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作業の合間

「き、筋肉痛が……」


 聖女殿に帰ってきたときには、私の体はボロボロだった。

 フィスロに半ば強制的に図書室に戻され、とりあえずすべての本棚から本を下ろし終えた。

 その頃にはもう、陽が暮れていた。


「お疲れ様でしたね」


 リンが笑いながら、濡れた髪を拭いてくれる。

 今はお風呂上がり。

 一人だけでは広すぎる浴室に戦きつつも、ゆったりとした入浴時間を味わった。


「明日も行かれるんですか?」

「うん。まだ整備が足りないからね」


 明日は、やっと本の分類分けだ。

 それが終わっても、やることはまだまだある。

 図書室の本来の機能を復帰させるまで、かなり時間がかかりそうだ。


 たくさん時間を費やすつもりだからね。

 理想の図書室を作るためには、なんだってやるんだから!


「では、スイ様。おやすみなさいませ」


 髪を梳かし、寝る準備まで整えてくれたリンちゃん。

 日本では『自分のことは自分でやる』が当たり前だから、なんだか慣れない。

 でも、これが普通だって言われたら仕方ない。

 私が全部自分でやるって言ったら、リンちゃんの仕事がなくなっちゃうしね。


「おやすみ」


 リンちゃんが部屋を出ていく。

 私は、ふかふかすぎるベッドに潜り込んだ。


「月は、一緒なんだ……」


 今日は満月。

 日本と変わらない月が、世界を優しく照らしていた。





 スイの部屋を出ると、廊下にはフィスロの姿があった。

 リンは、すっと礼をする。


「スイ様は?」

「おやすみになられました。お疲れのようです」

「あれだけ重労働しましたからね」


 フィスロが、ゆったりとした笑みを浮かべた。

 そんな笑みを見ながら、リンは先ほど受け取った言伝を言う。


「アーノルド殿下が、お話があると仰っておりました」

「あぁ。きっと昼のことだろう。ありがとう、行ってくるよ」


 そう言って微笑んだその顔は、アーノルドに似ていた。

 アーノルドが金の薔薇だとしたら、フィスロは銀の百合だろう。

 たおやかなその姿が、慈しみを持った聖人のような空気を纏わせていた。


「では、また明日」

「はい。明日もよろしくお願いいたします、殿下」


 リンがそう言えば、フィスロはくすぐったそうな顔になった。





「さぁ、やりますか!」


 次の日。

 今日もまた、私は図書室にいる。

 きちんと教員室で手続きを行ってから、ね。

 日本でいうところのタイムカードのような手続きだ。

 他の先生方ともすれ違ったから、とりあえず会釈だけしてきた。


「今日は、何をするんです?」


 フィスロが、図書室を見渡して問いかけてきた。


 そう言えば、フィスロはずっと私と一緒だよね。

 他に仕事とかないのかな。

 ずっと付き合わせているのが、なんだか申し訳なく思えてくる。


「僕の仕事は、『聖女の補佐』ですよ」


 私の心を読んだのか、フィスロがにっこりとこちらを見た。


「聖女様の望まれることを補佐するのが仕事です。幸せな家庭を築きたいのなら出会いの場を設けますし、学園に入りたいのなら制服やら何やらすべて準備します。そういうものですよ」


 へぇ。

 なんだか大変そう。


「じゃあ、今日もばっちり手伝ってもらうね」


 なんでも補佐してくれるんだったら、好都合!

 そんな期待を込めて見上げると、フィスロはあからさまに顔をしかめた。


「また力仕事ですか?」

「うーん。今日は、違うところに力を使うかも」

「違うところ?」


 首を傾げて聞いてくるフィスロ。

 癪にも、なんだかかわいいと思ってしまった。

 なんか悔しい。


「今から、本の内容を見て分類するの。文学とか、哲学とか、歴史とか。同じジャンルで分けていくのよ」

「……つまり」


 フィスロは、ひくっと顔を引きつらせた。


「一冊ごと内容を確認していくんですか?」

「そうなるね」


 私にとっては楽しい作業だ。

 色々な本に出会えるから、まるで宝物を発掘しているかのような気分。

 でも、フィスロには少しキツい作業かもしれない。

 

「なんか、大変そうな未来が見えました」

「フィスロは、休み休みの作業で大丈夫だからね」

「……えっ?」


 気を使って言うと、フィスロが目を点にした。

 あれ、変なこと言った?


「僕は平気ですよ?」

「じゃあ、何が『大変そうな未来』なの?」

「そりゃもちろん、スイ様です」


 フィスロは、眩しすぎる笑顔を浮かべながら言い放った。


「内容確認とか言いながら、一冊ずつ熟読してそうで。終わらなそうだなぁと」

「うるさい!」


 図星だったのは秘密だ。



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