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街散策

 今日は、聖女の仕事としての街の視察。

 ──というのは名目上で、ただのお出かけである。


「今日もおしゃれにしましょ!」


 朝からリンちゃんは大張り切りだった。

 聖女服ではない町娘のような服と、高く結い上げたポニーテール。

 ポニーテールには、空色のリボンを留めてくれた。


「聖女先生、今日はデ……いや、視察なんですね」


 いつもならフィスロも聖女殿にいるけど、今日は朝早く王宮へ行っていた。

 そのため、城門でも待ち合わせだ。

 聖女殿を出て、王宮の中庭を歩いていると、誰かに話しかけられた。

 振り向くと、そこにはアーノルドの姿が。


「はい、視察に。あれ、デ……とは何です?」

「いえいえ、こちらの話です」


 にこにこ笑顔の第二王子殿下。

 何か含んでいるような笑顔は、やっぱりフィスロと似ているところがある。


「そう言えば、そろそろ補佐官殿が来ますよ」


 アーノルドが言った。

 その言葉の通り、王宮の方からフィスロがふらっと現れた。

 少し襟足の長い銀髪を小さくまとめ、服装は騎士のようにも見える軽装。

 聖女補佐官の服ではないけど、どこか気品が溢れていた。


「お待たせしました、スイ様。行きましょうか」


 アーノルドに会釈をしたフィスロは、にこやかに微笑む。

 この2人、並んで見るとけっこう似てるかも。

 背丈はフィスロの方が上だけど、体格の良さは圧倒的にアーノルド。

 兄弟だと言われても、まったく違和感はない。

 むしろ、兄弟じゃないことに違和感があるくらい。


「では、行ってきますね」


 アーノルドに手を振れば、彼は爽やかに手を振り返してくれた。


「お土産、待ってます!」


 うん、こういうところも似てるね。





「おー、すごい」


 街は、賑やかだった。

 露店がいくつも並び、食べ物から雑貨まで何でも売っている。

 商店街みたいなところは、店舗として店が出ている。

 街を歩く人々はみんな笑顔で、平和だということを象徴しているみたいだった。


「これは、気分転換になるね」

「そうでしょう? 僕もよく来ていたんです」


 フィスロの出自は知らない。

 でも、身なりや仕草からして貴族だろう。

 貴族は、こういった街にあまり来ない。

 きっと、貴族としての責務が疲れたときに、こうして街にふらっと来ていたのだ。


「スイ様。何か行ってみたいところはありますか?」


 立ち並ぶ店たちを眺めていると、フィスロが話しかけてきた。

 どこか行きたいところかぁ。

 それはもちろん、『あそこ』だよね。


「本屋さんに行こう!」




「いらっしゃい」


 見つけた、小さな本屋。

 扉を開ければ、ぶわりと本の香りが押し寄せてきた。

 

 あぁ、懐かしい。

 初めて古本屋に行ったときの香りがする。

 立ち込める本の香りと、静かな店内。

 本たちが音を吸い込んでいるみたいな居心地の良い静かさが、この本屋にも漂っていた。


 奥のカウンターに座っているのは、眼鏡をかけたおじいさんだ。

 私の姿を見ると、にこりと笑ってくれた。


「おや、聖女様じゃないか」

「ご存じでしたか」

「当たり前じゃよ。聖女祭のときは、王城広場の最前列を取るために、前日の夜から確保したんじゃからの」


 なんと、びっくり。

 この世界にも、ヲタクの場所取りが存在していた。


「生きているうちに聖女様の代替わりが見れるのは、光栄なことじゃ。おかげで、ほれ。これも買ってしまったよ」


 見せてくれたのは、私の肖像画だった。

 しょ、肖像画!

 私が花びらを降らせたときの様子が、鮮やかに描かれていた。

 うっ、恥ずかしい。


「そんな聖女様が魔法学園の図書室を整えているんだってね。ぜひ行ってみたいものだよ」


 そう言って、店主さんは微笑んだ。

 きっと本が大好きなんだろうな。


 日本では、教育に関して地域と連携していくっていうものがある。

 地域が学校教育に関わることで、継承していくべき文化や地域活性化を学習することができるのだ。

 それを、こっちでも取り入れてみたいよね。

 魔法学園だけど、魔法ばっかだと世界が狭くなっちゃうもん。


「ゆっくりして行きなさいな」


 店主さんはにこりと笑うと、奥の整理をしてくると言って姿を消した。

 店内には、私とフィスロだけ。

 なら、思う存分楽しませてもらおう。


「ほどほどにしてくださいね」

「その基準が分からないから、とりあえず楽しむね」


 フィスロを置いて、どんどん本屋の世界へ入っていく。

 この本屋は、きちんとジャンルで分類分けがされていた。

 作家順で並んでいたり、出版している機関によって分けられていたり。

 その本の並び方で、店主さんの本好きが伝わってくるような本棚だった。


「選書が上手くいきそうです」


 魔法に関する本や文学を見ていると、隣にいたフィスロが呟いた。

 本を手に取って、じっと見つめている。


「何が人気なのか、どんな本が人気になるのか。それを想像しながら選ぶのは楽しいです」

「そうでしょ。その気持ちを引き出しているのが、この本棚たちだよ」

「本棚が?」


 誰だって、目的の本を探しにくい本棚は嫌なものだ。

 分かりやすく並んでいることで、すぐに見つけられること。

 人気本のすぐ傍に、同じジャンルや同じ作家の本があること。

 そうした配慮や工夫が、本を見つけたときの楽しさに繋がる。

 綺麗な本棚には、何かの力が働くのだ。


「そういった観点で見たことがありませんでした。僕も本は好きなので、スイ様の図書室に合うような選書をしたいですね」

「いいね、いいね! その勢いだよ!」

「そんなに褒めてもらえると嬉しいねぇ」


 会話を耳に挟んだらしい店主さんが、ふと戻ってきた。

 近くの本棚に手を当てて、じっと見上げる。


「大手本屋には勝てないが、わしは自分の好きなように本屋を作りたくてね。客が入らなくても、自分さえ満足する本屋にしたんじゃ」


 店主さんは、まるで自分の孫を見るような目つきだ。

 優しい光が瞳に溢れていて、本が大好きだということを表しているようだった。


 大手本屋って言ってたから、きっとこの国にはもっと大きな本屋があるはず。

 その本屋は、きっとお客さんがたくさん入るのだろう。

 それでも、この本屋は店主さんの想いを乗せて今も煌めいている。


「そうだ」


 こんな素敵な本屋さんを、そのままにしておくのはもったいない。

 地域と関わるということを、魔法学園の学校教育に取り入れたかったところ。

 フィスロも気に入っていたことだし、ちょうどいい。

 良いチャンスだ!


「店主さん。私の図書室に本を入れてくれませんか?」


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