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 俺は地元に帰省して、家のすぐ近くの交差点に差し掛かって初めて、今週は帰省する必要がなくて、むしろ何か大事な用事があって、今週だけは少なくとも帰省してはいけなかったということを思い出した。だから駅に戻って電車の来る時間を確認しようとするが、電光掲示板も時刻表も何処にもない。仕方なく駅員に尋ねようとすると、四十代後半ぐらいの年齢で、左頬に大きなシミがある男の駅員は、大きな荷物を背負った俺を「こっち来いよ」的なしぐさとともに連れ回し、気付くといつの間にか、祭りの屋台がいくつも並ぶ道の中央にいる。先ほどの駅員はと言えば、いつの間にかねじり鉢巻きで屋台の店頭に立ち、虫を売っている。小さな虫かごに入ったカブトムシ……だが、どういうことだ? 混乱冷めやらぬ状態のまま、人波に押されて仕方なく動き始めた俺は、祭りの会場に連れ立って来ていたらしい母と母の友人、及びその夫に見つかり、そのまま家まで連行される。家では母の友人の夫が「まあこれでも食ってろよ」みたいな感じで、唐突にバナナの皮のトッピングされた焼きそばをテーブルの上に置いてきたので、俺は「ここ俺の家なんだけど、てかお前誰?」と思いながらも、なぜか後ろ手に縛られた状態で顔だけを近づけて犬のように頬張り始める。そこに母がやって来て、「どこにもないわねえ」などと言い出して、「何が?」と聞きそうになったが、「そうだ、そう言えば時刻表を探していたんだった」と思って納得していると、「じゃあ電話掛けてあげるわ」と言いながら母親がダイヤルを回し始める。「そうかそうかやってくれるか、そんなあんたは親としてやっぱり最高に素晴らしいよ」などと、心の内で恥ずかしげもなく母親にエールをるうちに、今度はいつの間にか部屋の中には大量の年配のジジイどもが沸き、俺を取り囲んでいることに気づく。視界に入れているだけで加齢臭が漂ってきそうなほどひしめき合った状態のジジイどもは、全く知らない連中ばかりだったが、「こいつらは本当は俺の親戚なのだ」と自分を騙して話を聞いてると、右隣に居た、顔面が異常にでかくてライオンそっくりで、鼻の穴もそれに比例してとんでもなくバカでかくて、かけられた丸眼鏡が知性どころか間抜けさの度合いを強調しているかのようなジジイが肩に手を回してきて、「卒業したらどうすんの? やっぱ外国か?」と言いながら息を吹きかけてくる……、いやマジで、なんでそんなことができるの? 意図が全く分からなかったが、見るからに臭そうだったので、俺は反射的に呼吸を止め、無言で首を振る。するとその「ライオン丸」が「もったいねえなあ」と言うので、「何が?」と返すと、今度は左隣にいる比較的毛量の多い男が、口を開くというより曲げるようにして「せっかくいい大学卒業したのにもったいねえよ」と言い、車座になった他の五人あまりのジジイが同調して互いに顔を見合わせながらうなずき合う。なぜか俺の視界もわずかに揺れるが、「あんたたち、何か誤解してんじゃないの、『いい大学』とかいうのに通ってたのは俺じゃなくて姉の方だから」と思いながら俺が困惑していると、また母が助け舟を出してくる。

「駅員の人が教えてくれるってさ、駅行こう」

 ……はあ? さっき行ってきたんですけど……、と思いながら腕時計を見ると、デジタル表示に「21:79」とあって、「もう無理じゃん絶対」と口に出さず絶望する。それでも足を進めると、戸外に出た記憶もないのに、やがて再び先程の祭りに行き当たって、その中で昔小学生ぐらいの頃、所謂「ガキ大将」を気取って偉ぶっていた男が、とある屋台の行列に並びながら一人でエンエンと泣いている。顔の表面を垂れ落ちる涙の筋が、昼中みたいな照明の灯に照らし出されて光っている。「いい気味だ」と思いながら無視して歩き続けると、今度は祭りの中心から少し外れた駐車場で、どこかで見たことがあるのだが、どこで見たのか思い出せない女が、地面に並べられた無数の西瓜の切り身を一つ一つ屈んで拾い上げては、間髪を入れず壁に向かって全力で投げ込むという奇行を繰り返している。冗談のつもりか?と思ったが、振り乱した髪の下の皺だらけの形相はまさしく真剣そのものだ。もちろんこの場合は状況的に、相手が真剣であればあるほど、こちらの感じる狂気の度合いは高まることとなる。それでもやはり無視して通り過ぎようとすると、背後からいきなり透明な水風船みたいなのをぶつけられて「何だ?」と思って振り返ると、さっきまで泣きじゃくっていた自称「ガキ大将」が、先ほどとは打って変わってにやにやと笑って立っていて、俺よりも先に「何なのよってあんたっ!」と、今までどこに居たんだって感じの母が激怒したところで「ねえ、ちょっと、大丈夫?」



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