新しいイベント
「聖女先生、こんにちは」
図書室の扉を開けて、こそっと入ってきたのは、小柄な男子学生だった。
深緑の髪色で、柔らかな茶色の瞳。
気の優しそうな学生だ。
「こんにちは。何かありましたか?」
羽根ペンを置いて、彼の方を見る。
あれ、なんだか見覚えがある。確か、ちょくちょく図書室を利用してくれる数少ない貴重な学生だ。
彼は、いそいそとカウンターまで近づいてきた。
「読みたい本の投票って、いつまでですか?」
「そうだねぇ、来週あたりまでを予定してます」
そう言えば、彼の瞳が少し煌めいた。
あれ、早く終わって欲しいのかな?
いや、結果が早く知りたいのかも。
「そしたら、図書室のイベントは終わっちゃいます?」
「え?」
「僕は図書室が好きで偶に来てたんですけど、こんなイベントをやっているのは初めてで。なんだか新鮮なので、終わっちゃうのが寂しいなぁと」
な、なんて素晴らしい子なんだ!!
彼は、名前をレンと言うらしい。
レンくんは、前任の司書の先生のころから、この図書室に少し通っていたのだそう。
でも、こういったイベントはなかったため、寂しがってくれているみたい。
最高だよ、レンくん!
「投票イベントと並行でやりたいなってものがあって、レンくんにだけ見せちゃいますね」
「わ、ほんとですか!?」
うんうん、本好きな子だね。
こういう子と話したいと思ってたんだっ!
「これなんだけど」
そう言って差し出したのは、さっきまで作業していた書きかけのポスターだ。
水色の背景に、大きくドーンッと書いた見出し。
寝るよりも大優先で考えたイベント、その名も『まだ見ぬ君へ、本の贈り物です』だ。
このイベントは、「今の誰か」にではなく、「もしこんな状況の人がいたら贈りたい」本を想定して選ぶものだ。
一週間ごとにお題を出して、そのお題に沿った本を選んで貰う。
それを貼り出したり、コーナーを作ったりして盛り上がりたいのだ。
「楽しそうです!」
イベント概要を聞いたレンくんが、ぱぁっと顔を輝かせた。
ポスターを見入って、胸を高鳴らせている。
これは常設のイベントにしたいから、何度も参加することができる。
それも伝えると、レンくんはカウンターに身を乗り出した。
「いつから始まるんですか?」
「ま、まだ未定です」
その勢いに、思わずびっくりする。
レンくんのためにも、早くイベントを準備しないと。
私は、午後に向けて気合いを入れた。
*
「休みましょう」
「え?」
「だから、休みましょう」
午後もまた図書室についての作業をしようとしたとき、行く手をフィスロが阻んできたのが発端だった。
「なんでよ」
「働きすぎです。働き方改革が必要です」
「よくそんな言葉知ってるね……」
働き方改革って、こっちにもある言葉なのかな。
それとも、歴代の聖女がこっちに伝えたのかな。
まぁ、そんなことはどっちでもいい。
今は、この状況をなんとかしたい。
「降ろしてよ!」
「だめです! スイ様は休まないんですから!」
ただいま現在、フィスロに肩で担がれて聖女殿まで運ばれ中。
抵抗しようとしたけど、意外にも力がすごくて抜け出せない。
私は、半ば諦めモードだった。
「聖女様の体調管理も、補佐官の仕事ですから」
聖女殿に着き、私の部屋に入る。
寝室の1つ手前に部屋には、リンちゃんが目を丸くして佇んでいた。
「うわ、スイ様。いつから荷物に?」
「助けて、リンちゃん!」
そんな請いも虚しく、私はポーンッとソファに放られる。
「ちょっと、扱いが雑すぎ!」
「休んでいないのが悪いんです! 一緒にティータイムしますよっ!」
こうなったフィスロは止められない。
瞬く間に完成した、お茶会の用意。
これを飲んでのんびりしろ。そう言いたいのだろう。
でも、そんな場合じゃない。
早く図書室の整備がしたいのだ!
「夜なべしていたのは、どこの誰ですか!」
「だから、なんでそんな言葉知ってるのよ!?」
何はともあれ、昨日徹夜をしていたのは事実だ。
それをフィスロにバレていたのは大誤算だった。
「今日はゆっくりしましょう。ほら、きちんと休んだらこれあげますから」
「物でなんか釣られないからね……って、これは」
フィスロが差し出してきた本。
そんなものに釣られるか!
そうは思いつつも、視界に入ってきた本の表紙。
タイトルを見た瞬間、ぶわっと嬉しい感情が入ってきた。
「こ、これ! 魔法の基礎知識の本!」
魔法がある世界に来たからには、一度目を通したかったの!
フィスロ、よく分かっていらっしゃる!
「もう寝るね。おやすみ」
そうとなったら、私の行動は早い。
寝て休めば、その本が手に入るんでしょ?
だったら、喜んで寝てきます!
「単純ですね、スイ様」
「うるさい。フィスロも休んできて」
フィスロだって疲れてることくらい、知ってるんだから。
私に付き合って図書室の仕事してくれてるんだもん。
だから、今日は一緒に休もうね。




