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第五十二話 京子先生に一生看病されたい

「やっとこの日が来ましたね」

 婚姻届けを持ちながら、京子先生と一緒に役所へと向かう。

 いよいよ、正式に入籍をする日……まだ、式もしていないのに、遂に結婚する事になっちゃうとは……。

 式なんていつでも出来るから、取り敢えず、入籍だけはしてしまおうという事になったのだ。

 味気ない気がするけど、これで晴れて、京子先生と生涯の伴侶になる……んだけど。


(これは喜んで良いんだろうか?)

 結局、ホテルでの仕事も辞めてしまい、またも無職に逆戻りしてしまった。

 はあ……駄目人間過ぎて、自己嫌悪に苛まされる日々だが、今や完全に京子先生におんぶに抱っこの毎日だ。


 もう少し自立したいんだけど、京子先生が女医さんなので、俺ががむしゃらに稼がなくても良いという状況がかなり事態をややこしくしていた。

 しかも、俺自身も未だにパニック障害を患っているっぽいので、あまり遠出も出来ないのが悔しい。


 そんな複雑かつ恥ずかしい状況であったが、とにかく京子先生と結婚する事はもう決まったのだ。

「は、はは……何という結末だよ」

 まさか、女医さんの元に嫁ぐことになるとはな……いや、嫁ぐって表現は妥当なのか知らないが、彼女に養われる羽目になるのは間違いない。


「く……まあ、何か仕事を見つけないといけないのは確かなんだが、今は先生の言う通りにしておこう」

 何とも情けない境遇ではあるんだけど、それも先生を支える為という事で言い聞かせておいた。

「何を悶々としているのですか?」

「え? いやー、いよいよ結婚なのかと思って、感慨深くなって」

「もう、まだ嫌がっていますね」

「とんでもない。先生と一緒になれるってだけで、嬉しくて涙が出ちゃいますよ」

「くす、今の言葉、嘘にはさせませんからね」


 複雑な俺の心境を見通したのか、京子先生は腕を組みながらそう言ってきた。

 俺が無職だろうが気にしないってのは最初から言っているけど、俺の方が吹っ切れなかったせいで、ここまで待たせてしまったのは本当に申し訳ない。

「あの、京子先生。凄い今更ですけど、俺の事、何処が好きです?」

「まあ、今更ですか。強いて言うなら、優しい所ですかね」

 強いてってところが少し引っかかったが、優しいか……うーん、京子先生には極力、優しく接するよう努力しているが、俺ってそこまで優しいだろうか?


 そういう評価をしてくれているなら、ありがたいんだけど、その優しさをいつまでも続けられるようにしないといけないな。

「英輔さんはもっと自信を持ってください。あなたは、とても素敵な男性になれる素質を持っているんですから」

「なれるって事は今は……」

「まあ、私に対して、どういう仕打ちをしてきたか、自分の胸に聞いてくださいな」

「は、はは……ですね」


 散々優柔不断な態度を取って、京子先生をやきもきさせた事は本当に申し訳ないと思っているし、もう二度としないと誓う。

 今まではそうだったかもしれないけど、これからは京子先生一筋で生きるぞ。絶対だ。

「ああ、緊張しますわ。やっと夫婦になれるんですね」

「は、はあ……う……」

「どうしました?」

「い、いえ……」


 もうすぐ京子先生と本当に夫婦になれると思った所で、急に気分が悪くなってくる。

 く、くそ……また、発作が?

 電車の中ですらなく、歩いている途中で、こんな発作が来るとは……予想外過ぎて、ちょっと眩暈がしてきた。

「だ、大丈夫ですか?」

「す、すみません……」

「ああ、こんな所で……そうだ、そこのコンビニに行きましょう」


 突然の発作で、京子先生も慌てていたが、ちょうど近くにコンビニがあったので、二人でそこに駆け込む。

 助かった……一先ず、トイレがあれば、吐き気があっても、そこでやり過ごせるので、何とかなりそうであった。


「ふう……」

「どうですか、ご気分は?」

「少し楽になりました」

 トイレに入り、ちょっと気分を落ち着けた後、トイレから出る。


「そこにイートインコーナーがあるので、休んでください。どうしても気分が悪いと言うなら、救急車を呼びますけど」

「大丈夫です。すみません、こんな大事な時に発作が出てしまって」

「そんな。今のは英輔さんが悪いわけではありません」

 先生と一緒に窓際にあるイートインコーナーの椅子に座り、先生が俺の背中をさすってくれる。

 こういう所は、本当にお医者さんらしいな……京子先生は、お医者さんとしては本当に有能で優しい方なんだろう。


(俺は女医さんとしての京子先生が……)

 改めて、俺は女医である京子先生の事を好きなんだと実感した。

 一生、彼女に看病されていたいな……結婚すれば、出来るんだろうか?

 いや、結婚したら、周囲からは夫として、振る舞わないといけないのだ。

 もちろん、そのつもりであったけど、それは俺にはまだ重圧が大きいのかもしれない。


「あの、先生」

「何ですか?」

「おれ、先生にもっと看病されたいんです」

「え? それは、良いですけど、いつも看病しているのでは……」

「はは、そうじゃなくてですね……俺、やっぱり京子先生の事が好きなんですよ。先生の何処が好きかって言われたら、今みたいに、俺の事を献身的に看護してくれる先生がというか……」

 上手くは言えなかったが、俺は京子先生とは医者と患者の関係をもうちょっと続けたい。


「俺だけの担当医になってくれますか?」

「はい?」

「あ、すみません。えっと……何ていうか、一生先生に看病されたいっていうか。結婚しても出来ると思いますけど、夫婦よりも……」

「お断りします」

「え?」


 先生が即座に強い口調で、そう言い、

「私は産婦人科の医者なので、あなただけの担当医になれというのは無理ですし、そんな事をしたら医師としては失格です」

「で、ですよね……すみません、言い方が悪かったです。でも、俺は先生に優しく看病されるのが好きっていうか……一生、先生にこうやって看病されたいです。我侭ですよね、こんなの」

「本当ですね。英輔さん、重症です。医師の私から見ても救いようがありません」

 流石に京子先生も呆れたようだが、その言葉にはあまり棘は感じられない。


「すぐに帰りましょう。英輔さんは私の下で徹底的な看護と治療が必要です。その病気、一生かけてでも治してさしあげますから、覚悟してください」

「は、はい! ありがとうございます」

 先生に手を引かれて、俺達は店をあとにし、自宅であり、俺専用の病室でもあるマンションへ向かう。


 結局、入籍はお預けになったけど、俺は京子先生にこうやって付きっきりで診てもらう事が好きな事に気づいたのであった。

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