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翌朝。
いつの間にか床で寝ていた俺を起こしたのは、ノックの音だった。
コンコンときっかり二回その音が聞こえた後、扉が開く音がする。
こちらの事情などお構いなく扉を開ける相手は、恐らくシンスだろう。
「おはよう、時間だぞアオイ……お前! どうした!」
「ああ、おはよう。シンス」
「何があった! 昨日は確か晩餐の……ジニアス様に何かされたのか!」
慌てたように駆け寄ってくるシンス。
ほんとに、仲間想いのいいやつなんだよな、こいつは。
俺は安心させるために手を振って答える。
「大丈夫、階段で転んだだけだから」
「そんなわけないだろう! それにこの部屋も、一体何があったんだ!」
言いながら、清潔そうなハンカチを俺の傷だらけの手に当ててくれるシンス。
けれど、傷はもうパリパリに乾いた状態になっており、見るととても痛々しい状態だった。
というか、本当に結構痛い。
部屋も散々な状況だった。
ベッドのシーツは血まみれで、壁のいたるところに赤い拳の跡があり、床には血痕がそこかしこに点在している。
一体どこの殺人現場だという部屋だが、極めつけはスタイルミラーだろう。
撲殺された被害者よろしく、ボロボロの姿になって転がっている。
この場所が殺人現場だったなら、刑事は言うだろう。きっと犯人は壁の大穴から逃げ出したに違いないと。
そんな部屋の中にあって、シンスは何かを葛藤している様子だった。
「ヴェルザンディ家の専属治療魔法師は、ジニアス様の許可なく動く事はない。回復まで時間はかかってしまうが、セドナ様にお願いして回復薬を使用させていただこう。いくぞ、立てるか」
シンスは俺とジニアスの間に何かがあったと思っているのだろう。ジニアスの手を借りずに何とかする方法を模索してくれたようだ。
それと、部屋の様子についてもこれ以上踏み込まないようにしてくれている配慮を感じる。
普段は嫌味で小言が多い男という印象だが、こういう時、その優しさがにじみ出る。
ゲームの攻略キャラだったら結構人気のキャラになれたんじゃないだろうか。
ともあれ、ある程度は説明しておかないとな。
「シンス、ありがとう。けど、本当に心配しないでくれ。昨日自分の不甲斐なさに気付く事があってさ。それで、情けないけど物に当たってしまったんだ」
「……そうか。わかった。説明してくれてありがとう」
そういうシンスの目は、優しいものだった。彼はそのままの目で言葉を続ける。
「ただ、一つ誤解がある」
「誤解?」
俺が聞くと、シンスは恥ずかしそうに顔を背けた。
「俺は別に、心配などしていない」
なんかやたら可愛いぞこいつ! というかそれは異性にやってよ!
テンプレートのド直球って、意外とすごく効果ありそうだな。俺が女性だったら間違いなく好感度上がってる自信あるわ。
そんな事を思いながら、シンスに肩を借り、一旦部屋を後にする俺たちだった。
○○○
客室の一室に通された俺は、ミーシャとナタリアの質問攻めに合った。
質問というのは、定番の何かあったのか、というやつだ。
けれど、途中から変な方向に向かい、俺が誰かに虐められているんじゃないかとミーシャが言い出したり、そいつを今から殺しにいくとナタリアが部屋を出ようとして、俺がしがみついて止めたり、とても大変だった。
ともあれ、全員が落ち着いた頃合いで、シンスが言う。
「ミーシャ、ナタリア。すまないが包帯やお湯の準備を。俺はセドナ様を探して回復薬の使用許可を貰う」