街散策
今日は、聖女の仕事としての街の視察。
──というのは名目上で、ただのお出かけである。
「今日もおしゃれにしましょ!」
朝からリンちゃんは大張り切りだった。
聖女服ではない町娘のような服と、高く結い上げたポニーテール。
ポニーテールには、空色のリボンを留めてくれた。
「聖女先生、今日はデ……いや、視察なんですね」
いつもならフィスロも聖女殿にいるけど、今日は朝早く王宮へ行っていた。
そのため、城門でも待ち合わせだ。
聖女殿を出て、王宮の中庭を歩いていると、誰かに話しかけられた。
振り向くと、そこにはアーノルドの姿が。
「はい、視察に。あれ、デ……とは何です?」
「いえいえ、こちらの話です」
にこにこ笑顔の第二王子殿下。
何か含んでいるような笑顔は、やっぱりフィスロと似ているところがある。
「そう言えば、そろそろ補佐官殿が来ますよ」
アーノルドが言った。
その言葉の通り、王宮の方からフィスロがふらっと現れた。
少し襟足の長い銀髪を小さくまとめ、服装は騎士のようにも見える軽装。
聖女補佐官の服ではないけど、どこか気品が溢れていた。
「お待たせしました、スイ様。行きましょうか」
アーノルドに会釈をしたフィスロは、にこやかに微笑む。
この2人、並んで見るとけっこう似てるかも。
背丈はフィスロの方が上だけど、体格の良さは圧倒的にアーノルド。
兄弟だと言われても、まったく違和感はない。
むしろ、兄弟じゃないことに違和感があるくらい。
「では、行ってきますね」
アーノルドに手を振れば、彼は爽やかに手を振り返してくれた。
「お土産、待ってます!」
うん、こういうところも似てるね。
*
「おー、すごい」
街は、賑やかだった。
露店がいくつも並び、食べ物から雑貨まで何でも売っている。
商店街みたいなところは、店舗として店が出ている。
街を歩く人々はみんな笑顔で、平和だということを象徴しているみたいだった。
「これは、気分転換になるね」
「そうでしょう? 僕もよく来ていたんです」
フィスロの出自は知らない。
でも、身なりや仕草からして貴族だろう。
貴族は、こういった街にあまり来ない。
きっと、貴族としての責務が疲れたときに、こうして街にふらっと来ていたのだ。
「スイ様。何か行ってみたいところはありますか?」
立ち並ぶ店たちを眺めていると、フィスロが話しかけてきた。
どこか行きたいところかぁ。
それはもちろん、『あそこ』だよね。
「本屋さんに行こう!」
「いらっしゃい」
見つけた、小さな本屋。
扉を開ければ、ぶわりと本の香りが押し寄せてきた。
あぁ、懐かしい。
初めて古本屋に行ったときの香りがする。
立ち込める本の香りと、静かな店内。
本たちが音を吸い込んでいるみたいな居心地の良い静かさが、この本屋にも漂っていた。
奥のカウンターに座っているのは、眼鏡をかけたおじいさんだ。
私の姿を見ると、にこりと笑ってくれた。
「おや、聖女様じゃないか」
「ご存じでしたか」
「当たり前じゃよ。聖女祭のときは、王城広場の最前列を取るために、前日の夜から確保したんじゃからの」
なんと、びっくり。
この世界にも、ヲタクの場所取りが存在していた。
「生きているうちに聖女様の代替わりが見れるのは、光栄なことじゃ。おかげで、ほれ。これも買ってしまったよ」
見せてくれたのは、私の肖像画だった。
しょ、肖像画!
私が花びらを降らせたときの様子が、鮮やかに描かれていた。
うっ、恥ずかしい。
「そんな聖女様が魔法学園の図書室を整えているんだってね。ぜひ行ってみたいものだよ」
そう言って、店主さんは微笑んだ。
きっと本が大好きなんだろうな。
日本では、教育に関して地域と連携していくっていうものがある。
地域が学校教育に関わることで、継承していくべき文化や地域活性化を学習することができるのだ。
それを、こっちでも取り入れてみたいよね。
魔法学園だけど、魔法ばっかだと世界が狭くなっちゃうもん。
「ゆっくりして行きなさいな」
店主さんはにこりと笑うと、奥の整理をしてくると言って姿を消した。
店内には、私とフィスロだけ。
なら、思う存分楽しませてもらおう。
「ほどほどにしてくださいね」
「その基準が分からないから、とりあえず楽しむね」
フィスロを置いて、どんどん本屋の世界へ入っていく。
この本屋は、きちんとジャンルで分類分けがされていた。
作家順で並んでいたり、出版している機関によって分けられていたり。
その本の並び方で、店主さんの本好きが伝わってくるような本棚だった。
「選書が上手くいきそうです」
魔法に関する本や文学を見ていると、隣にいたフィスロが呟いた。
本を手に取って、じっと見つめている。
「何が人気なのか、どんな本が人気になるのか。それを想像しながら選ぶのは楽しいです」
「そうでしょ。その気持ちを引き出しているのが、この本棚たちだよ」
「本棚が?」
誰だって、目的の本を探しにくい本棚は嫌なものだ。
分かりやすく並んでいることで、すぐに見つけられること。
人気本のすぐ傍に、同じジャンルや同じ作家の本があること。
そうした配慮や工夫が、本を見つけたときの楽しさに繋がる。
綺麗な本棚には、何かの力が働くのだ。
「そういった観点で見たことがありませんでした。僕も本は好きなので、スイ様の図書室に合うような選書をしたいですね」
「いいね、いいね! その勢いだよ!」
「そんなに褒めてもらえると嬉しいねぇ」
会話を耳に挟んだらしい店主さんが、ふと戻ってきた。
近くの本棚に手を当てて、じっと見上げる。
「大手本屋には勝てないが、わしは自分の好きなように本屋を作りたくてね。客が入らなくても、自分さえ満足する本屋にしたんじゃ」
店主さんは、まるで自分の孫を見るような目つきだ。
優しい光が瞳に溢れていて、本が大好きだということを表しているようだった。
大手本屋って言ってたから、きっとこの国にはもっと大きな本屋があるはず。
その本屋は、きっとお客さんがたくさん入るのだろう。
それでも、この本屋は店主さんの想いを乗せて今も煌めいている。
「そうだ」
こんな素敵な本屋さんを、そのままにしておくのはもったいない。
地域と関わるということを、魔法学園の学校教育に取り入れたかったところ。
フィスロも気に入っていたことだし、ちょうどいい。
良いチャンスだ!
「店主さん。私の図書室に本を入れてくれませんか?」




