初代聖女
柔らかな色の青い空に、ピンク色の花びらが舞う。
あたたかい陽の光を浴びているのは、大きな桜の木だ。
なんか、久しぶりに桜を見た気がする。
「……ここは、死後の世界ですか?」
「ちょっと。縁起でもないこと言わないでよ」
初代聖女の像の目に触れた、その後。
私たちは光に包まれ、気が付いたらこの穏やかな世界に立っていた。
「じゃあ、ここはどこなんです?」
「知らないよ」
「お菓子はありますか?」
「知るか!」
喋っていないと、どこからともなく不安が押し寄せてくる。
フィスロも同じだったらしく、私たちはくだらない話を続けていた。
そのとき。
「良いコンビだ」
知らない声が、私の耳元でした。
ぞっとして、その場を飛びのく。
そこには。
「あ、貴女は……」
艶やかな黒髪。
くっきりとした顔立ちに、透き通った白い肌。
そして、淡い青の着物に、深い緑の袴。
見覚えのある女性が、笑みをたたえて立っていた。
「初代聖女様……」
フィスロが、弱々しい声を上げた。
*
「まぁまぁ、ゆっくりすると良い」
案内されたのは、ぽつんと佇んでいた日本家屋だ。
懐かしい畳の香りに、私は思わず涙が出そうになる。
その隣で、フィスロは出された茶菓子に釘付けになっていた。
「これは!?」
「庭の桜で作った餅だ。『桜餅』と言うんだが、そなたは知っているだろう?」
「は、はい」
初代聖女様に問われて、正座していた背がピンと伸びる。
フィスロはさすが、どこに行っても甘いものだな……。
まぁ、その姿を見てると落ち着くからいいけど。
「改めて、名乗ろうか。私の名はアイ。ルーア王国の初代聖女として祀り上げられた、元日本人だ」
「アイ様……」
「フィスロ。そなたとはよく夢の中で話したな」
「その節はどうも」
フィスロはぺこっとお辞儀をする。
ただ、意識はほとんど桜餅だ。
まったく、食い地が張ってる。
「そして、近代の聖女スイよ。そなたの頑張りは、いつも見ているぞ」
「え?」
「聖女は副業だとな」
「ちょっ、それは見ないでください!」
見られたの!?
聖女として全うしたアイさんの前で?
恥ずかしい!
「だから、言ったじゃないですか」
「フィスロは黙ってて」
余計なところで口を突っ込まないでもらえるかな!?
「ははは。仲が良くてけっこう! そなたらの時代も平和だな」
平和。
その言葉に、私はハッとした。
ここに来た目的は、桜餅でもなくフィスロと漫談でもなく。
アイさんに、色々聞きたかったことがあったからだ。
「なんで、この国は平和なんですか?」
一番に聞きたかったこと。
そして、『緑の王』と『青の聖女』の関係。
本人に聞かなければ分からないことのために、ここへ来たのだ。
「……それは、私が平和を強く望んだからだ。私の時代は、戦争ばかりだったからな」
やっぱり。
日本が平和な時代に入る前は、戦争が多かった。
アイさんが生きた時代は、どの時代かは分からない。
でも、どの時代においても治安が揺らいでいたのは確かだ。
「それを、『緑の王』さんに願ったんですか?」
「そうだ。伴侶となった彼奴は私にぞっこんでな。詳しくは『聖女様親衛隊になった日』という書物に残っているぞ」
「あの本!?」
フィスロが『聖女様特設コーナー』を作ろうとしたときに提案してきた、謎の聖女関連本の一つだ!
まさかの伏線回収。
あの『親衛隊』になった人は、当時の『緑の王』で国王だったってことか!?
……文芸書じゃなくて歴史書コーナーに移動するか。
「だから言ったじゃないですか。読んだ方がいいって」
「えーい、うるさい!」
小声で小突いてくるフィスロの頭を、スパーンっとはたく。
それを見ていたアイさんは、また大きく笑った。
「そうそう。この関係が実に私たちと生き写しだ。私たちが老いていく中で、それがなくなるのが何とも寂しくてな。後の世に託したんだよ」
アイさんは、ふっと遠い目をした。
「その結果、君たちには重いものを託すことになってしまった」
縁側から、風が入り込んでくる。
風鈴がちりんと鳴り、日本の懐かしさを醸し出す。
皿の上の桜餅は、いつの間にか消え去っていた。




