第八話 女医さんとリハビリを兼ねたデート?
「明日は日曜ですので、二人でデートしましょう!」
「デートですか? 良いですけど……」
仕事から帰宅してくるや京子先生が突然、そんな事を言い出してきたので、即OKする。
「この前は不動産屋に行って、ファミレスで食事しただけで終わってしまったので、今回は本格的に二人で出かけたいと思います。映画でも観に行きませんか?」
「あ、はい。もちろん良いですけど、俺なんかで良いんですか?」
「むしろ、紀藤さんじゃないと、駄目というか……リハビリも兼ねてますので、お付き合いしていただけると
嬉しいです」
リハビリね……パニック障害のと言う事らしいが、そう言われてしまうと断りにくい。
「わかりました。でも、デートって言うんですかこれ?」
「男女が二人で出かければ、それはデートです。あの、そんなに私と一緒では嫌ですか?」
嫌なわけはなく、むしろ大歓迎なんたが、俺なんかで良いのかと思ってしまう。
「あの、もしかして、紀藤さん、他にお付き合いしている方とか……」
「居ませんって!」
「ですよね! 私も居ませんから、安心してください!」
ですよねって反応が少し引っかかったが、京子先生も彼氏は居ないのか。
まあ、居たら自分の家に男を住まわせるような真似はしないよな。
しかし、こんな美人でも彼氏がいないってのは、よっぽど男を拒否しているのか、それとも今まで恋愛に興味がなかったかのどちらかだろうか?
「意外ですね。京子先生、モテそうなのに」
「いえ、私なんて……昔から、ガリ勉少女みたいに言われてて……」
「子供の頃から、お医者さんを目指していたんですか?」
「はい。中学に入ってからは、ほぼ毎日塾通いで、夜の十時まで塾で勉強でした。その後も、日付が変わるまで宿題や予習復習をやっていて、大学に入るまではほぼ勉強の記憶しかないです。でも、どうしても医師にはなりたかったので、そう言い聞かせて、頑張りました。おかげで、地方の国立の医学部には現役で合格出来たのですけど、大学に入ってからもやっぱり国家医師試験の勉強で忙しくて、恋愛なんてとても」
すげえ話だな……やっぱり、国立の医学部に現役で入るくらいだから、勉強量も努力も半端じゃなかった訳だ。
俺とは住んでいる世界が違い過ぎる。
そんなに勉強ばかりだと、気が狂いそうだ。
「でも、それだけ努力して、夢を叶えたのなら凄いですよ。俺なんか、何やってたんだろうなー……大学も二流レベルだし、学生時代も遊んでばっかで、特になりたいものもないまま、大人になっちゃいましたから」
「紀藤さんも女性にモテそうじゃないですか。体も結構がっしりしてますし、何かスポーツとかやってたのでは?」
「高校まで野球やっていましたけど、補欠でしたよ。大学の時は、ツーリングサークルに入っていました」
「まあ、凄いじゃないですか。私、運動は苦手で……小学生の頃、バレエをやっていたんですか、中学に入ってから勉強が忙しくて、部活もロクに出来なかったですし。おかげで、世間知らずってよく言われてて……」
バレエかあ……京子先生には、めっちゃ似合いそうだな。
「くす、何だかお互いの事を、もっと知り合えましたね」
「はは、ですね」
京子先生の昔の事も少しは聞けたので、ちょっと距離が縮まった気分になった。
とはいえ、やっぱり俺とは色々な意味で住んでいる世界が違うな。
抜けている所はあるので、何か凄く親しみやすい。
「では、明日、午前十時ごろに家を出ましょう」
「はい。めっちゃ楽しみですね」
何て話しながら、明日の約束を交わし、京子先生とのデートに胸を躍らせる。
いや、一応リハビリなのか? まあ、彼女と二人で遊びに行けるなら、デートという事で良いだろう。
翌朝――
「すみません、お待たせしました」
午前十時をちょっと過ぎたころに、京子先生は身支度を終えて、部屋を出て来た。
「どうですか?」
「ええ、似合ってますよ。綺麗です」
「んもう、お上手なんですから♪。では、行きましょうか」
京子先生は、ベージュのブラウスにカーディガン、そして長いスカートという今の時期らしく、真面目で清楚な雰囲気漂う彼女に良く似合う、カジュアルな服装で出て来たが、本当にキレイな人だな。
今日はいつも以上に美人に見えるので、本当にこんな人とデート何てしちゃって良いのかと恐縮してしまう。
「こちらのシネマです」
「えーっと、この映画ですか」
「はい。今、人気の映画なんですよ」
あんまり映画館には行かないので、よくわからなかったが、恋愛映画っぽかった。
「あの、こういう映画、苦手ですか?」
「いえ。とんでもない。恋愛ものですよね?」
「はい。ふふ、さあ入りましょう。リハビリも兼ねていますから、入場料は私が払いますので」
「あ、はあ……」
当たり前のごとく、京子先生がチケット代を払うことになり、彼女に手を繋がれて、館内に入っていく。
何か情けないなあ……俺が医者並みに稼ぐなんて、今更無理なのはわかるけど、もうちょっと彼女に頼られるような存在にはなりたい。
(って、彼氏でもないのに、何を考えているんだ)
まるで、付き合っているみたいな考えだが、あくまでも俺と京子先生は医者と患者の関係だろう。
そんな甘い妄想を考えてる余裕はないって。
「始まりますね。気分はどうですか?」
「今のところは特に」
「そうですか。密室だと、発作が起きやすいと言いますので、もし苦しそうなら、すぐに言ってくださいね」
館内が暗くなり、間もなく上映という所で、京子先生がそう訊くが、なるほど密室でも発作が出ないように慣れさせる為に、映画館を選んだわけか。
色々と考えているんだなーと感心していると、
「えへへ……」
「――っ!」
椅子の手すりに手を置くと、京子先生が俺の手の上に手をのせて、ぎゅっと握る。
「大丈夫ですよ。私がそばに付いていますから。ずっとです」
「は、はい……」
と、俺の耳元で小さな声で囁き、映画の上映が始まる。
おい、これ完全なデートじゃないか……これも、リハビリの一環だったりする?
いやいや、これはもう完全にカップルでしょう。
「…………」
俺も負けじと、京子先生の手を握ると、彼女もちょっとビックリしたような顔をしながらも、嬉しそうに微笑み、俺の肩に顔を預ける。
こんな状況では、映画に集中できるはずはなく、緊張しっぱなしのまま、時間が過ぎていったのであった。