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その後、俺は頑張った。
何を頑張ったかって? 頑張る事を頑張ったのさ。
まあ、あれだ。具体的に言うと、シンス先輩に付いてまわって部屋の掃除をし、夕餉の買い出しに行ったという感じだ。
意外な事にシンスはとても面倒見が良く、掃除の手順なんか、本当に手取り足取りという感じで教えてくれた。
わからない事を聞くと絶対に教えてくれるし、間違うと嫌味な事を言うが、結局最後まで面倒を見てくれる。
ゲームの中では大嫌いだったけど、こうして会ってみると実はめちゃくちゃいいやつなんじゃないかと思ってしまう。
俺って単純なんだろうか。
そんなこんなで仕事がひと段落した俺たちは、今使用人の休憩室でお茶をしているのである。
休憩室といっても、普通に来客者用の寝室にも使う部屋だそうで、窓際には見た感じだけでもふかふかなのが分かるベッドが置かれており、以前の世界でいえば、安宿に比べれば全然ましなくらいだ。
そして、昨晩俺の寝ていた部屋は休憩室以下である。
悲しい気分に浸る俺が淹れた紅茶を、シンスが勿体付けて一口飲んだ。
「ふむ、中々だな」
「いや、お湯を注いだだけっすよ」
「誰もお前の淹れ方の事は言っていない。茶葉の事だ」
「あ、そっすか」
俺たちが今飲んでいるのは、紅茶というやつなんだが、この世界に来る前、紅茶なんて殆ど飲んだ事ないし、茶葉の良し悪しなんてわからない。
けど、シンスがそう言うならそうなんだろうなあと思って俺も一口飲んでみる。
「意外と苦いんすね」
「そうだな。紅茶の茶葉は1年に4回摘む事ができるのだが、同じ品種でも、摘む時期によって味が変わるんだ。これは少し時期が遅いものだな、渋みが強い」
なるほどそうか、茶葉って葉っぱだから、一回取ってもまた生えてきて、何回か収穫できるものなのか。
それにしても、高校生くらいの歳に見えるのに色々知ってるんだなあ。
俺がカップから立ち上がる湯気ごしにシンスを見ていると、シンスは不機嫌な顔になった。
「なんだ」
「あ、いや、色々知っててすごいなと思いまして」
「……まあ、一応は必死に勉強しているつもりだからな」
そういって照れたように顔をそむけるシンス。
意外と可愛い奴だな。
そんな事を思いながら紅茶をひと啜り。収穫の時期云々をシンスから聞いて、遅い時期、つまり寒い中茶葉を摘む紅茶農家さん達の姿を思い浮かべながら飲むと、なんだかさっきよりも美味しい気がした。
そうして、俺の第二の人生は始まっていく。
ゲームのシナリオという敷かれたレールの上を、走り出したのだ。
それがつまりどういう事なのか。この時の俺は、そこまで深く考えていなかった。
○○○
──1ヶ月後──
「アオイくーん、荷物運ぶの手伝ってー」
「はーい!」
「アオイくんこっちもー」
「はいよろこんでー!」
女性の使用人に声をかけられて、せわしなく洗濯場を駆け回るのは、現在役職が見習い使用人の俺である。
以前裏庭にあった洗濯場は、セドナの洗濯物専用の場所だったらしい。さすがお嬢様、リッチだぜ。
住み込みの使用人や、客室のシーツなどの洗濯物は、離れに設置された洗濯場を使う様だ。
石で作った巨大なシンクのようなものがあって、地下水をそこに流して洗う感じである。
擦ったり叩いたりする洗う作業も重労働だが、脱水もきつい。
脱水はつるつるな石で出来たテーブルの上で、雑巾みたいに絞る。ただそれだけだ。いや、ほんとに握力がどうにかなっちまうかと思うくらい大変なんだよこれが。
ともあれ、俺はゲーマーである。そうやって仕事を覚えながらも、この世界について使用人の皆さんと雑談しながら情報を得てまとめてみた。
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この世界の情報その1。
やっぱり『誰が為の戦乙女』に転生してしまった! しかも若返った!
若返った事に気付いたのは、シンス、ナタリア、ミーシャが家具を色々くれて(因みにミーシャが開けた壁の穴は未だに修復できていない)、その中にスタイルミラーがあったからだ。
俺は、この世界に来る前は20歳だった。大学生2年生だ。
それが、どう見ても高校生っぽい感じに若返っているのだ。
俺なりに考察した結果を言うと、セドナやシンス達の年齢は揃って16歳らしいから、多分その年齢に合わせているのではなかろうか。
誰が何のためにという疑問は残るが、それは考えてもわからないだろう。
そして、この世界には魔法があり、文明水準は中世のフランスといったところ。
各地には魔物が生息しており、俺が居るガルドランド王国は各地と戦争を行っていたが、殆どが現在停戦中。混乱した国内の各貴族は、内乱を繰り返している。
ゲームのオープニングの説明ほとんどそのままの状況だった。
そして現在の暦はガルトランド王歴1199年。ゲームでは主人公が王立学院に通うところからスタートするのだが、その時の暦は1201年だった筈だ。
つまり、ゲームがスタートする2年前だと推察される。
ゲーム内でシンス、ナタリア、ミーシャの年齢は公開されていなかったが、セドナは確か18歳だったと思うから、今彼女が16歳だという事実は辻褄は合う。
この世界の情報その2。
確認はできないが、成長システムやアイテム情報はゲームそのもの!
シンス達から聞いた話がメインになるが、魔物を倒していると、突然実力が上がったように感じる事があるそうだ。
それは大きな違いではないから気付きにくいが、確かにそういった瞬間が存在するという事。
つまり、それはゲームにおけるレベルアップの瞬間ではないだろうか。
また、武器によっては持っているだけで身体能力が強化されたり、特別な能力が身に着く事があるそうだ。
つまり、この世界の武器防具、装飾品にはゲーム内でも存在した様々な効果が付与されている事があるという事。
レベルを上げる事も重要だが、こういったアイテムをうまく活用する事が肝要だろう。
因みに、鑑定のスキルはゲーム内にもなかったが、この世界にも存在しない。だからレベルもアイテムの特殊効果も「なんとなくそんな気がする」レベルの情報でしかない。
しかし! 異世界で基本となっている鑑定は本当に存在しないのか!? 存在する可能性を秘めたアイテムがある!
それは、ある遺跡で見つかるボスドロップのアイテム、「見定める眼鏡」である。
ゲーム内では何の特殊効果もなく、単にプレゼントして好感度を上げるだけのアイテムだったが、名前が怪しすぎる。
ボスドロップのアイテムは、基本的に戦闘に役立つものばかりなのに、これだけプレゼントでしか使えないアイテムだったのでずっと引っかりを覚えていたが、そういう隠し効果の要素があるんじゃないだろうか。
折をを見て、何とか取得しに行きたいところだ。
この世界の情報その3。
悪役令嬢、セドナ・ヴェルザンディの一派も一枚岩ではない?
まずはゲーム通りの情報から。
悪役令嬢、セドナの父であるジニアス・ヴェルザンディ侯爵。彼は王族への忠誠が高く、品行方正な人格者であるらしい。
らしい、という言い方は、実は会った事がないからだ。広い屋敷特有のものなのか、それとも使用人見習いがおいそれと顔を合わす事のないようにされているのかわからないが、どうやれば会えるのかも分からない。そして実際の性格もよく知らない。
ゲームでは後半に少し出てくるが、セリフは殆どなかった。
けれど、重要なキャラではあった。娘であるセドナが彼と対立し、兵を起こして戦争をしかけるのだ。
主人公たちはジニアスの窮地に救援に向かうのだが、助ける事はできない。どういうプレイをしても、彼はストーリー上死ぬ事になるのだ。
そう、悪役令嬢セドナは父親を殺害するのである。
理由はゲームでも語られていなかったからわからない。どうせ権力が欲しかったとかそういう理由ではないだろうか。悪役令嬢だし。
そしてそれを皮切りに戦火は広がり、やがてセドナは王族すらも害するのだが。
ともあれ、現在の所はセドナに部下は殆どいない。
セドナの専属使用人であるシンス、ナタリア、ミーシャの3人と、専属使用人候補の俺、計4人だけだ。
そしてそのシンス、ナタリア、ミーシャだが。ゲームでは会話パートなんてなくて、ただの敵だったのだが、接してみるとものすごくいい奴らだった。
シンスは本当に面倒見がいいし、俺がちょっと疲れた素振りをみせると、すぐに「大丈夫か」と気遣ってくれる。
ナタリアも、とっつきにくいが、中身はイイヤツだ。とっつきにくい原因も、生まれがこことは異なる文化の部族出身らしくて、文化が違うから会話で正しく気持ちを伝えるのが苦手なんだとか。ちょっとツンデレっぽい。
ミーシャは心優しい愛される人間って感じで、蜘蛛は苦手だが、おおよそほとんどの生物や植物を愛している。いつもにこにこ笑顔で、これがギャルゲーならヒロイン確定だろう。
この4人のおかげで、何もなかった俺の部屋に家具とか調度品とかいろいろと増えてきたし、どうして悪役令嬢の部下なんてやってるんだろうと思う。
俺と同じように、拾われてきて仕方なく仕えてるのかなと思って質問をしてみたのだが。
Q:あなたは他の仕事をやってみたいと思いませんか?
シンス:「お断りだ」
ナタリア:「考えた事がない」
ミーシャ:「そんな事よりも、頂いたクッキーを一緒に食べませんか?」
Q:セドナに対して不満はありますか?
シンス:「ある訳がない」
ナタリア:「ない」
ミーシャ:「どうしてそんな事を聞くんですか? 何か嫌な事でもありましたか?」
Q:この先、セドナと一緒にいると貴方は死んでしまう運命だとしたら、どうしますか?
シンス:「それでも一緒にいるだろう」
ナタリア:「別にどうもしない」
ミーシャ:「死ぬ? 別に構いませんよ、セドナ様が無事なら。そんな事より(以下略)」
なにこの忠誠度! 一部あんまり話聞いてくれてない人もいるけど、とても忠誠が高い!
でも、確かにセドナがゲームと異なる人間だったなら、そういう事もあるかもしれないと思って調べたんだけど、彼ら以外からの評判は凄く悪い。
なんでも、ヴェルザンディ家に代々仕える由緒ある人たちをわがままな理由で解雇して路頭に迷わせたとか。
後は散財が凄いらしい。今この国は戦争が続いたせいで疲弊しており、民は貧しく、食べるのにも困っている人間が多いというのに、服は絶対に袖を通す事もないようなものまで買ったり、食べ物もやれ海外の菓子だなんだと散財の限りを尽くしているらしい。
それも、大体が他国からの輸入品ばかりに散財するため、国家を愛する人間達からは特に、他国に魂を売ったんじゃないだろうかという噂までたつ始末。
これが「らしい」とか、「噂」だとかに留まるのは、俺がまだ専属使用人になっていないので、中々会えないから本人に確認できなくて確証はないのだが、火の無い所に噂はたたないと言うし、散財については実際シンス達が購入して運んでいるのを見た事がある。
そして、そんな情報から一つの結論が生まれる。
この世界の情報その4。
つまり、このままセドナの使用人になったら俺は死ぬ!
そう、つまりこれは『誰が為の戦乙女』のゲーム通りなのだ。
シンス達の性格には驚いたが、それはゲームに描かれていない部分が見えているに過ぎない。
ゲームでの最終ステージは、全員を倒さないとセドナのもとに辿り着けないマップ構成になっていた。
悪役令嬢の一派は、もれなく全員が戦死するのだ。
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という情報を集めているが、やっぱり鍵はセドナだろう。
当主のジニアスもそうだが、セドナにも本当に中々会えない。
けど、ここ一週間、夕刻の決まった時間にセドナは裏庭の一角にいるのだ。
何故かって? ふふん、それは行ってのお楽しみである。面白いものが見れるぞ。
そういう訳で、俺は裏庭の一角に向かった。