最後の日⑪
唐突に始まった姉のマシンガントークを前に、私はいつも通り、ただ立ち尽くしてその「嵐」が過ぎ去るのを待つことしかできない。
「まああいつもアホだよなあ、ホント、いくらアホだからって、一回捕まりかけたったのに、普通それと同じアカウント使い続けるか? アホを装っているとそのぶん他人からの受けがよくなるとでも思っているのだろうか? それとも、本当にただのアホなのか? ……そうだ、そのアホさに免じて、ぜひ表彰状を贈呈してやることにしよう」
姉は座ったまま近くに置いてあったティッシュボックスに手を伸ばした。かと思うと恐らく適当に紙を2、3枚つかみ取り、さらにどこからともなく取り出したボールペンで何事かを書き込み始めた。そしてだいたい30秒ぐらいが経過した後に立ち上がると、父親のすぐ近くまで赴き、上から降り注がせるようにして何か呪文のみたいなのを唱え始めた。
「ひょうしょうじょう、みうらかずよしさま、あなたは健やかなるときも病める時も、常にアホであり続け、アホであることをやめず、たゆまぬ努力で、さらにそのアホさにみがきをかけつづけました、そしてその成果として、随所でそのあまりのアホさっぷりを存分に発揮し、いたるところで他人の人生を滅茶苦茶にし続けてきました、実に見事なアホっぷりです、脱帽と言うほかありません、しかしそれだけに飽き足らず、しまいには自分の人生まで滅茶苦茶にしてくれました、自分を特別扱いして棚の上に置かないというのは、それだけで賞賛に値しますが、それにしてもあまりにアホすぎます、それゆえここにその栄誉を称え、表彰します、――年3月21日、テメエのせいで人生を台無しにされた者の会代表、みうらかんな……、はいおめでとうっ! 拍手ぅぅ、パチパチパチパチパチ……」
そう言いながら、持っていたティッシュを父親の身体の上に落とした。ティッシュは方向を定めずにひらひらと左右に揺れながら、それでもゆっくりと落下していき、やがて右の肩甲骨を覆うようにして着地した。そのあたりでようやく、どうみてもティッシュにしか見えないその薄っぺらい紙(?)を、姉は「表彰状」に見立てていたのだということがわかった。……いやいやいや、せめてもうちょっと類似したものを選んだ方がいいのでは……、と私は思った。だがもちろん、本当に追及してやりたいことは、もっと別のところにあった。
私は尋ねた。
「おい、今何て言った?」
「え? ああ、貴様も表彰されたかったのか? それならそう言えよ、まあ、でもダメだ、貴様はまだまだ全然基準に達してないからな」
「おい、はぐらかすなよ……、いいか、よく聞け、そして答えろ、今日はいったい、何月何日なんだよ?」
「うるせえなっ!」いきなり姉が激昂する。「3月21日だよ、サキコの誕生日が近いって、昨日教えてやったろっ! テメエ、あの男やったからって、あんまり調子こくようなら、飛ばすぞ、コラァッ!」
「3月21日だと? ……ハハッ、イカれてる、そんなことはあり得ない、あり得るはずがない……ウッ」
頭の中が疑問符で満たされ始めるのを感じたのも束の間、それまで意識の外に置かれていた血の臭いが再び鼻腔に飛び込んできた。胸のあたりのムカつきを感じるより先に倒れ込み、嘔吐する。たまたま父親の足裏のすぐ近くに自分の顔が来る位置関係になり、正直生理的に非常に不快だったが、だからと言ってわざわざ移動する気にもなれない。
私は両肘と両膝とを痛いほど床に押し付けた状態でうつむき、不規則なタイミングで下腹部から上へ上へと伝達されてくる内臓の震えに身を任せ続けた。