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7月20日(木)⑪

 一般的な学校図書館のつくりはわからないし、自分の学生時代がどうだったのかも全く覚えていないのだが、この学校の図書館は、入り口から見て右手(入り口と対になるカウンターから見れば左手)に、学習・閲覧用のスペースがまとめてつくられていた。横に4人が並び、さらに向かい合わせになれば合計で8人が座れる大きさの机が、8列並んでいる。

 イマイと呼ばれる生徒が陣取っていたのは、入り口から最も離れたところにある座席だった。頬杖を突き、ボールペンを走らせながら本を読んでいる。机の上にはさらに何冊か分厚い本が積み重なっていて、よほどの読書家であることをうかがわせた。もちろんただ「うかがわせた」というだけであれば、単なる「ポーズ」という可能性も確かにあった。つまり、適当に本を集めてきて、手元に置いているだけで偉くなった気がして気持ちよくなるパターンである。参考書を買い集めて頭がよくなったと感じて満足してる奴らと同じ原理だ。実際にそういう輩は、残念ながら世間には掃いて捨てるほど存在する。

 だが殊にイマイに関して言えば、その可能性は低いと思われた。

「アキレスは亀に追いついた」とか何とかいう、奴渾身のフレーズが、それ自体言わば「哲学的」な雰囲気を纏っていたからではない。

 先にも述べた通り、「図書館」はふと我に返ると気が狂いそうなほど暑かった。なので当然イマイの周囲には誰も人がいなかった。つまりポーズをしたとしても、それを見せる相手がいないのだ。だからわざわざポーズをする意味などどこにもないし、にもかかわらず、もし、本当にただポーズのためだけに奴がそこに滞在し続けていたのだとすれば、いろいろな意味合いにおいて、今すぐ病院に行った方がいいだろう。

 いずれにせよ、少なくとも外見上は読書に集中しているようだったので、近寄った私はしばらくの間、話しかけることを躊躇していた。

 もちろん自身が大人であり、相手が子供であるという関係性を鑑みれば、本来、気兼ねする必要などない。大人の言うことにおとなしく従うこと、それが子どもの務めだからだ。

 だがそれでも私が柄にもなく臆したことには恐らく二つ理由があった。一つ目はそういう家庭環境で育ってきたということだ。ここで言う「そういう家庭環境」とは、言うまでもなく、誰かが何かをしている時、それを遮るような形で話しかけることが、重罰の対象となるような「環境」を意味する。例えば幼い頃、テレビを見ている父親の前でかわいらしく踊ってみせたところ、地面に押し倒され、マウントポジションから背中が腫れ上がるほど張り手を食らわされ続けたことがあった。他者に話しかけることに大きな困難を感じるようになったのも、当然と言えば当然である。

 また、二つ目の理由は、イマイが予想以上に美形だったことである。

 遠目で見た時には、髪が坊主に近いほど短く刈られているということしかわからなかった。しかも自分で切ったのか知らぬが、部分部分に長さにひどいムラがあった。だが、話しかけようとする直前、間近で直視したイマイの容貌は、間違いなく「美麗」と表現されて然るべき造作を備えていた。

 頬杖をついているせいで、顔の下半分はわずかに歪んでいるように見えていたが、視線を落とした目の感じや、高く通った鼻筋は、どこかの二枚目俳優のそれを思わせた。短い髪も、丸みを帯びた輪郭の顔にむしろよく似合っていた。要するに、派手さはないが、異様にきれいに整っている、そういう感じの、美しさだった。机上に落ちた影すら、静謐さを湛えて、微かに揺れ動いている……。

 だが一つ断りを入れておけば、イマイの容貌が私に声掛けをためらわせたのは、間違っても、魅力的に思ったとか、そういう理由からではない。むしろ逆である。

「我が家」が「美しい気狂い」とでも称すべき存在を幾人も世に送り出してきたことは既に述べた通りだ。そしてだからこそ私の中ではいつからか、「美しい」ことと「イカれている」こととが同義語となった。つまり、「美しい」と認定した人物に対しては、意識するよりも前に反射的に距離をとることが習い性となっていたわけである。……我ながら、非常に悲しい習性だ。


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