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王子の話

 なんだかもう、モチベーションがなくなってしまった。


 魔法学園の図書室。

 私は、いつもの司書カウンターに座って頬杖をついた。


「はぁ」


 フィスロに怒りをぶつけてしまってから、3日。

 あれから、フィスロには会っていない。

 聖女補佐官は常に一緒にいるものだって聞いていたけど、今はいない方が楽だった。


 そのとき、コンコンコン。

 扉が軽快にノックされた。


「聖女先生、こんにちは」

「……アーノルドさん」


 開かれた扉の向こうにいたのは、第二王子だった。





 金髪に、緑の瞳。

 その瞳を見ると、『運命』の絵画を思い出す。


「補佐官殿とやり合ったようですね」


 王子は、くすっと笑いながら近づいてきた。

 近くの椅子を勧めながら、私はムッと応える。


「やり合ったっていうか……私が一方的に言いまくったっていうか」

「言いたいことは、言ってしまった方が楽ですよ」


 アーノルドは、私を肯定してくれた。

 椅子に腰かけて、長い脚を組む。


「それが、一種の平和の秘密ですね」

「えっ?」

「争ごとは、不満から始まるんです。言いたいのに言えない、そんな不満が爆発して争いが起きます。ならば、先に言ってしまえばいい。相手も、思ったことを言えばいい。溜め込めば溜め込むほど、争いの規模は大きくなります」


 でも、それは理想論だ。

 言いたいことを思う存分言ってしまえば、そこに不満が生じる。争いが起きないっていう保証はない。


「それを平和へと導くのが、『青の聖女』と『緑の王』なんですよ」


 アーノルドは、薄く微笑んだ。


「スイ様が召喚された理由も、ここに含まれますよ」

「ア、アーノルドさんはご存じなんですか?」

「もちろん」


 静かな図書室に、声が透き通る。

 舞い上がっている埃が、陽の光を浴びてちらちらと光っていた。


「僕の口からは、ここまでしか言えません。言えることとしたら、兄を救って欲しいということです」

「え?」

「兄の立場は、不安定なものです。一歩間違えれば、すぐに捨てられます。皮肉なことに、」


 そこまで言って、アーノルドは言葉を止めた。

 自分の瞳を覆うように、手を目元へ持っていく。

 緑色の瞳は、哀しげに瞬いていた。


「『替わり(スペア)』がいますから」


 ごく、と息を呑んだ。

 姿を隠されている王太子には、何か秘密があると思っていた。

 でも、それは私が思っている以上に重いものだった。

 替わり(スペア)が用意されてしまうくらい、重要な役目なのだ。


「僕は、兄さんが好きです。優しい兄さんがいなくなるのは嫌だ。だから、聖女様に守ってもらいたいんです」


 そう言って、アーノルドは立ち上がった。

 深刻な目で私を見つめる。


「兄をよろしくお願いいたします、聖女様」


 姿を知らないのに、兄を救って欲しいと言う。

 そんなの無茶だ。


「大丈夫です。きっと、すぐ近くにいますよ」


 その疑問を打ち消すように、アーノルドは言った。

 いつしか、リンちゃんが言った言葉と同じ文言を。


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