転移
「何か、魔法を見せてくださるかしら?」
ま、魔法?
この世界に来て、使った魔法とは『浄化』くらいしかないけど!?
「フィ、フィスロ~」
情けないけど、仕方ない。
だって、私はどんな魔法が使えるのかすら分からないんだから。
適当にバーンとやって、何か起きちゃったら困るし。
「そうですねぇ。この前やった『浄化』をもう一度やるのはつまらないですし」
つまらないとか関係ないよ!
「さすがだ、『浄化』を使われたなんて」
「我が国のために貢献してくださっているのね」
あぁ、なんか誤解が生まれてる……。
私は国のために『浄化』を使ったんじゃなくて、図書室という私利私欲のために使ったんです……!
と、そんなことは言える訳もなく。
「でしたら、『転移』はいかがでしょう」
「て、転移!?」
転移って、言わばテレポートのようなものだよね?
色々な物語だと、転位は最高難度で高等魔法だって設定になってるやつ。
人が空間を行き来するわけだから、そりゃ難易度高いよね。
それを、私にやれと言うの?
「まぁ、素敵! 聖女様の魔力でしたら、このクラス全員を移動するだけの力がありますわ。ぜひ、お願いします!」
ミール先生が、ぱあっと顔を輝かせた。
他の学生たちも、キラキラと私を見つめてくる。
……フィスロ~!
私、許さないからね!
「このくらい高度なものをやっておいた方が良いかと」
フィスロを憎しみ込めて見上げると、そっと耳打ちされた。
意外にも真剣な声色で、思わず背筋が伸びる。
「このクラスは聖女様に好意的ですが、他学年や他クラスは分かりません。侮られる前に、思いっきり力を見せておいた方が良いと思われます」
なるほど。
それを含めて出した案が『転移』ってわけね。
そうなると、フィスロはきちんと考えてくれたのかも。
「じゃあ、『転移』をやってみますね」
「よろしくお願いいたしますわ」
ミール先生はにっこにこだ。
学生たちも、王子会長も、聖女補佐官も。
……ん? 聖女補佐官も?
「ちょっと、フィスロ。あなた、もしかして……」
「ほらほら聖女様。早くお見せくださいな」
フィスロは輝かんばかりの笑顔で、胸の前で手を合わせた。
整った口角は上がり切り、エメラルドグリーンの瞳は煌めいている。
フィスロのやつ!
自分が『転移』を見たかっただけじゃん!
*
ということで、『転移』をすることになった。
でも、具体的にどうしたらいいのか分からない。
どこに移動するのか、どのように発動すればいいのか。
「好きなところを思い浮かべたら、行けるんじゃないですか?」
フィスロがさらっと言ってくる。
いやいや、そんな簡単に言われてもねぇ。
「ほら、この前の『浄化』だって簡単にやっていたではないですか。ヲタクがどうのこうの言ってたやつです」
なるほど。
つまりは想像が大事ってわけね。
なんか本当にチートな力だ。
ってか、「ヲタクがどうのこうの」って酷いね。ヲタクは、最高の趣味なんだから!
「じゃあ、やってみます」
フィスロは後で縛り上げよう。
今は、ミール先生の要望に応えるのが一番だ。
クラスの学生たちに向けて、両手をかざす。
魔法を使うと決めれば、体の中がまたぽかぽかとしてくる。
この波動をコントロールすることで、魔法を自由に使うことができるんじゃないかな。
さて、『転移』だ。
どこに移動しようかな。
この国に来てから数日経つけど、行ったことがあるのは王宮と学園だけ。
その中で、特に行きたい場所と言えば。
「……行きます。『転移』!」
行きたい場所を思い浮かべてから、魔法を発動させる。
この前みたいに、私の手からぱぁっと空色の光が溢れてきた。
大きな力が、私の中にいるのが分かる。
さぁ。成功しますように。
ふわり、と体が持ち上がったような気がした。
少し時間が空いた後、とんっと足が地を捉える。
きっと着地したんだ。
おそるおそる目を開けてみる。
そこは……。
「ここって、まさか」
「図書室?」
整備途中の図書室。
その真ん中に、私とミール先生、フィスロ、学生全員が突っ立っていた。
さっきの教室ではなく、この図書室にいるということは。
「せ、成功?」
「さすが、スイ様。お見事でした」
フィスロがパチパチと拍手してくれる。
つられて、ミール先生と学生も拍手をしてくれた。
「すごいですね!」
「これが『転移』かぁ!」
学生たちはガヤガヤと騒ぎながら、今の体験について語り合う。
そんな中で、フィスロが私に近づいてきた。
「やっぱり、図書室なんですね」
「良い機会だと思ったんだ」
転移の魔法を見せて欲しいと言われたこと。
移動する場所は決まっておらず、どこでもいいと言われたこと。
ただ魔法を使うだけじゃつまらない。
そこに何か利益があれば、魔法を使った甲斐がある。
つまり、一石二鳥だ。
「皆さん、ちょっと良いですか?」
私は、声を上げた。
懐かしい教育実習みたいに。
話が尽きない児童生徒たちの注目を集めたように、パンパンと手を叩いた。
すると、学生たちは一瞬で静まり返った。
うん、ここの学生は聞き分けがいいね。
「今、図書室に転移してきました。なんで図書室かって、ちゃんと理由があるんですよ」
れっきとした、素晴らしい理由がね!
「見ての通り、図書室は改造中です。そのお手伝いを頼みたくて」
「お手伝い、ですか?」
ミール先生がぽかんとする。
その後ろで、アーノルドも首を傾げていた。
「本をジャンルごと棚に収めていくんですが、その場所を決めかねています。出入口に近い本棚にはどんなジャンルの本を置いて欲しいかなど、意見が欲しいんです」
「……ついでに、本の整理要員も」
フィスロがこそっと言ってくる。
何言ってるの。
それは私とフィスロだけで充分!
「学生の皆さんは、学習が一番の優先事項なのよ。フィスロ、あなたは私と一緒にこの図書室を整備するんだからね」
「そんなぁ」
「弱音は吐かない!」
そんなやり取りを見ていたアーノルドが、くすっと笑った。
彼につられて、クラスの皆が一気に笑い出す。
「もちろん、お手伝いしますよ」
「お邪魔にならない程度に遊びに行きたいです! 聖女先生、いいですか?」
「私も!」
うわぁお。すごい!
こんなに図書室に来たいと言ってくれる人が増えるなんて!
まだまだ片付いていない図書室で、楽しそうな明るい声が響く。
学生に囲まれる私と、私の隣で崩れ落ちているフィスロ。
それを微笑ましく眺めているミール先生。
この学園に来て、初めて教員らしいことをした瞬間だった。