片付け
図書室は、思っていたよりも悲惨な状態だった。
前見たように、歴史物語と文学系が一緒になっていたり、哲学と自然科学が並んでいたり。
まぁ大変なことになっていた。
「あ、でもちゃんとしてるのはあるね」
本を取り出しながら、気になった本をペラペラと捲る。
書名や出版年などが書かれた目録カードすらないと思っていたけど、カードがある本はちらほらある。
そこすらできていない本も多いけど。
「すごい、古代魔法の初版本だって。おもしろそう」
「スイ様」
ふと声をかけられて、そちらの方を見る。
そこには、本を両手いっぱいに持ったフィスロが、白い目で私を見ていた。
「本見てないで動いてください。僕なんてほら、もう三つも本棚を開けましたよ」
「あ、ごめんごめん」
今の作業は、本をすべて外に出すというもの。
もうどうしようもない状態だから、荒療治になるけど仕方ない。
まずは本を全部出して、分類別に仕分けて……。
「排架場所の本棚も決めないと。どの位置がいいかな。どう思う、フィスロ?」
「どうもこうも、僕は使わないので分かりませんね」
「ほんっと、冷たいなぁ」
そんなフィスロだけど、話しているとおもしろい。
気を使わなくていいし。
「ここを使う人に聞くのがいいのではないですか?」
「そうだね。じゃあ、聞いてこようかな」
使う人のニーズに合うのが一番だよね!
「じゃあ聞いてくるね。フィスロは引き続き片付けよろしく」
「えっ?」
本を置いていたフィスロが、びっくりしたような顔で私を見た。
あれ、一緒に行く気だったのかな。
「僕も行きたいです。もう片付けイヤです」
「がんばってね。応援してる」
「絶対してないですよね!?」
ギャンギャン騒いでたけど、まぁいっか。
私は図書室の扉を閉めて、颯爽と歩き始めた。
*
図書室は講義棟にあるから、歩いていれば誰かに会うはず。
そう思って歩いていると、ふと目の前が開けた。
渡り廊下らしい回廊で、柱の向こうには視界いっぱいに緑が広がっている。
「中庭かな」
ちょっと見学してこうかな。
緑の芝生に、そっと足を運ぶ。芝生ならではのさくっとした柔らかさが、靴を通じて伝わってきた。
進めば進むほど、色とりどりの花が咲いている。
見たことのある花から、知らない花まで。
華やかな空気が、私を目いっぱい包み込んだ。
「わぁ。ここで本読んだら気持ちよさそう」
奥にあったのは、白い東屋だった。
こんな良いところがあるなんて。
今度、フィスロから逃げてここに来ようかな。
そんなことを考えていた、そのとき。
「あれ。聖女先生ではないですか」
声がした。
振り返れば、超イケメン第二王子が。
……うわぁお。これ『乙女ゲーム系ライトノベル』の中で出てきそうなシチュエーションだ。
誰もいない中庭。
そこに現れた、イケメン。
誰かに見られたら、何か勘違いが生まれそう。
「どうしたんです? こんなところで」
「殿下こそ、どうしてこちらに?」
さすがにフィスロに対する口調では話せないから、余所行きのものに変える。
すると、アーノルドはくすりと笑った。
「名前でいいんですよ。僕は学生で、貴女は教師だ。ここは、身分差のない学び舎なんですから」
けっこう柔軟な考え方の王子様だ。
なら、遠慮なくそうさせて貰おうかな。
「では、アーノルドさん。どうしたんですか?」
「聖女先生が中庭に行かれるのが見えたので。ちょっと追いかけてみようかと」
なんだ、お茶目でかわいい王子様じゃん。
かっこつけのフィスロとは違った感じで、なんだか新鮮。
……にしても、フィスロによく似てるなぁ。
イケメンは似るのかな。
ほら、ライトノベルも漫画も、イケメンは同じ空気を醸し出してるし。
性格はそれぞれだけどね。
「そう言えば、補佐官殿は?」
「あぁ、フィスロですか? フィスロは図書室の片づけをさせています」
「あっはっは。おもしろい聖女様ですね」
何がそんなにおもしろいのか、分からない。
でもまぁ、楽しそうだからいっか。
「それで、聖女先生は何をされに?」
「……そうだった!」
大事なことを忘れてたよ。
アーノルドとお話して帰るところだった。
絶対、フィスロに怒られるやつだ。
「図書室について悩んでることがあって。使うのは学生の皆さんだから、皆の意見聞きたいなって思ったんです」
「なるほど」
アーノルドは、真剣な顔で頷いた。
「では、教室の方へ行かれます?」
「え?」
「僕は三年生ですので、三年生の教室棟へ案内しますよ。どうです?」
わあ、それは名案!
フィスロには申し訳ないけど、私はそっちに行かせてもらおうかな。
魔法学園の教室とか授業とか、すごく気になるし。
「行きま──」
「『せん』よ、スイ様」
行きます! と元気よく返事しようとした瞬間。
その言葉は、ドスの効いた声にかき消された。
「げ、フィスロ!」
「げ、とはなんですか。失礼ですね」
振り向くと、フィスロが、鬼の形相で立っていた。
こ、これはまずいかもしれない。
「僕にばっか仕事させて、ご自分は授業見学ですか。呑気なものです」
「失礼ね。これも仕事よ」
「羨ましいです。僕も行きます」
「行きたいなら素直に言いなさいよ」
失礼なこと言っておいて、結局は行きたいんじゃない。
フィスロはなんだか大きな子どもみたいだ。
「では、補佐官殿もご一緒に」
アーノルドが、笑いを堪えた顔で言う。
なんでそんなに笑っているのか分からないけど。
もしかして、旧友とかだったりするのかな。
「えぇ、と言いたいんですが」
そのとき、フィスロが私の手をぐいっと引っ張った。
「まだ図書室の本下ろしが終わってないので。それが終わったら、お願いいたします」
「えぇ!? フィスロ、終わらせてくれたんじゃないのっ?」
「終わるわけないでしょう!? あんな大量の本、一人じゃ無理です!」
「では、案内はまた後日ですね」
そんなぁぁ!
教室、見に行きたかったぁ!
こうして、初日は終わっていったのだった。