宇治田原不知/登下校班
ファンタジー作品おなじみの”パーティを組む”回です。登下校班って、ある意味冒険者パーティよね。
この国、ひいては全世界を騒がす怪異という存在。
それがいつから登場し、実害が出てきたのか。人がいかに立ち向かい、抗い、生き残ってきたのか。それが当時の政治に、文化に、宗教に、教育にどのくらい影響したのか。歴史を文献的に紐解き、現代の怪異の事象に応用しようと研究している人がいらっしゃいます。彼ら彼女らは、その学問を”怪異人類学”と呼んでいらっしゃいます。
日本においての最先端は京都の大学の先生で、先日、市民公開講座を設けていらっしゃいました。無料ですし、生活するにおいて常に横にいる存在ですから、勉強するのにちょうど良い機会を得たのでした。
その先生曰く、日本においての怪異の始まり、つまり最初の怪異は、鎌倉時代の文献に載っているとのこと。もちろん、その前から怪異はいたし、牙を剥いていたはずですが、本日においても牙を剥き続けているものとして、記録があるものを演題に挙げておりました。
それは1羽の雀の怪異で、現在の怪異の事象の広がり、ひいてはその対抗する神話的システム構築に寄与したと述べておられました。
記録にはこうあるのだそうです。
1羽の傷ついた雀を心優しい老婆が手当てしたところ、元気になった雀が、瓜の種を持ってきた。老婆がそれを畑に植えたところ、とても大きな瓜がなった。その瓜を割ってみると、中には米が詰まっており、軒につるしても枯れず、備蓄米として村の飢饉の備えになった、というお話でした。
ここまでならば良い話ですが、そこで終わらなかったのです。
村で立場を得た心優しい老婆に嫉妬する者がおり、同様に雀に恩を着せ、自身の立場を確立しようとしたのだそうです。しかし、傷ついた雀などはいない。そこで、愚か者が思いついたのは、マッチポンプよろしく怪我をさせた雀に「治ったら私に富を持ってこい。さもなくばここで羽を石で打ち、殺してやる」と言い、1羽を実際に殺したのを見せ、数羽を脅しながら世話をしたことだったのでした。
治った雀たちは、心優しい老婆の時と同様に瓜の種を愚か者に持ってきたのでした。愚か者は、それを自身の畑に植えてました。種は夜のうちに芽を出し、蔓を伸ばし、あっという間に愚か者の住む家に絡みついたのでした。蔓は家を締め付け、愚か者が戸を開けられないようにしたのでした。そして、生った実が割れ、中から蟲やら鬼やら飛び出し、愚か者に襲い掛かったのだそうです。怪物は愚か者を食い散らかした後、村へと散っていきました。
一方で心優しい老婆の元には、武士や僧侶、猟師などが集まっておりました。米が税として納められ、食料としても用いられていた時代です。老婆の家には米を生み出し続ける瓜があるため、米の詰まった瓜の畑を守るため集まっていたのでした。そこに怪物たちが襲いかかってきたのです。
彼らは瓜が生み出し続ける怪物を倒しながら、数月かけて結界を築いたと言われています。後にその結界は、禁足地となり、現在の”宇治田原不知”になったといわれています。
この時に、老婆の家ではなく、村の外に向かった蟲や鬼が、向かった土地の伝承を吸い、姿かたち、特性を変え、人を襲うことに定向進化したものが、今日の”怪異”なのだそうです。
800年経った今でも"宇治田原不知”は、攻略されていない魔境として登録されており、その規模は徐々に大きくなっているのだそうです。
封じ込めや、対応を間違えた小さな怪異が、今日の怪異の源になっているという学説は、海外でも主流になっているそうです。「怪異を0にすることはできないが、人は怪異を恐れず生きていける」というスローガンを各国の怪異人類学者は掲げ、怪異との生存戦争を優位に進めるため、日夜努力をしているとのことでした。
講演会の終わりに「京都にはラストダンジョンがあります。一緒に、この脅威を解き明かそうという前途有望な若人は、是非に私の教室の戸を叩いていただきたい」とおっしゃられておりました。
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立派な先生の、志の高い高説を思い出しながら、一方で、自分自身を振り返るわけでございます。
大きな怪異としては、”怪獣”と呼ばれるような怪物が、都市に被害を出すことがあります。有名なのは1954年に品川埠頭から上陸したもので、大災害として歴史の教科書にも載っている程でした(最終的には、官民学が総力を結集し、撃退に成功した、と書いてありました)。そのような半分神話めいたものを前に、私のような小市民は何もできません。
もちろん、"宇治田原不知”を攻略しようなどという冒険者じみた行動も私には無理です。
では私は何をするのか。私は、小学生。身の程を弁えてございます。
怪異が時折出現する世の中。子どもの単独行動には危険が付きまといます。そのための集団的自衛権の行使、つまりは登下校班が組織されました。6年生をリーダーとして構成された小組織。その中で5年生は副リーダーを務めます。今年からは、私がその役割を担うのです。
そのために欠かせないのは、自分の役割の把握と、出来ることをするための事前準備です。
「わぁ。銃だ!すごいね」と6年生のお姉さんが私の銃を褒めてくれます。彼女は、私が小学校にあがった時から私と一緒に登校してくれるお姉さんです。「私のギフトじゃあ怪異は倒せないからね。ちょっとだけ安全性が上がったね」とのたまうおねえさ。
「いえ。怪異が出たら、大人に知らせるのは変わりません。念のためです」そう言って私は、安全装置がきちんとかかっていることとヤギおじさんからもらった銃弾があることを確認しました。
「何もできないのと、何か出来る、の差は大きいのよ、莉玖ちゃん」そういうと少しだけお姉さんはしょんぼりとした顔をしました。しかし、私はお姉さんの実績は私が1番知っています。かれこれ5年間も一緒に登校しているのです。彼女の破格な能力は、決してしょんぼりする必要のないものです。
「お姉さんのお友達は、大変お強い方でいらっしゃいます。その方と縁があり、お姉さんは、町の中のどこに怪異がいるのか分かるのです。決して何もできない方ではありません」私はそう言います。卑下するなんてとんでもない。
「そうかな、えへへ」とお姉さんは笑います。
そして、手書きの町内の地図を広げ、理科の授業の時に配られた”正座早見表”を重ねました。そして7つおはじきを置いて目をつぶります。
『ーーー妙見さま、妙見さま。遠いお空の天辺から、私たちの行く手を遮る危ないものが見えますか?なんでも見える妙見さま。危ないものはどこですか?お空の真ん中がここならば、どこが危ないか教えてくださいーーー』
呪文を唱えた後、お姉さんは正座早見表をシュッとどけました。そうすると、7つのおはじきがコロコロと地図の上を動き回ります。
コロコロコロコロ。舞うように地図の上を移動していたおはじきたちでしたが、しばらく踊りを踊った後、地図の上から全部こぼれていったのでした。
「妙見さま、ありがとうございました」そう言って、星座早見表にお辞儀をするお姉さん。しばらく頭を下げた後、元に戻し、ランドセルに地図やおはじき、星座早見表をしまいます。
「今日も通学路に怪異はいませんね。安心して通学しましょう。じゃあみんな、1列になってね。怪異はいなくても車とかは怖いからちゃんと交通ルールを守って学校に行きましょう」
「はーい」と私を含め、数人の班メンバーが返事をします。さあ学校に向けて出発進行です。
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莉玖 10歳
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**狙ったものに当てやすいが、1日に6発しか撃てない
ヒロインちゃんの登場です。