タイミングって大事だよね、本当にさ。
「私、演劇部を辞めます。今日をもって退部します。」
年に一度しかない『秋の演劇大会(地区予選)』を3日後に控え、士気が絶賛爆上がり中の成宮中央高校演劇部の空気が一気に冷え込んだ。
高らかに退部宣言をしたのは、2年生の水沢愛梨だった。
「止めないで下さい。もう、私の気持ちは変わりません。私のワガママなのは重々承知です。この時期に辞めるのは…ほんと、本当に…ごめっ、ごめんな、さい…。」
自慢の瞳を潤ませ、声を詰まらせながらも、愛梨は揺るがぬ決意を表明した。
またか…。
通算3回目、同じ2年生だけの中で宣言したものも合わせると5回目の退部宣言。
さすがにうんざり感は否めない。
しかも、よりによって今…。
愛梨は確か、舞台監督。
配役にはついていないけど、かなり重要な役割。
本番の舞台が時間通り進んでいるか、トラブルがないかを確認する仕事を担っていた。
今回はほぼ全員役についているから、代わりに出来る部員なんて居ない訳で。
愛梨と同じ学年の私…吉井陽菜は、思わず部長の村野祐希に視線を向けた。
みんなの視線が祐希に集まり、仕方なしに祐希が問いかけた。
「愛梨。とりあえず、理由を聞いても良い?」
「うん…、話せる範囲で良ければ。」
話せる範囲ってなに⁉
うんざり感を隠しつつ、愛梨の理由ってやつに部員全員が耳を傾けた。
「辞めたい理由は、個人的なことだから、ここでは話せない。そこはほんと、ごめんなさい!大会の3日前で、大切な時期っていうことはよくわかってるんだけど…私のワガママを聞いてください!!」
…………。
理由になってないし、ちっともよくわからない。
何でも話し合って決めている我が部としては、話し合っていくしかないんだけど…。
いつもは、発言の後に必ず発言者以外全員が『はい!』と声を出すことがルールだが、誰も返事をすることが出来なかった。
今じゃないだろ!と声を大にして言いたい。
2年生達が茫然としている中、1年生が口火を切った。
「愛梨先輩は、理由を言えない程に辛いのかなって思いました。」
『はい!』
「なんか、愛梨先輩の辛さに気付けない自分が嫌になりました。」
『はい!』
他の1年生も先程の後輩の後に続いた。
「私も同じで、愛梨先輩の辛さに少しでも早く気付いてあげられればと思いました。」
『はい!』
大抵こうなると、各自が前の人の意見を参考に持論を述べる。
「私もみんなと同じで、もっとよく周りを気にしておけば良かったと思います。」
『はい!』
それぞれが発言をしていると、だんだん感極まって涙声や、鼻水の啜る音が教室に響いてきた。
カオスになりつつある場をどうしたもんかと、黙っていた2年生達が祐希を見た時だった。
「愛梨先輩が、こんなに辛い思いをしてるのなら、…私は愛梨先輩を…笑顔で送り出そうと思います!」
眼にいっぱい涙を溜めて、今にも零れ落ちそうなのを耐えながら、1年生の一人が言い出した。
「私も、この時期に言いたいほど辛かったのかと思うと、愛梨先輩のことを笑顔で送り出したいと思います。」
『はい!』
「愛梨先輩、演劇部を退部しても頑張ってください。」
『はい!』
「私、愛梨先輩と演劇出来て良かったです。退部しても頑張ってください。」
『はい!』
「えっ、あ、…あのね。みんな、落ち着いて。」
愛梨が慌てて割り込んできた。
そう。
いつもなら、『愛梨先輩、辞めないで下さい!!』と泣きながら部員たちが引き止めるのだ。
いつもなら…。
さすがに3回目となると、いつもの流れも変わるもの。
様子をみていた2年生とは違い、1年生はあっさりと愛梨を送り出す方向に舵を切り替えたようだった。
まあ、大会前だし…そんなことに時間を取られたくないのだろう。
下校時間は迫っているうえに、最終打ち合わせや話したいこととか沢山あるのだ。
「愛梨、本当に今までお疲れ様。この時期に退部なんて本当に驚いたけど、私達は笑顔で送り出すよ。」
部長の祐希の言葉は、誰よりも重みがあるように感じる。
『はい!』
「今まで一緒に演劇ができて、良かったよ。」
『はい!』
「退部した後も、頑張ってね。」
『はい!』
他の2年生からも、送り出す優しい言葉が出始めた。
「あっ、でも!でも…私のやってる舞台監督は、誰もやる人いないじゃん。」
突然の愛梨の発言に、みんなが顔を見合わせた。
口々に、「愛梨がいないとだめ?」、「愛梨先輩に、もう少し頑張ってもらうしかないのかな。」と言い始めた時だった。
顧問の三浦誠先生が口を開いた。
「愛梨の担っていた舞台監督は、俺がやるよ。それで問題解決かな?」
「えっ?」
愛梨の驚きの声は、他の部員の賞賛の声にかき消された。
「先生、お願いします!」
「先生、マジ神ぃ!」
みんなが顔を見合わせて喜んでいたが、心配の声も出た。
「でも、先生は音響じゃ…。」
『あっ…』
愛梨以外の部員がやっぱり駄目かと思った瞬間だった。
そう、ほぼ全員が役についたため、音響を誠先生にお願いすると言う裏技に出ていたのだ。役についているわけではないので、違反ではないとされている。
「正面から全体を見ておきたいし、本ベル(本番前に鳴らすベル)までインカム(無線機)で現場監督の理と連携すれば大丈夫じゃないか。なぁ、理。」
2年生の数少ない男子部員の田嶋理に向かって、誠先生はニヤリとした顔を向けた。
「本番中はみんなで舞台の流れを見てるから、大丈夫だと思いますよ。」
そして、理もニヤリと笑みを返していた。
『愛梨先輩、今までありがとうございました!お疲れ様でした。』
こうして、通算3回目の退部宣言をした愛理は無事(!?)、演劇部を退部することができた。
「演劇部は辞めるけど、何か手伝えることがあったら言ってね。いつでも駆けつけるから!」
追い立てられるかのように、愛理は演劇部を後にした。
愛理のいなくなった我が演劇部は、急いで打合せや話し合いを行い、秋の大会に向けてラストスパートをかけたのだった。
「ほんっと、愛梨のワガ『みんなが私を見るから、どうしようかと思ったよ〜。』」
他の2年生から愛梨に対する不満が出る前に、部長の佑希が割り込んだ。苦笑いしながら、この話はもう終わりだと言わんばかりに。
「よし!佑希、気合い入れてこー!」
私は佑希に成宮中央高校演劇部…略して成中演劇部恒例の気合い入れをお願いした。
第2講義室の真ん中で、総勢48名の円陣が組まれた。
「成中演劇部〜、行くぞぉぉぉ〜!!」
『はい!!!!!』
憂いを晴らすかのように、私達の盛大な気合いは夕暮れの校舎に響いた。
「うるせぇーぞー、演劇部。」
廊下側の窓を見ると、歩きながら注意してくる吹奏楽部顧問の宮田先生が見えた。
「気合が入ってると言って下さい!」
「その熱い気合は、次の期末テストでも発揮してくれ。期待してるぞ、吉井。」
「先生…私、書道クラスなんで。音楽クラスの宮田先生に熱意が見せられなくて、残念ですぅ。」
イジワルくニヤッとした宮田先生を軽くかわした、と思った。
「よし!書道クラスの田口先生によく伝えておくからな。吉井はやる気に満ち溢れて、壮大な書を書く気です!ってな。」
私を見た宮田先生はものすご〜くニヤニヤしながら、三浦先生に声をかけ通り過ぎていった。
…宮田先生には勝てる気がしない。
そんな、賑やかな大会3日前。
愛梨が急に退部したことなんて、あっという間に忘れ去られていった。
まぁ、なんたって3回目の退部宣言だったし。大会前だったし。
「大会なんてあっという間だったな。」
「そうだね。ちょっと気が抜けちゃうね。」
「ねー!」
部活の集まりの場である、第2講義室には、私と部長の祐希、理と数少ない2年生男子部員その2の雅也が机に頬杖付きながらダラダラしていた。
私達は大会が終わり、中間テスト前の部活停止週間に入っていた。いつもの癖で、祐希となんとなく第2講義室に立ち寄ったら、理と雅也もやってきた。
帰らなければ母親に怒られると分かっているのに、テスト範囲を確認すると言う言い訳のもと、おしゃべりに花が咲く。
もっぱら、部活の今後についてだけど。
我が成中演劇部(成宮中央高校演劇部)は、地区予選を見事一位で突破し、県大会への切符を手にいれていたのだ。そして、定期考査後に『秋の演劇大会(県大会)』が控えていた。
「愛梨が辞めたけど、大会は何とかなったね。」
「そうだなぁ~。本番はトラブルもなく時間通りにできたし、何より笑いを一番取れたよな。」
「それな!」
「笑いの腕、マジで磨いたよー!」
「私がなぁに?」
急に廊下側の窓が開き、愛梨が顔を出した。
渦中の愛梨の登場に、一瞬4人がギョッとしたが何事もなかったかのように声をかける。
「あ、愛梨は、あれから何か部活に入部したの?」
誤魔化すかのように、私は愛梨に話をふった。
成宮中央高校は、部活の入部が必須だ。
「え〜、入ったよ。茶道部に。」
…帰宅部御用達の部活。幽霊部員が多すぎで、一時期入部制限の指導が入った部活だ。
そして、活動場所が第2講義室の隣にある茶道室。
理に分かりやすい好意を示している愛梨は、すぐに講義室に入ってくると早速、理の隣に腰をおろした。
「演劇部、地区予選1位だったんでしょ。次は県大会だね。」
「そう!今年こそ、関東大会に出る!!」
「そうだな。俺等の代で、長年の関東大会出場を果たしたいよな。」
「今回の『職員室を開けたと思ったらアリスになってたので、やたらめったら不思議な国でウサギを追いかけ回した件について』は、気合いが違うよね!」
大会の興奮冷めやらぬ私たちに、愛梨は思いもよらぬ言葉を言ってきた。
「……やっぱり私がいないと大変なんじゃない?」
4人が驚いて愛梨を見ると、両手を胸の前で組みながら小首を傾げた。
「ほら、県大会は会場が大きいし、舞台監督がいないと大変じゃない?」
「えっ、でも県大会は平日だし部外者は公休にならないよ。ただの欠席になる訳だし、無理よ。」
祐希が呆れ顔で返した。
「それなら、わたし復部するよ!退部したのは先日だし、演出とか大きく変わってないでしょ。大丈夫!それに、遥花も辞めて居ないしさ、問題ないよ。」
「は?」
頭が、愛梨の言っている言葉の意味を拒んでいるようだった。
嬉しそうに話す愛梨の顔を4人の瞳が見つめた。
…そう。愛梨が退部したあと、同じ2年生の遥花も大会後すぐに退部してしまった。あんなに気丈な遥花が「辛い…です。」と、涙を流して。
愛梨と遥花は、性格が似ているのかハッキリ物事を言うタイプだ。似たもの同士は、ものすごく仲良くなるか嫌い合うかだと思う。二人は後者であり、仲が悪すぎてお互いに不必要に近寄らなかった。表面上は、同じ学年の部員同士ほどほどに仲よさげに見せていた。周りも二人の関係性をわかっているから、あえて近くにはいさせなかった。
それでも良く、「愛梨がいるから、2年生がまとまれない。」とか「遥花が怖くてみんな我慢している。」と互いに悪口合戦をしていたのだ。またいつもの悪い癖が出たか…と適当に相槌を打っていたのも悪手だったのだかもしれない。
遥花は、愛梨に関わらなければ普通にオシャレの好きな女子高生である。そして、誰よりも演劇部が好きだった。
だけど、数え切れないほどの愛梨との言い争い、愛梨とのトラブルで起きてしまったアクシデントとその尻ぬぐい、ダメ押しが愛梨の急な退部。それだけではないのだろうが、遥花は誰にも相談せずに1人で退部を決意してしまった。
愛梨に一番振り回されていたのは、遥花だったのかもしれない。
遥花と愛梨の関係に一番心配していた祐希が殊更傷ついた表情をしていた。
「問題、あるに決まってるよ。」
やっと絞り出した祐希の声に、解らないと言うような大げさな声で愛梨は返してきた。
「なんでよ。わたしがいなくて困ってるんでしょ。地区大会じゃないんだから、いつまでも先生に頼むわけにはいかないんじゃないの?」
「愛梨がいなくて確かに大変だったけど、なんとかみんなで乗り越えられたよ。県大会も大丈夫!」
「そうだよな。誠先生も含めて成中演劇部だから。」
「みんなで掴んだ1位だからな。」
やんわりと愛梨を拒否する私に、理と雅也も援護する。
…それがマズかったのかもしれない。
「えー!なんで陽菜なんかにそんなこと言われないといけないの。ちょっと黙って!」
口を尖らせ、頬を膨らませるポーズは、愛梨がムカついた時に良くやっている。
愛梨から時々言われる『陽菜なんかに』。
私は愛梨と友達だと思ってる。だけど、冗談半分に言われるこの言葉を聞き流した後に『友達にそんなこと言う?』と思っていた。思っていたが、私には声に出して言い返すことができなかった。
周囲とのバランスを保つため…と言う大義名分の裏にある『八方美人』。
それが、私。
人の望む答えを返して、良い人を演じる。誰かに嫌われたくないから、1人になりたくないから。
だから、今は黙るしかなかった。
そんな私を見て愛梨は、満足そうに「もー!」と溜飲を下げた。
「理はさぁ、私に戻ってきてもらいたいでしょ?」
「まぁ、愛梨は全体を良く見てはいたよな。」
「そうだよー!」
理の言葉に気を良くした愛梨は理と腕を絡ませると、小ぶりだけど形が自慢の胸を押しつけた。可愛いと良く言われている気の強そうな吊り目、ぷくっとした小ぶりの唇を近づけてアピールしているのがよくわかる。
「人は足りねぇけど、愛梨に頼む気はないよ。」
やんわりと愛梨から腕を外し、いつもの柔らかな笑顔を向けた。
「『陽菜なんかに』って、俺の大好きな人に向かって言うような奴に頼むわけねえだろうが!良く考えろ。」
…ん?
誰が、なんだって?
一瞬思考が停止したのは私だけではなかった。
誰もがポカンとする中で、理はいたってマイペースで。私の手に自分の手を重ねると、甘く微笑んだ。
「俺、陽菜のことが大好き。めちゃくちゃ好きだから。覚えておいて。」
……え?
きっと私は、ポカンと間抜け面していたと思う。
愛梨と同様に。
「理…今それ言う?」
雅也のツッコミに、理は心外だと言わんばかりに真面目な顔をしていた。
「俺だって、もっとすっげー良い雰囲気作って言いたかったよ。だけどあんまりにも最低なこと言ってるから、ついな。」
「ついじゃねーのよ、ついじゃ。」
呆れた雅也を無視して、理の顔は再び愛梨に向いた。
「前から思ってたけど。俺、お前のこと何とも思ってないから。ただの同級生。前に部活が一緒だった。ただそれだけ。」
「なっ…!」
「二度と俺の好きな奴、バカにしないくれるか。次は俺、容赦しないから。分かった?分かったんなら、お帰りはあちら。」
理の手が、第2講義室のドアを指した。
理のアルカイックスマイルが、愛梨に拒否権を与えなかった。
「は、はぁ?何言ってんの?もう訳わかんない!!」
「もう一度、言われないと分からない?」
「聞きたくない!もう知らない!」
涙声でドアから廊下に出ていった愛梨の背中を見送ることしかできなかった。
突然の出来事に、誰も動くことができない。
理、以外は…。
「と、言うわけで。陽菜、俺と付き合ってください!」
「…か、買物に?」
私は咄嗟に自分で自分の手を握った。それを見た理が、やっといつもの爽やかな笑顔を見せた。
「それも良いけど…。えっ、ワザと?俺のこと、嫌い?」
どうしていいかわからずに下を向いてる私の前でしゃがむと、顔を覗きこんできた。
ちょっと困り顔の理と目が合う。
「なんで…私?」
「なんで?…なんでだろ。いつもニコニコしてて、楽しそうで。気が付いたら目が離せなくなってて、すげー好きになってた。」
「恥ずかしすぎるだろ、お前。」
「聞いていたらいけないやつ…。」
私よりも雅也や祐希が恥ずかそうに、顔を背けた。
「とりあえず、一緒に帰らない?どれだけ俺が陽菜を好きなのか伝えたい。」
「えっと…あ、『オレも一緒に帰りたい!』」
私の返事に被せて、雅也が割り込んできた。
「ちょっ、雅也!本当に邪魔だから!普通に空気、読もう。」
祐希のツッコミにも雅也は負けなかった。
「え〜!いいじゃんよ。なんか、みんなで帰りたい!」
「ホント、お前は良く考えろ!」
「だって、1人じゃさみしいじゃん…。テスト近いし。」
「意味わかんないし、早く帰って勉強して!」
「だってさ、陽菜。2人ともあんな風に言ってるし、みんなで帰ろっか。」
ん?何がなんだか分からないけど、みんなで帰るのがベストなのかな?
「そっ…うだね、帰ろう、か。」
曖昧な返事しかできない私に雅也以外が微妙な表情をしていたが、とりあえず帰ることになった。
理と並んで歩く、バス停までの道のり。みんなで一緒に帰ることなんてよくあることなのに、ちょっと緊張する。
そっと右横の理の顔を盗み見ると、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。視線に気が付いたのか、目が合った。
「急にびっくりしただろ、さっきは。」
「…うん、さすがに驚いた。」
「陽菜が年上が好みで、同級生に興味ないことは知ってたよ。だから、ゆっくり俺の気持ちを知ってもらおうかと思ってたんだけどな。」
「あ、バレてた?年上が好きなこと。」
なんか恥ずかしくなる。
「バレバレって言うの?誠先生や先輩たちと話すとき、微妙に口角が上がってるし。」
理がふざけて自分の口角を指でちょっと持ち上げてみせた。
「本当?気が付かなかった!」
「ずっと陽菜ばっかり見てたから、気が付いた。どうしたら、俺のことを意識してもらえるか、すっげー悩んだ。」
「あっ…なんか、ごめん。」
「謝んなって。これからゆっくり知ってよ、俺の気持ち。返事はそれからお願いしたい。」
「理のことは、嫌いじゃないよ!ただ、ちょっとびっくりした。」
「あ、りがとな。」
理の大きな手が、私の頭を優しく撫でた。
恥ずかしさに声を出すことができずに、ただ小さく頷いた。
まさかあの理が…と、自分でも驚かずにはいられない。
接点なんて、部活だけ。あっ、2年生で初めて一緒のクラスになった。中学ば別々だし、理のことは、部活に入部して初めて知ったくらい。
理の家庭は複雑で、一人で色んな悩みを抱えていた。
いつからか理と電話をするようになり、頻繁に携帯のメールで他愛もないことを送り合っていた。
田嶋理と言う男は、明るくて、誰にでも優しいから男女共に人気だ。まぁ、人当たりが良いのよね。それに、背が高いのに程よく筋肉質で、よく言う『細マッチョ』ってやつ。演劇部では大道具をやっているから力が強いし、他校のファンも多い。
なにより!顔が良すぎるのよ。目鼻立ちはハッキリしていて、薄い唇はほんのり薄紅色で妙な色気も備えちゃっている。
あのチャラチャラしてる雅也と成宮中央高校の2大巨塔と呼ばれているとかいないとか…。とにかくアイドル顔負けの整った顔は、よくおモテになっています。はい。
「…な、ひ…な、陽菜!聞いてる?」
「あっ…ひゃあ!」
頬を指でつんつんされ、変な声が私から出た。
「聞いてた?俺の話。」
ふいに理の顔が近づいてきた。
聞いて…ない!とは言えない雰囲気。
「聞いてた!誠先生の試験範囲でしょ!ほんと、普段と違って試験の時はドSだよねー。」
誤魔化すかの様に早口で話すと、スッと理から視線を外した。
「俺と一緒の時は、他の男の話をすんなって、前から言ってるだろ。」
「あ、そうだよね。前にもそう言ってた…よ、ね。」
前にも…。
前から、理には言われていた。
『俺と一緒の時は、他の男の話をすんな!』って。
え…。いつから?
1年くらい前から、2人でいる時に言われてたような。
「誠先生の話なんかしてないし。陽菜と一緒の時に、他の男の話したことないだろ。」
プイっと私の視界から外れると、理は1人で歩き出した。
あ…、あっ!
えぇぇぇー!!!
大声を出さなかった私を内心褒めつつ、急いで理の後を追い、手を伸ばした。
「ごめん、ね?」
理の制服のブレザーの裾をちょっとだけ掴んだ。
ピタッと理の足が止まった。急いで視線を上げると、嬉しそうな理と目が合う。
「あぁ。」
その顔が、本当に嬉しそうで。幸せそうで。
自分の顔が、一瞬にして熱くなった。
「えっ。あっ、陽菜?」
「おさむー、ひーなー!早く来いよー!」
少し先で立ち止まっている雅也に呼ばれた。隣にいる祐希のニヤニヤした顔も見えた。
「あいつ…!陽菜、行くぞ!」
自然に手を繋がれ、グンと走らされる。
「わっ、ちょっ…と!」
「行くぞ!」
理と手を繋ぎながら、祐希達の元へと急いだ。
理に返事ができるのは、まだ先のお話し。
まだ二人のタイミングは…今はまだ、合わないみたい、だ。
今は、まだね。