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7月7日(金)➀

 マジで腹がいてえ。

 その時も私はそう考えていた。

 腹痛の症状が兆してから既に3ヶ月以上は経過しているはずだったが、痛みはだんだん治まるどころか、むしろ強まってきているような気さえした。初めは深部で何かが滞っていることを知らせるような疼痛だったのだが、徐々にキリキリとした刺すような痛みに代わり、ここ四、五日ほどは、腹自体を捩じられているかのような感覚と痛みとに襲われ出すことが始まっていた。気休めに胃腸薬などを飲んでみたりしたこともあったのだが、腹に物を入れたのがよくなかったのか、逆に強い吐き気に襲われ、結局「入れた」量よりも多くを吐き散らかしてしまったために、以来薬を服用したりすることもやめてしまった。

 それはやはり授業後で、時刻はだいたい16時半を過ぎた頃だった。

 腹の痛みがあまりにひどくなり、貸出カウンター前でただ椅子に座っているだけでさえままならなくなった私は、満を持して立ち上がると、便所へ向かった。ここで「便所へ向かう」ことについて、「満を持して」なる物々しい表現を当てたのは、例えば「事態をドラマチックに演出しよう」などといった戯けた意図によるのではない。むしろそれは事態の極めて正確な「記録」である。つまり私は便所へ行くことを敢えて「ドラマ仕立て」に表現したのではなく、それは実際に「劇的な出来事」だったということだ。

 ポイントは、この学校の図書館に現在常駐しているのが私1人だという点にある。つまり私がいなくなることは、図書館が無血開城されることと同義というわけだ。

 もちろん、仮に語尾に「ですわ」をつけることが日常風景となっているような所謂「お嬢様学校」であれば、職員が少しの間席を外したところで、特段これと言って支障は生じないのかもしれない。だがここはよりによって、泣く子も黙る男子校なのだ。私がいる状態でも、平気で大暴れするような連中なのだ。勤務を始めたちょうどその日に、書棚を利用してボルダリングを行う連中に出くわしたことを、私は今でも昨日のことのように思い出すことができる。しかも7月7日は所謂「テスト週間」に該当し、そのためなのか館内の座席のほとんどは、勉強するふりをしているらしいクソガキどもで埋め尽くされていた。それゆえ、ほんの一時であっても、図書室を全面的に明け渡しなどしようものならば、いったいどのような事態が出来するか、想像するだに恐ろしい話なのである。

 私が自らの「便所行き」を「劇的な出来事」とした理由は、これでおわかりいただけただろうか? それは実行に伴って得られる成果に比べ、あまりにリスクが高すぎるのである。

 しかし背に腹は代えられない。

 私は一応牽制のため、「あーねむい、顔でも洗ってくるか」と、図書館中に響き渡るような大声で叫んでから立ち上がると、便所に向かった。本当は「限界を迎えた肛門を解放してやるため」の「便所行き」だったが、その目的を「顔を洗うため」にすり替えておくことで、「すぐに戻ってくる」という旨をそれとなくクソガキどもに告知してやったつもりだった。要するに、「だから絶対に暴れるな」ということだ。

 便所に入るところまでは何とかギリギリ無事だったが、さらに奥、個室の扉を開けた瞬間、緊張が解けたためだろう、危うく「堤防」が決壊しかけるところだった。本当の「困難」というのは往々にしてこのように最後の最後に待ち構え、取り返しのつかない失敗へ導こうとしてくるものなのである。

 だがこれまで様々な修羅場をくぐってきた私は、ここでも寸でのところで何とか堪えきり、最後にはきちんと便座に腰を下ろして用を足すことができた。

 便器を壊さんばかりの勢いで、下痢に近い軟便が投下され続ける。

 既に本日五度目の排泄だった。

 日々厳しい鍛錬を積んでいることもあり、私のお腹は現在少なく見積もって16に割れている。つまり外側から見れば「へこんでいる」とさえ言えるほど扁平である。にもかかわらず、いったいこの腹の内側のどこに、これ程の量の排泄物が収蔵されているのか? それとも腹の中が実はどこか別の次元の空間につながってでもいるのだろうか……?


 体感にしてだいたい数十分後、肛門の真下で発生していたミニチュアの雪崩のような現象がようやく一段落しかけたところで私は立ち上がると、急いで図書館へ戻った。ちょうど水を流そうとした時、どこからともなく「おいっ!」という呼びかけが聞こえた気がしたが、恐らくそれは規格外の量の便のせいで、腸管よりも先に便器内部の排水管の方が限界を迎えてしまった(要するに「詰まった」)ことによるのだろうと合理的に考え、特に気に留めることはしなかった。

 そして、さらに続けて起こった出来事のために、すぐにそれ以外の何もかもを忘れてしまった。

「……どういうことだ?」

 誰も聞いている者などいないし、またそのセリフ自体が何の意味も持たないことは重々承知しているにもかかわらず、そう口にしてしまわずにいられないほど、目の前に突然立ち現れてきた光景は衝撃的なものだった。かつて目にした「図書館でボルダリング」を軽く凌駕していた。それもそのはずである。なぜならほんのつい先ごろまで、「勉強」していた(のかどうかは定かでないが、一応形式的には席についていた)はずのクソガキどもは、その時、確かに「かくれんぼ」を始めていたのだから。

 かくれんぼ。

 これは決して「言い間違い」でも「誇張」でも、はたまた何か別の意味を伝えるための「隠語」でもない。

 カウンターの机にうつぶせるようにして、数を数える「鬼」、及び立ち並ぶ書棚の陰に身を潜め、所謂「ストップ&ゴー」を繰り返しながら、注意深く「鬼」の様子を窺おうとするクソガキども……。そいつらの仕草は、間違いなく、世間一般に「かくれんぼ」と呼ばれる遊びを正確に形作っていた。……いや、だが、どういうことだ……?

 私は呆気にとられ、わずかの間、口を半開きにした状態で立ち尽くしていた。まさしく「アホ面を下げていた」わけだが、いったいどこの誰ならば、それ以外の反応ができたというのか……? 

 しかしもちろん、いつまでもそうしているわけにはいかず、ほどなくして解決策を思いついた私は、さっそくそれに基づいて行動を開始した。

 ……そもそも現実がバグっているなどというのは今に始まったことではなく、むしろずっと昔から、未来永劫変わることのない永遠不変の真理だ。少なくとも私にとっては、生まれ落ちた瞬間から、現実はおかしいものであり続けている。そしてそのような現実を前にしてやるべきことは、躊躇するより前に可能な限り早く行動を起こすこと、それ以外にない……。

 私は自らにそう言い聞かせると、「鬼」の「もおいいかあい?」という問いかけを合図に、次のように大声を上げることで、それに応答を行った。

「もおおいいいいよおおおおおおおおおおおっ!」


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