作業の合間
「き、筋肉痛が……」
聖女殿に帰ってきたときには、私の体はボロボロだった。
フィスロに半ば強制的に図書室に戻され、とりあえずすべての本棚から本を下ろし終えた。
その頃にはもう、陽が暮れていた。
「お疲れ様でしたね」
リンが笑いながら、濡れた髪を拭いてくれる。
今はお風呂上がり。
一人だけでは広すぎる浴室に戦きつつも、ゆったりとした入浴時間を味わった。
「明日も行かれるんですか?」
「うん。まだ整備が足りないからね」
明日は、やっと本の分類分けだ。
それが終わっても、やることはまだまだある。
図書室の本来の機能を復帰させるまで、かなり時間がかかりそうだ。
たくさん時間を費やすつもりだからね。
理想の図書室を作るためには、なんだってやるんだから!
「では、スイ様。おやすみなさいませ」
髪を梳かし、寝る準備まで整えてくれたリンちゃん。
日本では『自分のことは自分でやる』が当たり前だから、なんだか慣れない。
でも、これが普通だって言われたら仕方ない。
私が全部自分でやるって言ったら、リンちゃんの仕事がなくなっちゃうしね。
「おやすみ」
リンちゃんが部屋を出ていく。
私は、ふかふかすぎるベッドに潜り込んだ。
「月は、一緒なんだ……」
今日は満月。
日本と変わらない月が、世界を優しく照らしていた。
◇
スイの部屋を出ると、廊下にはフィスロの姿があった。
リンは、すっと礼をする。
「スイ様は?」
「おやすみになられました。お疲れのようです」
「あれだけ重労働しましたからね」
フィスロが、ゆったりとした笑みを浮かべた。
そんな笑みを見ながら、リンは先ほど受け取った言伝を言う。
「アーノルド殿下が、お話があると仰っておりました」
「あぁ。きっと昼のことだろう。ありがとう、行ってくるよ」
そう言って微笑んだその顔は、アーノルドに似ていた。
アーノルドが金の薔薇だとしたら、フィスロは銀の百合だろう。
たおやかなその姿が、慈しみを持った聖人のような空気を纏わせていた。
「では、また明日」
「はい。明日もよろしくお願いいたします、殿下」
リンがそう言えば、フィスロはくすぐったそうな顔になった。
*
「さぁ、やりますか!」
次の日。
今日もまた、私は図書室にいる。
きちんと教員室で手続きを行ってから、ね。
日本でいうところのタイムカードのような手続きだ。
他の先生方ともすれ違ったから、とりあえず会釈だけしてきた。
「今日は、何をするんです?」
フィスロが、図書室を見渡して問いかけてきた。
そう言えば、フィスロはずっと私と一緒だよね。
他に仕事とかないのかな。
ずっと付き合わせているのが、なんだか申し訳なく思えてくる。
「僕の仕事は、『聖女の補佐』ですよ」
私の心を読んだのか、フィスロがにっこりとこちらを見た。
「聖女様の望まれることを補佐するのが仕事です。幸せな家庭を築きたいのなら出会いの場を設けますし、学園に入りたいのなら制服やら何やらすべて準備します。そういうものですよ」
へぇ。
なんだか大変そう。
「じゃあ、今日もばっちり手伝ってもらうね」
なんでも補佐してくれるんだったら、好都合!
そんな期待を込めて見上げると、フィスロはあからさまに顔をしかめた。
「また力仕事ですか?」
「うーん。今日は、違うところに力を使うかも」
「違うところ?」
首を傾げて聞いてくるフィスロ。
癪にも、なんだかかわいいと思ってしまった。
なんか悔しい。
「今から、本の内容を見て分類するの。文学とか、哲学とか、歴史とか。同じジャンルで分けていくのよ」
「……つまり」
フィスロは、ひくっと顔を引きつらせた。
「一冊ごと内容を確認していくんですか?」
「そうなるね」
私にとっては楽しい作業だ。
色々な本に出会えるから、まるで宝物を発掘しているかのような気分。
でも、フィスロには少しキツい作業かもしれない。
「なんか、大変そうな未来が見えました」
「フィスロは、休み休みの作業で大丈夫だからね」
「……えっ?」
気を使って言うと、フィスロが目を点にした。
あれ、変なこと言った?
「僕は平気ですよ?」
「じゃあ、何が『大変そうな未来』なの?」
「そりゃもちろん、スイ様です」
フィスロは、眩しすぎる笑顔を浮かべながら言い放った。
「内容確認とか言いながら、一冊ずつ熟読してそうで。終わらなそうだなぁと」
「うるさい!」
図星だったのは秘密だ。




