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初代聖女

 柔らかな色の青い空に、ピンク色の花びらが舞う。

 あたたかい陽の光を浴びているのは、大きな桜の木だ。

 なんか、久しぶりに桜を見た気がする。


「……ここは、死後の世界ですか?」

「ちょっと。縁起でもないこと言わないでよ」


 初代聖女の像の目に触れた、その後。

 私たちは光に包まれ、気が付いたらこの穏やかな世界に立っていた。


「じゃあ、ここはどこなんです?」

「知らないよ」

「お菓子はありますか?」

「知るか!」


 喋っていないと、どこからともなく不安が押し寄せてくる。

 フィスロも同じだったらしく、私たちはくだらない話を続けていた。

 そのとき。


「良いコンビだ」


 知らない声が、私の耳元でした。

 ぞっとして、その場を飛びのく。

 そこには。


「あ、貴女は……」


 艶やかな黒髪。

 くっきりとした顔立ちに、透き通った白い肌。

 そして、淡い青の着物に、深い緑の袴。

 見覚えのある女性が、笑みをたたえて立っていた。


「初代聖女様……」


 フィスロが、弱々しい声を上げた。





「まぁまぁ、ゆっくりすると良い」


 案内されたのは、ぽつんと佇んでいた日本家屋だ。

 懐かしい畳の香りに、私は思わず涙が出そうになる。

 その隣で、フィスロは出された茶菓子に釘付けになっていた。


「これは!?」

「庭の桜で作った餅だ。『桜餅』と言うんだが、そなたは知っているだろう?」

「は、はい」


 初代聖女様に問われて、正座していた背がピンと伸びる。

 フィスロはさすが、どこに行っても甘いものだな……。

 まぁ、その姿を見てると落ち着くからいいけど。


「改めて、名乗ろうか。私の名はアイ。ルーア王国の初代聖女として祀り上げられた、元日本人だ」

「アイ様……」

「フィスロ。そなたとはよく夢の中で話したな」

「その節はどうも」


 フィスロはぺこっとお辞儀をする。

 ただ、意識はほとんど桜餅だ。

 まったく、食い地が張ってる。


「そして、近代の聖女スイよ。そなたの頑張りは、いつも見ているぞ」

「え?」

「聖女は副業だとな」

「ちょっ、それは見ないでください!」


 見られたの!?

 聖女として全うしたアイさんの前で?

 恥ずかしい!


「だから、言ったじゃないですか」

「フィスロは黙ってて」


 余計なところで口を突っ込まないでもらえるかな!?


「ははは。仲が良くてけっこう! そなたらの時代も平和だな」


 平和。

 その言葉に、私はハッとした。

 ここに来た目的は、桜餅でもなくフィスロと漫談でもなく。

 アイさんに、色々聞きたかったことがあったからだ。

 

「なんで、この国は平和なんですか?」


 一番に聞きたかったこと。

 そして、『緑の王』と『青の聖女』の関係。

 本人に聞かなければ分からないことのために、ここへ来たのだ。


「……それは、私が平和を強く望んだからだ。私の時代は、戦争ばかりだったからな」


 やっぱり。

 日本が平和な時代に入る前は、戦争が多かった。

 アイさんが生きた時代は、どの時代かは分からない。

 でも、どの時代においても治安が揺らいでいたのは確かだ。


「それを、『緑の王』さんに願ったんですか?」

「そうだ。伴侶となった彼奴は私にぞっこんでな。詳しくは『聖女様親衛隊になった日』という書物に残っているぞ」

「あの本!?」


 フィスロが『聖女様特設コーナー』を作ろうとしたときに提案してきた、謎の聖女関連本の一つだ!

 まさかの伏線回収。

 あの『親衛隊』になった人は、当時の『緑の王』で国王だったってことか!?

 ……文芸書じゃなくて歴史書コーナーに移動するか。


「だから言ったじゃないですか。読んだ方がいいって」

「えーい、うるさい!」


 小声で小突いてくるフィスロの頭を、スパーンっとはたく。

 それを見ていたアイさんは、また大きく笑った。


「そうそう。この関係が実に私たちと生き写しだ。私たちが老いていく中で、それがなくなるのが何とも寂しくてな。後の世に託したんだよ」


 アイさんは、ふっと遠い目をした。


「その結果、君たちには重いものを託すことになってしまった」


 縁側から、風が入り込んでくる。

 風鈴がちりんと鳴り、日本の懐かしさを醸し出す。


 皿の上の桜餅は、いつの間にか消え去っていた。


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