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真紅の女神  作者: 彷徨いポエット
第三章 『伝令神』対『冥王』
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1 フォボスの答え

 火星の衛星、フォボス。そこにある唯一の都市、フォボス・シティは人口三十万人強の小さな都市だ。とはいえ、火星圏全体から見れば、全人口の二十分の一近くが住む、火星圏の中では大きな都市の部類に入る。そして、この街に入る為には、ある『特殊な』手順を踏まなくてはならないのは、意外と知られていない。


「なんでこんな恰好をしなくちゃならないの!?」

「あら、意外と似合っているじゃない、フェル」


 悲鳴に近い声を上げるフェリアシルに、リリスは笑う。キリコの方は、と言うと、何をどう言えば良いのか困った様子で自分の姿を鏡に映している。


 火星に着くまでの間にリリスがしたのは二つだけだった。一つは自分の機体の調整。もう一つはフェリアシルとの距離を縮める事。その第一歩として、フェリアシルを愛称で呼ぶようにした。最初こそ嫌な顔をしていたが、それは僅かな期間で解消された。


 そして、たった今、三人が着ているのは、ウェスタンガンマン・スタイルの服に、テンガロンハットという、まさに『西部劇』さながらの服装だ。


「リリスは知っていたの? ハンドガンは取り上げられるし、こんな服装に着替えさせられるし、こんな『重たい』だけの旧式リボルバー銃を渡される事」


 そう言って、ガンベルトから覗く銃を見て大きく溜息を吐く。


「文句は、三十五年前の市長に言ってもらえる? もっとも、もう墓の中だけど」


 くだけた口調に嫌みは全く無い。全く無いから、フェリアシルはいつの間にか、リリスに対して、敬語を使う事を無くし、気付けば呼び捨てにしていた。


「これなら軍服の方が……」

「そんな事をしたら、フォボスでは目立ちまくるわよ?」


 キリコから漏れた声をリリスは素早く制した。言葉に詰まるキリコを尻目に、リリスは銃が置いてあるコーナーの一角で視線を止める。


「……何、しているの?」

「銃、選んでる」


 問うフェリアシルに、リリスは鼻歌交じりに答えると、やけに銃身が長いリボルバーを手にする。

「ふぅん……。バントライン・スペシャル。こんなのまで扱うようになったんだ。ますます磨きがかかってきたわねぇ……」


 そう言うと、リリスは満足そうにそれをガンベルトに収める。


「それにしても、少佐、着なれていますねぇ……」

「誰が着なれてなど……」

「そりゃ、この街の生まれなら……」


 キリコの言葉に、フェリアシルとリリスは同時に声を出し、互いに顔を見合わせ、吹き出すように笑い始める。


「キリコ? 街の中に入ったら、階級で呼ぶのは厳禁。もし破ったら、一回につき減給五パーセント」

「は、はい……」


 キリコの声に頷くと、リリスは宇宙港を出るように指示を出し、歩き始めた。



 宇宙港を出た三人の目の前には、まさしく『西部劇』の光景が広がっていた。


「うわぁ……すごい光景ですねぇ」

「まさに、西部劇……」


 率直な感想を漏らす二人にリリスは楽しそうに笑う。


「まぁ、西地区は『西部劇』をモチーフにした観光客用の地区だからね。郊外はもう少し近代風にできているわよ」


 ついでに、東地区は『純和風』と、いらない知識まで声に出す。


「そういえば、さっき、リリスはこの街の出身とか言っていたけど、ご両親は?」


 フェリアシルの言葉にキリコが慌てて袖をひっぱる。


「な、何よ?」

「まずいですよ。リリス……さんは、お父様を例の事件で亡くしているんですから!」


 小声で話す二人に、リリスは不思議そうに近付く。


「何、コソコソと話をしているの? さっさと歩く」


 リリスの声に二人は、一瞬直立不動の姿勢をとり、リリスを追いかけるように歩きだした。


「え、と……」


 声をかけにくそうにするフェリアシルに、リリスは赤い空を見上げる。


「母は郊外の酒場の店主。父は……ファウスト参謀少将らしいわ」


 天空にある赤い惑星に軽く手をかざすと、僅かに目を細める。


「それが聞きたかった事じゃないの?」


 その言葉に、フェリアシルは頭を下げる。


「ごめんなさい……余計な事を聞いたみたいで……」


 謝るフェリアシルに、リリスは、気にしていない、と答えた。


「私だって、ついこの間、知った事だし」


 そう言うと、一瞬だけ悲しそうに笑い、次の瞬間には普段のリリスの顔に戻る。


「行くわよ。ここからだと、二キロくらいなんだけど、どうする? 歩いてもいいし、バスもあった筈だし、確か……電車も通っているわ」


 最後に、車を借りるのも手段ね、と付け加える。


「私、デスクワーク派なので、歩くのはヤです」


 即答するキリコに、リリスはフェリアシルの方を見る。


「私は別に構わないわ。ただ、どうせなら、歩いた方が楽しそうではあるけど……」


 その言葉に、リリスは頷く。


「キリコも士官学校は出ているんだから、二キロくらいは徒歩でも構わないわよね? そういう訳で歩きに決定。文句ある?」


 キリコは、有無を言わせぬ言葉に不承不承頷くしかなかった。



「ここが、リョウ少尉の実家、ですか?」


 キリコは呆けたように『それ』を見上げる。


「ミツムラ武術アカデミー……?」


 フェリアシルも『それ』を読み上げると、微妙な顔つきになる。


「しばらく見ない内に、ずいぶんと落ちぶれたものねぇ、ここも」


 半分呆れた様な口調でリリスは入り口まで歩を進めると、そこで足を止め、銃を抜く。


「どうしたの?」

「……何か、いる」


 緊張した顔つきに変え、ゆっくりと入り口にさしかかると、一気に飛び込む。


――正面!


 暗闇に銃口を向け、そのまま横に移動する。


――右、か!


 瞬間、引き金を引きかけ、そこで硬直する。咽元に、冷たい感触が触れたのだ。


「まだまだじゃの、嬢ちゃん」

「ずいぶんと物騒な挨拶じゃない、クソジジイ」


 吐き捨てるようにリリスが呟くのと同時に、道場に明かりが灯る。


「少佐!」


 キリコの声に、リリスはゆっくりと老人の額に突き付けた銃を下ろし、咽元に触れていた日本刀を左手で下げさせる。


「キリコ、減給五パーセント」

「あう……」


 悲しそうに息を吐くキリコに、冗談よ、と笑いかける。


「リリス、そのご老人は?」

「そうですよ! いきなり日本刀で斬りかかるなんて、非常識ですよ!」


 二人の声に老人は喉の奥で笑う。


「では問うが、いきなり、人の家に銃を抜いて入り込むのは『非常識』では無いのかの?」


 フェリアシルとキリコの言葉に動じた風もなく、老人は口を開く。


「無駄よ、二人とも。このクソジジイに、んな人道的な事、言っても。大体、そんなに殺気を剥き出しにしておいて、無警戒で入れという方が無理な話じゃない?」


 リリスはそう言うと、床に腰を下ろし、老人を睨みつける。


「その様子じゃ、リョウは今どこにいるのか、なんて聞いても無駄ね?」

「家を勝手に出て、勝手に軍人になったクソガキの事など、わしは知らん」


 リリスに同意するように、老人は笑う。


「まぁ、連邦軍の軍警察とやらも来おったが、丁重にお帰り願った」

「……丁重? また、腕折ったり、銃を切ったりしたんでしょうが」


 呆れたように腰に手を当て、リリスが文句を言う。


「人の家に銃を抜いて押し込んで来て、殺されないだけでも丁重じゃ」


 老人はその質問にカラカラと笑いながら答えた。


「で? 本当にリョウの居場所は知らないの?」

「わしがリョウの声を最後に聞いたのは、四年と少し前じゃ。士官学校を卒業したという報告の時じゃったかの。ずいぶんと喜んでいたが」


 その言葉に、リリスは大きく溜息を吐くと、立ち上がる。


「そう、邪魔したわね」

「ときに嬢ちゃん……」


 立ち去ろうとするリリスの背中に、優しい声がかけられる。


「何? 七年前に比べて色っぽくなったとか、そういう下らない言葉を言ったら、老い先短い人生、今すぐに終わらせてあげるけど?」

「いや、ずいぶんと哀しい瞳をするようになったの」


 心の奥に突き刺さるその言葉に、気のせいよ、と答えるとリリスは道場を後にする。その後を慌ててフェリアシルとキリコが追いかける。


「ちょ、リリス、いいの? あんな簡単な問答で?」


 フェリアシルの声に、リリスは頷く。


「いいのよ、フェル、キリコ」


 突き刺さった言葉を振り払うかのように、無理に作った笑顔を二人に向ける。


「あのジジイ、こういう事に関しては絶対に嘘を言わないのよ。どれだけ人間的に壊れていても、ね。それから、強引に聞き出そうとしても、すぐに追い返されるだけよ。それに、見たでしょう? あのジジイの実力。あれで五割程度よ」

「ご……」


 絶句する二人に、リリスは息を吐く。


「……それから、尾行している人間が四人」


 リリスは小声で二人に話しかける。


「え……?」

「撒く、か……。タクシー!」


 手を上げ、タクシーを止めるとリリスは二人を車に押し込む。


「ロックアイスまで」


 扉が閉じるのと同時にリリスは行き先を告げる。


「ロックアイス、てどこですか?」


 キリコの言葉に、私の実家、とだけ答えると、リリスは黙り込んだ。



 カラン、という音がドアにつけられたベルから乾いた響きを出した。


「まだ、開店前だよ」


 扉を開くのと同時にかけられた声に、リリスは一言、ただいま、と言うと急いでカウンターの中に潜り込んだ。フェリアシルとキリコが同様に潜り込むのを確認すると、自分の母に視線を送る。


「追われている。匿って」


 端的にそれだけ言われると、リリスの母は急いで勝手口を開き、わざと大きな音がたつように閉め、カウンターに戻ると同時に入ってきた四人の男に向かって同じセリフを吐く。


「女が三人、来なかったか?」


 やや威圧的とも取れる態度に、臆する事も無く、勝手口の方を指差す。


「たった今、駆け込んできたと思ったら、そこから出て行ったよ」


 何食わぬ顔でそう言う。


「そうか、邪魔したな」


 男たちは言葉の真偽を確かめる事もなく、勝手口から外に出ていく。


 それからたっぷり五分が過ぎてから、カウンターの中に向かって声をかける。


「もう、行ったよ。まったく、帰ってくる度に面倒を持ち込む娘だね」

「……ごめんなさい」


 頭を下げるリリスに、フェリアシルとキリコが顔を見合わせる。


「今日は何の用だい? 里帰りと言うには、知らない顔が二人もいる」

「一応、軍務よ。詳しい事は言えないけど。それから……父さんが死んだわ」


 リリスがそう言うと、母親は静かに頷く。


「そういう人だからね。結局、最後まで名乗ってはくれなかったんだろう?」

「どうして、わかるの?」


 リリスは驚いた風に自分の母親を見上げる。そんなリリスの頭を優しく抱くと、笑みを浮かべる。


「そりゃ、籍を入れなくとも、あの人を旦那にしたのは私だからね」


 その言葉に、リリスは辛そうな表情を浮かべ、母親から離れる。


「じゃ、母さん、私、もう行くね……。次の休暇に、店の手伝いに帰ってくるから……」


 そう言うと、入ってきたドアに手をかける。


「お待ち。そういえば、リョウの坊やから小包が届いているよ」


 母の放った言葉に三人は顔を見合わせる。


「確か……あった。お前宛てで、消印は二ヶ月前のニューヨーク」


 母親からそれを受け取ると、リリスは急いで小包を広げる。


「ビデオチップ?」

「しかも、軍の特殊タイプですよ?」

「艦で再生できるかしら? かなり特殊な構造みたいだし……」


 フェリアシルの疑問にキリコが笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。こういうのは、私の『超得意分野』ですから」


 その言葉に三人は頷くと、リリスの母親に軽く会釈をし、表に出た。


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