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7月7日(金)⑧

「……確かにお前の言う通り、おかしなこと続きだよ、もちろんもともとおかしい人生だったのだが、特に粉々の亀?と遭遇してから、それを機に、さらに決定的にいろいろなことが変わり始めている気はする……」

 そう、Uの言うことは滅茶苦茶なようでいて、重要なポイントにおいて確かにいちいち的を射ていた。そしてその情報はいずれも、どうやっても外部から手に入れられるようなものではないはずだった。

「そうだろう? だとすれば、貴様は結局のところ、わしらに協力するしかないんだよ」

「キョウリョク……ねえ」

「やってもらいたいのは、亀を探すことだ」

「……」

「甲羅に封印されていたわしの魂が、その破壊をきっかけに貴様に憑りついたのと同じように、亀自身の魂もまたどこかをさまよい、誰かに憑依したはずなんだ、やはりこの街の、誰かにな」

「なぜそんなことがわかる?」

「は? ……おいっ、貴様は重症なまでの間抜けなのか? それとも敢えてただ間抜けを演じているだけなのか? まあどちらでもよいが、兎と亀だぞ? どうあがいても、切っても切っても切れない関係にあるに決まってるだろ」

「……」答えになってねえよと私は思ったが、「突っ込み」を入れる機会を自分がこれまでにすでに何度も逃してきたことを思い、直前で言葉を変えた。

「もし仮に、お前の言っていることが正しいとして、その、俺みたいに、亀?に憑りつかれた奴が、偶然この街に今いるとして、で、それってどうやって見極めるの?」

「安心しろ、方法は簡単だ、こう持ち掛けるだけでいい、『おい、今から』」

 その時、予期せぬ訪問者が場を急襲した。

「おやおやあ、帰ったと思ったのにい、こんなところでえ、いったい何、油売ってるんですかあ」

 顔を上げずともわかった。だがわかったのは、誰がそのセリフを口にしたということだけであり、それ以外は実際にはわからないことだらけだった。そもそもそこは男子便所なのだ、なのに、なぜ、こいつは普通に入ってこられるんだ?

「しかもこんなのが、カウンターのところに置いてあったし」

 まさか、と思い、ようやくそこで顔を上げた私は、どうやら恐れていた自体が起こったらしいと、ぼんやり考えていた。

「え……っと、『もらすなよ』って、あるけど、これ何? もしかしてあたしに対するあてつけのつもり?」

 便所の個室のすぐ外側、手で伸ばせば届きそうなぐらいの位置にKが立っていた。しかも先に私に届けられた「メッセージカード」(しわくちゃのレシート)を手にしながらだ。私を急いで帰した後、何か落ち度がないかどうか、図書館内をくまなく見て回ること。それもまたKの日課だった。その過程でレシートを見つけたのだろう。たわけている、あまりにたわけていすぎる……。

「いい加減にしなさいよ、陰でこそこそするなんて、質が悪すぎるわ」

「……」

「ああ、もういやだ、なんでこんな余計なことで気分をわず」

 さすがに我慢できず、そこで私は口を挟んだ。


「違います」

「え?」

「それは俺です」

「え?」

「だから、その『もらすなよ』って馬鹿にされてるのは、この俺のことです」

「……え? 漏らしたの? だとしたら、つらかったわね、ごめんなさい」

「……いえ、大丈夫です、ぎりぎり間に合いました、……そうだ、ヤマギシさん、一つ聞いていいですか?」

 私がそのように尋ねたのは、Kがいつもとは異なり、こちらに対して引け目を感じているかのような表情を覗かせたからだ。つまり期せずしてではあるが、「漏らす/漏らさない」のやり取りを経て、暫定的に私はKよりも優位に立っていたということになる。

「なによ」

「ヤマギシさんって、亀とかって知らないですかね」

「は?」

「いや、最近亀……、のことが、ちょっと気になってたりするんですけど、ヤマギシさん、なんかいろいろ知識がおありみたいだから、その方面について、なんか知ってたりしないかなあって」

 半分は真実だった。亀を探せと言われても、全く何の心当たりもない。少なくともUはそれを与えてはくれなかった。自分で足を動かして、栄光をつかんでこいという寸法なわけだ。唯一のヒントと言えば、「この街」の中に「それ」がいるということで、だからひとまず噂話などに目がなさそうなKに、カマをかけてみたつもりだった。

もちろん、本当に成果があるだなどとは期待していなかった。

 だからKから予想外に強い反応が返ってきたことで、私は戸惑い、再び主導権を手放ししまわざるを得なくなった。

「やっぱり馬鹿にしてるのね」

「は?」

「やっぱりあたしのこと、馬鹿にしてるんでしょ」

「え? いや、まさかあ、そんなことありませんよ、あるわけないじゃないですか」そう、あるわけがない。わざわざ馬鹿にしてやるなど、それ自体が馬鹿らしくてならず、だから許されるならば私はただひたすら、すぐさまその場を離れたかっただけだ。

「あたしの名前よ」

 聞き違いかと思い、続けて疑問の言葉が口を突いて出た。

「え?」

「あたしの名前が『亀代』だものだから、馬鹿にしてるんでしょ?」

「……そうなんですか、それは偶然だ、全然それは、知らなかったな、アハ、アハハハ、アハハハハハハハハ」

 山岸亀代。どうやらそれがこの女の、名前であるようだった。


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