愛
「そうそう。この関係が実に私たちと生き写しだ。私たちが老いていく中で、それがなくなるのが何とも寂しくてな。後の世に託したんだよ」
アイさんは、遠い目をして外を見た。
長く綺麗な黒髪が、桜の香りがする風になびく。
その横顔は、『聖女』らしさを醸し出していた。
「なんとかして、私たちの『愛の形』を後世に残しておきたかったんだ。人はいずれ死ぬ。王は替わり、国民も替わる。その中で、私たちが存在したという証をルーアに残そうと考えたのだ」
それが、私たち『緑の王』と『青の聖女』の理由?
よく分からないんだけど。
「何かの始まりは、たいていは『欲』から始まるのだよ」
そう言って、アイさんは哀しそうに笑った。
「これがしたい、あれを叶えたい。そのような願望は『欲』となって、何かを始めるのだ。それが、私たちでいう『緑の王』と『青の聖女』という存在だ」
私が召喚されたのは、ルーア王国の平和を神聖力で再び保つため。
聖女は、前聖女の神聖力が落ちてきたときに召喚される。
それが理由だと思っていた。
でも、違う。
実際は、アイさんの『欲』だったのだ。
「私たちにも寿命がある。だから、王族で『緑』の魔力を持つ者と、日本で『青』の魔力を持つ者が揃ったときに、私たちと同じ称号を授けることにした。故に、」
そこで、アイさんは言葉を切った。
私をフィスロを、じっと見つめる。
その黒い瞳には、うっすらと涙が光っているように見えた。
「神聖力を落ちてしまうように仕向けたのだ」
「え?」
「本来ならば、私たちの魔力は強く、神聖力も同じだ。故に、世界が終わるまで国を平和に保ち続けることはできた。だが、落ちなければ聖女は召喚されない。召喚されなければ、『青』の魔力を持つ者は現れなくなってしまう。だから、今のようなシステムを作り上げたのだ」
聖女が召喚される理由。
それは、『青』の魔力を持つ者を待つため。
そのために、今までの聖女たちは召喚され続けてきたのだ。
──すべては、私を待つために。
なんて身勝手なのだろう。
確かに、アイさんもいきなり召喚されて驚いたと思う。
でも、アイさんはその召喚を自分で終わらせられるだけの力を持っていた。
それでも、終わらせなかった。
それは、自身の愛を終わらせたくなかったから。
「すまぬな、翠」
アイさんは、頭を下げてきた。
震える手で畳に触れ、ゆっくりと頭を下げて。
……なんでだろう。
不思議と怒りはなかった。
「それが、アイさんが成し遂げたかったことなんですよね」
「スイ様?」
口を開くと、フィスロが驚いたようにこちらを見てきた。
邪魔、しないでね。
私はフィスロの手を握った。
「私は、この世界に召喚されて、司書教諭になりたいという『欲』を叶えました。それが、魔法図書室の始まりで、フィスロと過ごす日々の始まりでした。私は、自分の『欲』を叶えてもらえたんです」
召喚されて、司書教諭になった。
自分でもかなり暴走していたと思う。
でも、フィスロはついてきてくれた。
文句はぶつぶつ言っていたけど、私を否定することはなかったんだ。
「だから、その権利はアイさんにもあると思います。アイさんはただ、『欲』を叶えてもらう権利を長い間使っていなかっただけですよ」
きっとそうだ。
アイさんたちが育んだ『愛の形』を、後世に残したいと考えたこと。
それは、アイさんが主張しても良い『欲』の権利なんだ。
だって、違う世界からいきなり召喚されたんだもん。
それくらいのわがままは、叶えてもらっていいよね。
「……ありがとう」
アイさんは、顔を上げた。
白い頬を伝って、透明な涙が落ちていく。
それを受け止めたのは、フィスロだった。
長い年月を超えて、『緑の王』がその涙を拭ったのだった。
「ここは、幻惑の世界。初代聖女アイの最後の魔法が、作り出した世界だ。そなたらが世から消えるまで、この魔法は在り続ける。だから、またいつでもおいで」
アイさんがそう言った瞬間、桜の風がびゅうと吹いた。
あまりの強さに目を閉じると、フィスロがそっと手を握ってくれた。
「帰りましょう、もとの世界へ」
「うん」
「またな」
最後に、アイさんが嬉しそうに笑っていた。
*
帰る。
もとの世界へ。
つまり。
「ひっぎゃああ!」
その時点に戻されるということ。
初代聖女像の目まで、フィスロの魔法で浮かび上がっていた私たち。
魔法は切れて、そのまま床へ真っ逆さま!
「スイ様!」
ドサッ。
大理石の床へ叩きつけられると思いきや、落ちたのはあたたかな何かの上だった。
おそるおそる目を開ける。
エメラルドグリーンの服に、銀色の髪。
超イケメンが目の前にいた。
「ご、ごめん!」
フィスロが庇って下敷きになってくれたみたいだ。
慌てて退こうと、体を起こす。
しかし。
「……スイ様」
フィスロが、それを押し留めてきた。
ぐいっと引き寄せられて、起こしていた体を戻された。
え? なんで!?
「このまま、神聖力が落ちない国づくりをしませんか?」
「え?」
「スイ様の力が落ちて、違う聖女様の力で国が満たされるのは、嫌です。スイ様の綺麗な青い魔力を切らせたくないんです」
「……つまり、私たちの代で召喚を終わらせるってこと?」
「僕たちは初代聖女様が望んだ者たちですよね。そのための召喚だったはずなので、それを止めることは可能だと思うんです」
……あぁ。
私たちは素直じゃないな。
アイさんみたいに、想っていることを素直に出せればいいのに。
「司書教諭、続けてもいいなら」
「いいです。その代わり、」
体を起こすと、フィスロが優しい瞳をしていた。
私の髪に手を伸ばして、そっと梳く。
「スイって、呼ばせてください」
「もう、呼んでるじゃん」
「敬称をなくして、婚約者として呼ばせて」
そう言って、フィスロは体を起こした。
私の頬に触れて、顔を近づけてくる。
「スイ。僕と一緒にいてくれるか?」
答えは決まってる。
アイさんたちが望んだように、フィスロが望んだように。
そして、私の心が決めたように。
「もちろん」
次の瞬間、ふわっと唇がふさがれた。
フィスロからの、優しいキス。
人生で初めての経験。
この世界に召喚されてよかったって、心の奥底から思ったんだ。
◇
「良い国づくりは、図書館から! とりあえず本を読もう!」
「なんでそうなるんだ!? 司書教諭の話はなしにするぞ!」
「それはいやだ!」
それでも、私の本業は司書教諭なんだから!
……ま、まぁ、聖女も大事だしね。
本業を兼業してるってことにしといてあげようかな。
私の司書教諭人生は、まだまだ続きます!




