってタービンを回してエネルギーにしていたでしょう? あれって、うまい具合に使えば、多分、そのくらいのエネルギーを叩き出せると思うんだけど……」


 宙間ヨットにエネルギーユニットを積むスペースなどは殆どない。だから、恒星から吐き出される太陽風を帆に受けてタービンを回す事で動力を得ている。


「早速、技術士官に伝えておきます。それと、最後に言われた件ですが、惑星アロマが唯一中立を保っています。まぁ、治安の保証はできかねませんが……」


 そこまで聞くとフェリアシルは小さく頷く。


「では、ユニコーンは惑星アロマに向かう。そこでリリスの精密検査、及び、資材の確保をする。そこから後は、リリスが目を覚ます事を祈るしかないわね」


 それがフェリアシルにとって、恐らく最適な策だった。


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― 新着の感想 ―
Xの企画から参りました。 第三章、ハーデスとヘルメスの対決シーンまで拝読しました。 読んでみて感服しました。とても素晴らしい作品ですね! 読みやすさ、質、ストーリーどれも商業化レベルと思います。 …
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