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薄暗い部屋。その部屋の光源はPCラックに据えられたモニタの明かりのみだった。
デスクには口の空いたエナジードリンクが乱雑に並べられており、どれに中身が残っているのか一見しただけではわからないだろう。
薄暗いだけではない、その部屋はおよそ空調というものを動作させておらず、あるとすればPCの排熱のみで暖をとっている次第であるため、雨と風は凌げるが、冬の寒波は室温をうすら寒い状態にしていた。
などと、ノベルゲーム風に部屋を表してみたが、有体にいうと俺は今廃人ライフを送っている。
大学の冬休みを利用して、とあるゲームのパーフェクトクリアを目指しているのだ。
そう、いまや伝説となったパーフェクトクリアが不可能とされているクソゲー、『誰が為の戦乙女』である!
俺はエナジードリンクのストックからもう一本取り出し、豪快に一気飲みをして改めてPCに向かった。
『誰が為の戦乙女』は乙女ゲーである。だから、メインは攻略対象の男性と仲良くなってエンドを迎える事が目的なのだ。
王立学園に入学した主人公を操って、基本的にはアドベンチャーパートと戦闘パートを繰り返して、ゲーム内で3年経過したらエンディングになるのである。
このゲームがクソゲーと呼ばれる理由その1。
戦闘パートがクソほど難しい。
戦略ゲームの名門と言われた制作会社が作ったゲームだけあって、戦闘パートはRTSである。
刻一刻と戦況が変化する中、各ユニットに的確な指示を出さなくてはならない。
しかも無駄に作り込まれていて、このゲームの戦闘では、ユニットにはまずリーダー1人、メンバー4人の合計5人を編成する。
そうすると、リーダーのパラメータを元にメンバーの能力値でパラメータに補正がかかる。
更には、その5名の特性によって集められる兵種と兵数が決まり、1ユニットに最大で105人までの部隊として編制できるのだ。
そしてステージによっては10ユニット以上をリアルタイムで操らなければならない。俺は何度も脳が焼き切れるかと思った。
しかも、魔物が敵として出てくる事があるのだが、これが鬼ほど強い。
人間の兵士がサクサク死んでいく。まじ鬼畜。
このゲームがクソゲーと呼ばれる理由その2。
無駄にリアルな部隊管理。
このゲームの戦闘でキャラクターが倒されたら、運が悪いとそのキャラクターはその後二度と出てこない。
負傷になる事もあるが、殆どの場合戦死となるのだ。
それは攻略対象であっても例外じゃない。
つまり、攻略対象が全員戦死してエンディングを迎える事もあるのだ。
育てていたキャラクターが倒された時、頼むから負傷であってくれと神に何度祈った事か。
因みに、祈りが届いた事はほぼ無い。
さらに! 装備も主人公以外は自由にはさせてくれない!
アドベンチャーパートで贈り物として装備を渡したりするのだが、それを装備してくれるとは限らないという鬼畜っぷり!
なんかいつの間にか装備が変わっているなんて事もよくある。状態異常山盛りの武器を渡していたキャラクターが、いつの間にか攻撃力は高いがそれだけという武器に持ち替えていた時は、取り敢えずPCのモニターごしにぶん殴りそうになった。
このゲームがクソゲーと呼ばれる理由その3。
エンディングの数が確認されているだけでも90以上ある!
しかもセーブがオートセーブのみだしチャプターセレクトもない!
信じられるか!? 誰もが匙を投げそうだ! 俺も何度かマウスを投げた!
ゲーム内実績に『トゥルーエンド到達』という実績があって、この実績を解除した人間はいない。
全てのエンディングを見れば最後にトゥルーエンドの道が開けるのでは? という噂があるが、これも本当かどうか分からない。
因みに俺は今、98通りのエンディングをクリアしていて、今挑戦しているのが99個目のエンディングだ。
同じ選択肢を選んでも、その時の友好度や状況によっては違った展開になるので完璧なルート管理が必要になる。
エンディングそのものは大きく10通りで、他は多少セリフが違ったりくらいの違いしかないから、モチベーションも上がらない。
そして、最大の難関なのだが……。
このゲームがクソゲーと呼ばれる理由その4。
ラスボスの悪役令嬢が鬼畜な程に強い。
乙女ゲームにありがちな悪役令嬢キャラがこのゲームにも存在する。
このゲームのラストは、どのルートでもその悪役令嬢キャラが国家を乗っ取り、それを倒す事でエンディングになる。
この悪役令嬢がハイスペックというか、めっちゃ強い。
というか、今までどこに居たんだってくらい出番のなかった悪役令嬢の味方をする人物達の能力もやたら高い。
そして悪役令嬢の使用人たちは最早一人一人がラスボス級の強さだ。なんだよメイドで暗殺術スキルがMaxとか。
つまり、このラスボスと戦うにあたって、プレイヤーがそれまでの行動で得た戦力次第では詰みに近い状態になる。
「いよっしゃああああああああああ!」
俺の奇声が部屋に響いた。
いや、許してほしい、ようく最難関のラスボス、悪役令嬢セドナ・ヴェルザンディを撃破したのである。
後はパターンの決まった会話を聞いて、エンディングを確認するだけか。
本当にこの悪役令嬢はトラウマだ。主人公のアルティナは優しくて天使みたいな人間なのに、セドナは嫌がらせで主人公たちを死地に追いやったり、政策でも奴隷制度を提案してたり、マジで悪女ってこういう奴の事をいうんだろうな。
「ゴホ! ゲホ! ううー、やべえくらい寒い……」
俺は寒気を覚えて身震いする。そういえばこの部屋寒い。というか、体が怠い。
そう言えばここ何日かメシも食ってないなあ。
そんな事を思いながら、俺の視界に瞼の帳が降りそうになる。
ああ、まだエンディング確認してないし、寝ちゃだめだ……。
そんな俺の想いとは裏腹に、倦怠感と寒気が体を覆い、眠気が最大限に増していく。
PCは、オートで流している悪役令嬢の声が続いていた。
「……これでようやく、私も役目を終える事が出来ますわね。ああ、せいせいしますわ。こんな世界……こんな……」
あれ? こんなセリフ今まであったかな。99個目のエンディングでは、意外とセドナのセリフが変更になってる感じなのか?
朦朧とする意識の中、セドナの涙に濡れた様な声が聞こえてくる。
「こんな世界ですが、私は愛していました。民も、あなたも。だから、どうか立ち止まらないでください。幸せを諦めないでください。そのために死ねるのなら、私は幸せです」
眠気に抗い、なんとかゲームの画面を見ようとしたが、画面の下の方しか見えなかった。
だが、気になる通知が視界に入る。
『隠し実績:「トゥルーエンドへの道」が解除されました』
俺はデスクに頭をぶつけたのか、ごん、という音を立てて意識が闇に飲まれるのを感じていた。
最後の意識の中で、セドナのセリフが頭の中に反芻していた。
「私を殺してくれて、本当にありがとう」
○○○
寒い。悪寒が消えない。
俺はあのまま眠ってしまったのだろうか、体が異常な程に重い。
というか、俺は床で寝てしまったのだろうか、体の下は冷たくて硬い床のようで、関節がとにかく痛い。
あと、なんだ、寒いだけじゃない、冷たい?
ようやく瞼を開いた俺の視界に飛び込んできたのは、嵐のように降る雨と、石畳だった。
え? え? と意味もなく心の中で疑問符を何度も繰り返し、怠い体を引きずる様に体を起こし、丁度背中のあたりにあった壁に寄りかかって座った。
いつの間に外に出たんだろう。いや、そんな事よりもここはどこなんだ。
雨だからというだけでなく、恐らく日が落ちているのだろう。
まばらな街灯で照らされた視界には、見た事もない石造りの家が見える。
見渡すと、まるでゲームや物語などの中世の街並みの様だ。
俺は、死んだのだろうか。それとも夢? だとしたらこのリアルな感覚は一体なんだろう。
悪寒と怠さのせいで動けない俺の耳に、石畳を叩く音が聞こえてくる。
それは目の前で止まった。
豪華な馬車。馬車なんて見た事がないから、それが果たしてどれくらい豪華なものなのかは分からないが、なんとなく豪華な馬車と言えばこんな感じだろうという物が眼前でとまる。
ヒヒンと、馬の音が聞こえ、馬車の扉が開く。
そこに居た人物の姿に、俺は目を見開いた。
「この雨の中、そんな所で寝ていると、死にますわよ?」
楽し気な声。この声も聞いた覚えがある。
それこそ、何度も、何度も。嫌になるくらいに。
「そうだ、ここで死ぬくらいなら──」
言って、その女は雨に濡れる事も厭わず馬車を降り、こちらに手を伸ばした。
「私のものになりなさいな」
それは、『誰が為の戦乙女』の最強のラスボス、悪役令嬢セドナ・ヴェルザンディその人だった。
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