王子の話
なんだかもう、モチベーションがなくなってしまった。
魔法学園の図書室。
私は、いつもの司書カウンターに座って頬杖をついた。
「はぁ」
フィスロに怒りをぶつけてしまってから、3日。
あれから、フィスロには会っていない。
聖女補佐官は常に一緒にいるものだって聞いていたけど、今はいない方が楽だった。
そのとき、コンコンコン。
扉が軽快にノックされた。
「聖女先生、こんにちは」
「……アーノルドさん」
開かれた扉の向こうにいたのは、第二王子だった。
*
金髪に、緑の瞳。
その瞳を見ると、『運命』の絵画を思い出す。
「補佐官殿とやり合ったようですね」
王子は、くすっと笑いながら近づいてきた。
近くの椅子を勧めながら、私はムッと応える。
「やり合ったっていうか……私が一方的に言いまくったっていうか」
「言いたいことは、言ってしまった方が楽ですよ」
アーノルドは、私を肯定してくれた。
椅子に腰かけて、長い脚を組む。
「それが、一種の平和の秘密ですね」
「えっ?」
「争ごとは、不満から始まるんです。言いたいのに言えない、そんな不満が爆発して争いが起きます。ならば、先に言ってしまえばいい。相手も、思ったことを言えばいい。溜め込めば溜め込むほど、争いの規模は大きくなります」
でも、それは理想論だ。
言いたいことを思う存分言ってしまえば、そこに不満が生じる。争いが起きないっていう保証はない。
「それを平和へと導くのが、『青の聖女』と『緑の王』なんですよ」
アーノルドは、薄く微笑んだ。
「スイ様が召喚された理由も、ここに含まれますよ」
「ア、アーノルドさんはご存じなんですか?」
「もちろん」
静かな図書室に、声が透き通る。
舞い上がっている埃が、陽の光を浴びてちらちらと光っていた。
「僕の口からは、ここまでしか言えません。言えることとしたら、兄を救って欲しいということです」
「え?」
「兄の立場は、不安定なものです。一歩間違えれば、すぐに捨てられます。皮肉なことに、」
そこまで言って、アーノルドは言葉を止めた。
自分の瞳を覆うように、手を目元へ持っていく。
緑色の瞳は、哀しげに瞬いていた。
「『替わり』がいますから」
ごく、と息を呑んだ。
姿を隠されている王太子には、何か秘密があると思っていた。
でも、それは私が思っている以上に重いものだった。
替わりが用意されてしまうくらい、重要な役目なのだ。
「僕は、兄さんが好きです。優しい兄さんがいなくなるのは嫌だ。だから、聖女様に守ってもらいたいんです」
そう言って、アーノルドは立ち上がった。
深刻な目で私を見つめる。
「兄をよろしくお願いいたします、聖女様」
姿を知らないのに、兄を救って欲しいと言う。
そんなの無茶だ。
「大丈夫です。きっと、すぐ近くにいますよ」
その疑問を打ち消すように、アーノルドは言った。
いつしか、リンちゃんが言った言葉と同じ文言を。




