王太子
いつだって、『緑の王』は近くにいたんだ。
自分の知らないところで、私をずっと見ていたんだ。
真っ白い礼拝堂。
嵌めこまれたステンドグラスが、色鮮やかな光を映し出す。
まるで、キャンバスに絵を描いたみたいに。
私の後ろにいるのは、王太子だ。
そして、『緑の王』である人。
だから、ゆっくりと振り返った。
聖杖を持って、厳かに。
「こんにちは」
「こんにちは、スイ様」
王太子は、にこりと微笑んだ。
そして、口を開く。
「ルーア王国王位継承権第一位、王太子を賜わっております」
銀髪を煌めかせ、エメラルドグリーンの瞳を瞬かせながら。
「フィスロ・ルーアです」
*
王太子としての、煌びやかな服。
深い緑色の生地に、散りばめられたスワロフスキー。
耳には、輝くエメラルドのイヤリング。
銀色の髪は、丁寧に結われている。
聖女補佐官のときとは違う装いが、フィスロを王太子たらしめていた。
「やっぱり、フィスロが王太子だったんだね」
「いつ、気付きました?」
「髪色について教えて貰ったときかな。黒髪は特異な色って聞いて、『緑の王』が持っていた指輪の色に気付いたんだ」
黒から連想して、ふと思ったこと。
なんで、あの指輪は黒色だったんだろうって。
王が持つ指輪なんだから、もっと派手な色でもいいんじゃないかって思ったんだ。
そしたら、気が付いた。
その不自然な色は、髪色によって決められたのではないかと。
「聖女の髪は黒だから、王の指輪も黒なんじゃないかって。なら、逆も当てはまるよね。聖女の杖は銀色だから、王の髪は銀色になるんだって思ったの」
「正解ですね」
「それに、フィスロが言ってたでしょ。私の髪色を見て、『アクセサリーにしたら綺麗』だって」
そこで確信した。
フィスロが王太子であることは、ずっと前から匂わせられていたんだ。
「さすが、スイ様」
そう言って、フィスロは微笑んだ。
いつもとは違う、優雅で美しい笑みだった。
人は、立場が変わるだけでこうも変わってしまうんだ。
聖女補佐官のときの、あの無邪気なフィスロはいない。
王太子として、国を見据えた者が持つ煌めきを放っていた。
「ずっと待っておりました。あなたが、私に気が付くことを」
フィスロは、身に付けていた白い手袋を取った。
そして、その手を私に向かって差し出してくる。
「スイ様の隣に立つことができる未来を」
エメラルドの光が、フィスロの手から溢れだす。
それは、綺麗な森のような光。
やがて、その光は静かに消え去る。
手のひらに残った物は。
「指輪……」
黒曜石のように輝く、黒い指輪。
その中央に、大粒のエメラルドが嵌めこまれていた。
「これが、『緑の王』の証です。『青の聖女』を待ち侘びた指輪です」
そう言って、フィスロは私を見た。
そこで改めて、私はフィスロの顔を見た。
瞬間、思わず息を呑む。
フィスロは、泣きそうな顔をしていたのだ。
「ずっと、待っていたんです」
震える声が聞こえた瞬間、私はレモングラスの香りに包まれた。
驚いて声が出ない。
私は、フィスロに抱きしめられていた。
「おかえりなさい」
私の黒髪に、フィスロの優しい唇が触れた気がした。




