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第七話 女医さんは彼を退院させたくないようです

「あー、引っ越し楽しみですね」

「そうですね。てか、本当に引っ越すんですね」

「はい。もう紀藤さんの部屋も引き払う手続きをしますし、これで本当に私は完全に付きっ切りで、あなたを診る事が出来ます」


 翌朝になり、二人で朝食を摂りながら、希望に満ちた笑顔で京子先生が新居への引っ越しについて話すが、俺はどうも乗り気がしない。

 あの部屋は、俺が就職してから住み始めた部屋で、特に愛着があった訳じゃないけど、それでも彼女に一方的に住居を決められてしまうのは、どうかと思ってしまった。


(俺は京子先生の何なんだろうな?)

 別に付き合っている訳じゃないし、患者とお医者さんという関係なんだけど、もはやそんな関係とはとても言えない。

 まさか、俺の事が好きなのか?

 いや、まさかなあ……京子先生みたいなエリートの女医さんが、俺みたいな冴えない二流私大卒の無職を好きになるなんて有り得ないでしょ。


「あの、マンション、気に入らなかったですか?」

「いえ……何か良いのかなって思いまして」

「いいに決まっています。私達の愛の巣……ではなくて、紀藤さんの静養のために、少しでも快適な空間が必要なわけですし。それに、こういう狭い場所だと、パニック障害は悪化するという話もあるので、やはり少しでも広い空間で静養した方が宜しいかと」

「な、なるほど……」


 医者がそこまで言うなら、俺としては反論は出来ないので、一応納得する素振りはする。

 でも、ちょっとおかしいというか、俺の為に何でここまでするのという疑問は尽きなかった。


「ご馳走様でした。お昼になったら、体温と血圧を測って、こちらの用紙に記入してくださいね」

「は、はい。いってらっしゃい」

「はい。いってきます」


 体温と血圧を記入する用紙を俺に渡し、京子先生は仕事へと向かう。

 俺の為に毎日、医者としての激務を頑張っているのだと思うと頭が下がる思いだが、彼女の気持ちに応えるために俺はどうすべきなんだろうな?

 一日も早くパニック障害を治して、京子先生の家から出て、独り立ちする事が彼女への恩返しの筈だ。


「よし、頑張らないと」

 そう思い直して、二人の食器を流しへと運び、洗い物を始める。

 家事全般は俺の役目なので、せめてこれだけはちゃんとこなして、京子先生の負担が減るようにしないとな。


「ふう、掃除はこれで完了っと……あとは、洗濯か」

 洗い物を終えた後、洗面所へと向かい、洗濯を開始する。

 俺だけじゃなくて、京子先生の衣服や下着も洗濯をしないといけない……。


(う……京子先生の下着……)

 彼女のブラジャーとショーツも洗濯機に放り込み、洗濯機のボタンを押す。

 男に自分の下着を洗濯させて、京子先生は平気なんだろうか?

 女と同棲した事なんかないから、よくわからないんだけど、俺の母ちゃんは親父や俺の下着とかも毎日洗濯していた訳で、その度に下心なんか抱いてなかったはずだ。


「はあ……でも、緊張しちゃうな」

 今は誰も居ないとはいえ、女性との同居は色々と気を遣う。

 彼女だったらまた別なんだろうけど、俺と京子先生は付き合っている訳じゃないからな。


 付き合ってはいないよな?

 あくまでも同居というか、俺がこの家に療養という形で住んでいるので、同棲とは違うと思う。

 てか、こんな形で療養している男なんぞ、世界でも俺一人だろうな。


「はー、やっぱり暇だな」

 掃除も洗濯も食器洗いも、あらかた終わり、ベッドに寝転がって、テレビでも見て時間を潰す。

 しかし、一人でこの部屋にじっとしているというのも苦痛で仕方ない。


 京子先生はお昼にはいったん、帰ってくるんだろうか?

 出来れば来て欲しいなーと思いながら、ウトウトしてしまい、そのまま眠りに就いてしまった。


「紀藤さん……紀藤さん……」

「ん……」

「くす、よく眠っていますね……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」

 いつのまにか眠ってしまったのか、京子先生の声が聞こえたので、意識が覚醒する。

 ああ、やっぱり帰って来てくれたのか……じゃあ、起きないと。


「…………ちゅっ」

「――!」

 起きようとした所、頬に柔らかい物が触れたので、ビックリして目を覚ます。

 い、今、何をされた?

 もしかして、き、キスを……?


「あら、まだ起きませんか? じゃあ……」

「っ! きょ、京子先生っ!」

「きゃっ! き、紀藤さん。起きていたんですか!」

「は、はい……すみません、寝てしまって」


 何をされるのか怖かったので、慌てて飛び起きると、京子先生もビックリして後ずさってしまう。

「はい、京子先生の声がしたので……」

「まあ、そうだったのですか。今、昼休み中なので、ちょっと様子を見に来たのです。あの、良かったら、これ一緒に食べませんか?」

「ああ……はい、お弁当買ってきてくれたんですね。いただきます」


 京子先生に今、俺にキスをしようとしたのかと聞こうとしたが、流石に恥ずかしかったので、黙っておくことにする。

 まさか、先生は俺の事を……でも、そうでもなきゃあんな事はしないし……。


「あの、体温と血圧は測りましたか?」

「あ、すみません、やります」

「くす、ゆっくりで良いですよ。体温は私が測りますね。はい、平熱ですね」

 京子先生は優しい笑顔で、ピっと体温を測り、更に血圧も計測する。

 今の時代、自宅でも血圧って簡単に測れるんだなと、感心してしまったが、やっぱりドキドキしちゃうな。


「気分はどうでしたか?」

「はは、大丈夫でしたよ。午前中に家事は終わらせておきました」

「まあ、ありがとうございます。助かりますわ。やっぱり、紀藤さんが来てくれて良かったです。いっそ、ずっと私の家で療養しませんか?」

「い、いや、流石にそれは……俺なんかでいいんですか?」

「くす、嫌だったら言いませんよ」

 それって、実質プロポーズみたいなものなのでは?

 いや、家政夫みたいに雇うってこと?


「はは、冗談きついです。一刻も早くパニック障害を治して、退院できるようにしますので」

「むうう……意外に鈍感なんですね……治すのはゆっくりで構いませんからね。焦る必要はありません。何年でも何十年でも付き合いますから」

「は、はは……いえ、頑張りますので」

「はい、二人でずっと頑張りましょうね。付きっ切りで紀藤さんの看病をしますので」

 と言って、血圧を測り、昼食を二人で取る。


 二人でずっとってのが引っかかったが、どうも俺をこの家に置いておきたい事はわかったので、嫌でも京子先生を意識してしまったのであった。


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