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「スイ様の御髪は、本当にお綺麗ですね」


 夜。

 リンちゃんが、髪を梳かしてくれながら言った。


「黒髪って、他にはいないの?」

「いませんね。黒髪は、異界の聖女様を表す象徴的なものでもありますので」


 へぇ、そうなんだ。

 不思議なこともあるんだね。


「この国では、髪色や瞳の色が意味を為すことがあるみたいですよ」


 リンちゃんは、櫛を置いて鏡の中の私を見つめた。

 その瞳は、可愛らしいピンク色だ。


「特に、王族や貴族などは何かあるみたいです」

「高貴な血だからかなぁ」

「それを研究なさっていた聖女様がいらしたみたいですよ。確か、聖女殿に文献が残っていたはずです」


 なんだって!?

 その本は知らなかった!

 これは、読まなきゃいけないやつだ!


「え、今から読むんですか?」


 もちろん!

 私と同じような疑問を持った聖女がいたってことでしょ? なら、なおさら読まなきゃ!





 本当なら、書斎に籠って本を読みたかった。

 でも、夜遅いからとリンちゃんに言われ、仕方なくその本を自室に持って帰って来た。

 持ってきた本を、ベッドに転がりながら読む。


「ふぅん。基本的に王家は金髪なんだね」


 確かに、王様もアーノルドも金髪だった。

 なら、王太子も金髪なのかな。

 でも、そうなると余計にアーノルドが怪しく思えてくる……。


「例外はあるんだ。『緑の王』は銀髪だったから、確率的な問題なのかも」


 とは言え、これが『緑の王』探しに役立つのかは分からない。

 とりあえず、知識が一つ増えたくらいだ。

 そう思うと、一気に眠気がやってくる。

 寝ようかな。

 本を閉じてサイドテーブルに置いたとき、ふと窓に目が行った。


「わ、月が綺麗だ」


 金色に輝く月が、夜空を照らしていた。

 そうだ、寝る前に夜風に当たろう。

 私はベッドから降りて、窓へ向かった。そして、それを開け放ってバルコニーに出る。

 中庭が一望できるバルコニーは、夜の世界が広がっていた。


「……あれ」


 電気など一切ない夜を楽しんでいると、中庭に人影が見えた。

 目を凝らしてみれば、それはフィスロだった。

 月を見上げて、ぼんやりとしている。

 その姿は月に照らされて、美しい舞台のように煌めいていた。

 

 そのときだった。

 ぞくり、と背が震え上がったのは。


 冷たい手で、魔力を呼び起こす。

 現れた聖杖は、夜空の下で不気味に輝いた。


「あれ、スイ様」


 ドクン、と心臓が跳ね上がる。

 見れば、フィスロがこちらを見ていた。

 淡く微笑んだかと思いきや、すっとこちらへ近づいてくる。

 そして、トンっと軽くバルコニーへ登って来た。


「寝れないの?」

「えぇ。少し」


 フィスロは、言葉を濁した。

 でも、私をじっと見つめている。

 静かな沈黙が、私たちの間を流れていく。


「スイ様の髪は、本当にお綺麗です。この色、アクセサリーにしたら美しいのでしょうね」


 フィスロは、私の髪に触って呟いた。

 日本人なら当たり前の黒髪。

 それが、稀有な存在なのがこの国。

 そして、髪色には意味がある場合がある。


「ねぇ、フィスロ」


 後ろに回した手が、汗ばんでいる。

 落ちていきそうになる聖杖を、しっかりと握った。


「なんです?」


 エメラルドグリーンの瞳に、私の姿が映る。

 夜深くに、男女が二人きりで見つめ合う。

 これはきっと、心躍るシーン。

 でも、私にとっては震えが止まらない光景だった。


 月が咲く。

 星が笑う。

 木々の葉は静かに話し、青薔薇は優雅に踊る。

 夜の暗闇を、月が銀色に染め上げる。


「スイ様?」


 フィスロの声が、宝石のような夜に響いた。

 震えが止まらない。

 言葉が出てこない。


 これを言ったら、夜が壊れてしまう。

 だから、発せることができたのは、たった一言だけ。


「月が、綺麗だね」


 夜が死んでしまいそうだった。


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